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国家戦略特区と旅館業法

旅館業法の一部を改正する法律が、平成29年12月8日に成立し、同年12月15日に公布されました。平成30年6月15日に施行されることになります。もうすぐです。
この法改正には、弊社も10年を超えて取り組みましたから、涙あり、苦笑あり、一冊の本が書けるほどの逸話があります。が、ここでは、法改正に至った大まかな流れと改正旅館業法で拓ける世界について簡潔に解説したいと思います。

旅館業には、「ホテル営業」「旅館営業」「簡易宿所営業」「下宿営業」の4つのカテゴリーがあります。
ホテル営業とは「洋式の構造及び設備」、旅館営業とは「和式の構造及び設備」、簡易宿所営業とは「宿泊する場所を多数人で共用する構造及び設備」を主とする施設であると定められています(旅館業法第2条)。(下宿営業はここでは取り上げません)

6月15日になって法令が改正されると、これまでの不可思議な規制が消えてしまうことになるので、まず、ここで少しアーカイブしておきましょう。

旅館は「和式の構造及び設備」なので寝具は「畳+布団」が基本、「フローリング+ベッド」は認められない、「畳+ベッド」も認められない(国要領、兵庫県規則)。そこに規制が必要だろうか?
 一方で、旅館のトイレを「洋式」にすることは問題ない。なぜ?

この写真の部屋は、一部をフローリングにしてベッドを置いたので「洋式」となります。

定員15名以下の簡易宿所にはトイレが4つ必要、なので定員4名でもトイレが4つ必要(兵庫県規則)。実際に10年間、そのように指導を受けてきました。ちなみに国要領では2つ以上になっています。
私は県OBとして恥ずかしいので規則を改正するよう切々と訴えかけてきましたが今日まで見直されることはありませんでした。涙。

すぐ近くに洗面設備があってもトイレには手洗いが必要、洗面設備と手洗いは兼ねることができない、ユニットバスは洗面設備と手洗いを兼ねているが、それはOK(兵庫県規則)。その違いは何??

照度基準(国要領、兵庫県規則)に合わせると明るすぎる客室、そんなに明るいホテルには泊まったことがないけれど、みんなどうやって許可を取ったのだろう?
大きすぎる採光面積基準などとともに、ラブホ規制の残滓か?

番外編ですが「振動寝台、回転寝台等」を「備え付けないこと」という規制もあります(国要領、兵庫県規則)。最近のホテルには「振動椅子」が置いてあるが、どうして椅子だと良いのだろう?

その他、不可解な規制が多数あり、その一方で、脱法行為が横行しています。昭和23年の社会状況、衛生水準で作られた制度枠組みを維持しながら、ラブホ規制などの条項を付加して、複雑怪奇な制度になっている印象が拭えません。

さて、ホテル営業では「客室の数は、十室以上であること」、旅館営業では「客室の数は、五室以上であること」と定められています(旅館業法施行令第1条)。
どうしてホテルが10室で、旅館が5室なのか。その理由を県や国の担当者に尋ねてみましたが、誰も答えてくれません。ともあれ、私たちが造りたい宿は「再生古民家の一棟貸し」、家族・グループなど「一組限定」の宿泊営業です。10室のホテルでも5室の旅館でもありません。

仕方なく、簡易宿所営業として審査を受けることになるのですが、簡易宿所とは、客室を見ず知らずの「多人数で共用する」宿泊施設なので、「原則として男女別」の「共同浴室」と「脱衣場」の設置が求められるなど、不要な規制を受けることになります。

また、小規模宿泊施設を[群]で運営する「分散型ホテル」を実現するためには、「玄関帳場の設置義務」の緩和(免除)を実現する必要があります。小規模ホテルの1棟ずつにマネージャーを配置することは事業として成立しないからです。

要するに、「空き家活用や古民家再生による小規模宿泊施設群」という、時代の要請に見合った新しい宿泊形態を、旅館業法は想定していなかったのです。だったら、新しいカテゴリーを作ればよいだけのこと。ですが役所は、もちろん簡単に作ってはくれません。私たちの構想はいつまでも実現できそうにありませんでした。

そんな折、国家戦略特区の有識者ヒアリングに呼ばれる機会がありました。制度創設直前の平成25年7月19日のことです。課題整理をしてヒアリングに臨み、規制改革を訴えました。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/hearing_y/index.html
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/hearing_y/kinnishi.pdf

その後の大まかな進展は次のようなものでした。

平成25年9月9日、国家戦略特区ワーキンググループに、小規模な宿泊施設(9室以下のホテル、4室以下の旅館)を群で運営できる「歴史建築宿所」を提案。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/pdf/11-rekishiteki.pdf

平成25年10月18日、「国家戦略特区における規制改革事項等の検討方針」(日本経済再生本部決定)において、「地方自治体の条例に基づき選定される歴史的建築物について、一定の要件を満たす場合は、旅館業法上の施設基準の適用を一部除外する。(例えば、ビデオカメラや24時間の連絡窓口が設置される場合などはフロントなしでも認めることなど)」と規定。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/dai10/siryou.pdf

平成26年3月28日、「厚生労働省関係国家戦略特別区域法第二十六条に規定する政令等規制事業に係る省令の特例に関する措置を定める命令」が発出され、「歴史上価値の高い建築物又は周囲の環境と一体をなして歴史的風致を形成している伝統的な建造物群で価値の高いものを構成している建築物であって条例で定めるもの」について、出入りを監視するビデオカメラの設置と緊急時の連絡通報体制を整備することで、ホテル営業と旅館営業の玄関帳場の設置義務を緩和。
http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=426M60000102003

平成26年6月23日、関西圏国家戦略特別区域会議へ「歴史的建築物利用宿泊事業」を提案。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/kansaiken/dai1/shiryou4.pdf

平成27年3月19日、国家戦略特別区域諮問会議が関西圏の区域計画を認定。この区域計画には、「一般社団法人ノオトが、篠山市城下町地区等において、地域団体等と連携し、古民家等を活用した宿泊施設を営業する。」と記載あり。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/dai13/shiryou1.pdf

これらのひとつひとつのステップがなかなか骨の折れるものでした。政府関係者の膨大な努力と労力が払われていることも忘れてはなりません。そして、実現した規制緩和は、上述の平成26年3月28日の「命令」に基づく、ホテル営業と旅館営業の「玄関帳場の設置義務」の緩和、この1点だけです。大議論あって、たったの一穴。されど一穴。岩盤規制に風穴が開く、とはこのような殺伐とした風景なのです。

けれども、その風穴のお陰で、平成27年10月3日、日本初の分散型ホテル「篠山城下町ホテルNIPPONIA」を開業することができました。ほぼ同時期に、養父市国家戦略特別区域においても「養蚕農家の宿・大屋大杉」を開業させました。
http://nipponiastay.jp/

ところで、お気づきでしょうか。ホテル営業と旅館営業の「玄関帳場の設置義務」は緩和されたのですが、簡易宿所営業の「玄関帳場の設置義務」は緩和されなかったのです。なぜ緩和されなかったのか。それは、簡易宿所にはもともと「玄関帳場の設置義務」がなかったから。規制がないので緩和はできないという理屈になります。

それは私たちがずっと主張してきたことでした。旅館業法施行令第1条において、ホテル営業と旅館営業については、明確に「宿泊しようとする者との面接に適する玄関帳場その他これに類する設備を有すること」と規定されているのに、簡易宿所については、その規定がありません。だから本来は、簡易宿所に玄関帳場の設置義務はないはずです。

実は、簡易宿所の玄関帳場の設置義務については、法令に規定はないにも関わらず、国要領(旅館業における衛生等管理要領)に規定があるのです。要領とはマニュアルやガイドラインのようなものですから、法的な拘束力はない訳ですが、この要領に基づく行政指導を受けていたことになります。

結局、私たちは、国家戦略特区で規制緩和を実現しようとして、その規制がもともと存在しないことを明らかにしたことになります。私たちは、法人設立から6年の間、機会損失を続けていたのかも知れません。
篠山城下町ホテルNIPPONIAでは、ONAE棟(5室)が旅館営業許可。篠山市景観条例の景観重要建造物の指定を受けることで、特区対象物件になっています。SAWASIRO棟など他の3物件(3室または一棟貸し)は簡易宿所営業許可なので、特区対象物件ではありません。

こうして分散型ホテルを開業できましたが、私たちにとってはまだ十分ではありません。9室以下のホテル、4室以下の旅館など小規模宿泊施設を合法にすること、トイレ数や照度の数値基準の見直しなど多くの課題が残っていましたから、様々な機会を捉えて、引き続き、政府への働きかけを進めることになりました。

国家戦略特区の成果は「風穴ひとつ」でしたが、その議論を通じて、旅館業法の抱える問題点は政府内でも広く知られるようになったと思います。政府においては、民泊新法に関する議論とも並行して、規制改革推進会議で、旅館業法の規制緩和について検討が進められました。
http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/meeting/committee/20161024/agenda.html

冒頭に書いたとおり「簡潔に解説」したつもりですが、ここまで少し長くなりました。恨みがましいアーカイブが余計だったかも知れません。
NIPPONIA開業から法改正までの物語は別の機会にするとして、以下に、6月15日に施行される法改正の内容を述べておきます。

トイレ数、照度などの数値基準は既に撤廃されました(国要領)。

ホテル営業と旅館営業の区分がなくなり、「旅館・ホテル営業」となります。これに伴い、洋式か和式かの区分がなくなります(旅館業法)。

客室数の数値基準が撤廃され、旅館・ホテル営業は1室から営業できるようになります(旅館業法施行令)。

分散型ホテルが可能となります(緊急時は10分で駆けつける体制が必要です)。複数の事業者が玄関帳場を共有することも可能となります(緊急時体制は同様)。

複数棟の分散型ホテルを「ひとつの旅館・ホテル営業」として許可を受けることができます。

これで、私たちが望んでいたことは、全て実現することになります。もとより、私たちは安易な規制緩和は求めていません。法の趣旨は尊重しながら、時代にそぐわない不合理な規制は取り除きたいと考えているだけです。長い道のりでした。
しかも、今回の法改正では、私たちが主張してきた歴史的建築物だけではなく、広く一般の建築物が対象となります。「条例で指定した物件」といった条件もありません。
ただし、以上は政府の範疇なので、許可権者である都道府県等(保健所を持つ自治体)が、6月15日に向けて、条例や規則をどのように準備するのか、今は注視が必要だと考えています。

昨今、批判的な目に晒されている国家戦略特区制度ですが、この制度が規制改革の優れたツールであることを私たちは実感しています。この特区制度がなければ、風穴は開かなかったし、まだNIPPONIAという事業モデルは実現していません。特区の議論がなければ、今回のような法改正もすいぶん先のことだったでしょう。

何か制度改正があって現実が変わる訳ではありません。のっぴきならない現実の突き上げがあって制度改正に至るのです。社会はそのようにして変わっていきます。
けれども、道理はアベコベで、その「未来の現実」を担う事業者は、「現在の制度」に縛られて身動きが取れません。正面突破を試みても跳ね返されるだけです。脱法行為で現実を作ってルールを変えるアウトロー戦略しかありません。
国家戦略特区制度は、そこを正面から王道でブレークスルーできる重要なツールです。私たちの旅館業法もそうでした。良き提案は受け入れられ、その事業者は特別扱いを受ける。そのことが一般化して社会全体のものとなる。もっと簡便に、もっと自由に活用されて良い。そのことを最後に記しておきたいと思います。

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金野幸雄

一般社団法人ノオト代表/古民家など歴史的建築物の活用を起点に、限界集落の再生、農村地域の再生に取り組んでいる。

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