その”やらなきゃ”を手放すこと

人と物との関係を研究するのはとても楽しいです笑 最近自分もいろんな物を断捨離したり、片付けたりして地道な断捨離活動を粛々と進めているんですけど

自分の様子を見ていて

”〜しなきゃ”

みたいな気持ちが至るところに散らばっていることを発見します。

その”〜しなきゃ”ってどこから来たのかって見ていくと、ただ単に自分の思い込みだったりするんですよね笑

心の押入れの奥深くに眠っていた「思い込み」が突然姿を表すことが結構な頻度であります。

おもて面にあったいらない物を取り除いていくと、奥の方にしまっていた物が顔を出すんでしょうねぇ。

そこにしまったのは自分のはずなのに、すっかり忘れていて普段自分は気づかないふりをしていることに身震いがします。

でも、それに気づく段階にまで自分自身が進めたということを実感する瞬間でもあるので、己の成長にお赤飯ですね笑

今日はそんな、その”〜しなきゃ”はどこから訪れたのか、それをどう分解して手放していくのか、ということについて書いてみたいと思います。

断捨離のコツ…その”やらなきゃ”を手放すこと

なんでしょうね、結構至るところに存在する”〜やらなきゃ”っていう気が重いものは。特に自分から手に入れた記憶はないのに、排気ガスのように自分自身の内面を充満させてしまっている時があります。

そのガス抜きをしてあげるのが自分にとっての片付けや断捨離っていう気も最近はしてきますね。

手放した方がいい”〜やらなきゃ”には、どんな種類があるのかちょっと見ていきたいと思います。

持ちがち1:ちゃんとしなきゃ

ちゃんとしなきゃ、が日本全国の生息数的にはもっとも多い気がしますね。まだまだ、主みたいな「ちゃんとしなきゃ」もいるでしょうし、生まれたてホヤホヤの「ちゃんとしなきゃ」も続々と生まれ続けている気もします。

私もずいぶんと長い間、心の押入れに「ちゃんとしなきゃ」を埋蔵しており、それはそれは大層生きづらい思いを散々してきました。

ところででも、「ちゃんとしなきゃ」をどこで手に入れたのかはほぼ謎なんですよね。

どこから来たのか「ちゃんとしなきゃ」は。

と思ってキョロキョロして見たら、小学校あたりから「周りからの評価を気にし出す」というところから手に入れ始めたことを自分の場合は発見しました。

もしかしたらもっと前の段階で「ちゃんとしなきゃ」はいたのかもしれないですけど、いるのが普通になって来たのが小学生くらいな感じがしますね。

もし「ちゃんとしなきゃ」を持っていないと

周りと馴染めない
勉強ができなくなる
お母さんに怒られる


などが私の「ちゃんとしなきゃ」の周りをわらわらと取り巻いていました。そのオーディエンスが本当に必要なのかっていうのを紐解いていきたいんですけど

ちゃんとしなきゃ、周りと馴染めないの?
ちゃんとしなきゃ、勉強ができなくなるの?
ちゃんとしなきゃ、お母さんに怒られるの?

ていう風に見ていくと、自分自身ではそう思っていても、もしそれが自分の大事な友達が「ちゃんとしなきゃ」そういう風に考えている、という想定に置き換えてみたら

「考えすぎだよ〜、もう十分ちゃんとしてるよ!」

と声をかけてあげたくなると思うんですよね。

でも私たちは、というか私は、自分自身に対しては、そういう声かけをしてあげることができなかったんです。

友達には優しくできるのに自分には厳しいなんて、自分がかわいそう

っていう風に今では思えるんですけど、「ちゃんとしなきゃ」が押入れにいる間は、そういう気持ちでいましたね、という感じです。

なので、今は表面の物がようやくたくさん色々と取り払われて来たので「ちゃんとしなきゃ」が天日に干されているところです笑

「ちゃんとしなきゃ」と仲良しでタッグを組んでいる物っていうのもセットでいたりするので、要注意です。

例えばなんだろう…本当はズボラでやりたくないのにやろうとしている「ボディケア用品」とか?笑

まあ、部屋や自分の内側のいろんなところにあるでしょうね笑 ちょっと退散いただきたいところです。

持ちがち2:好かれなきゃ

「好かれなきゃ」は天袋の奥深くにいるのを発見しました。普段、なかなか見ないところにしまってあったので、目を合わせる機会もほとんどなかったです。

もしかしたら「好かれなきゃ」はもっと自分のことを見て欲しかったのかもしれないですけど、私自身はそういう「好かれなきゃ」がいること自体、見て見ぬふりをしていたので、なかったことになってました。

だから余計に「好かれなきゃ」は私が意識しない間にやんちゃをしていたのかもしれないです。

「好かれなきゃ」のことも、私は手に入れた覚えはないんですけど、結構古くからいる気がしますね…。

どこから来たのか「好かれなきゃ」は。

と思ってじっと見ていたら、中学生くらいからなんかいるようなことを、「好かれなきゃ」がボソボソ言っているのが聞こえました。でも、わかる気はします。

クラスからはみ出したくない
先生から見放されたくない
仲の良い友達に嫌われたくない


などが、「好かれなきゃ」の周りを覆っていました。その覆いが必要なのかを見ていきたいと思うんですけど

好かれなきゃ、クラスからはみ出さないの?
好かれなきゃ、先生から見放されないの?
好かれなきゃ、仲の良い友達に嫌われないの?


ていう風に見ていくと、自分自身ではそう思っていても、もしそれが自分の初めて付き合った彼氏が「好かれなきゃ」そういう風に考えている、という想定に置き換えてみたら

「考えすぎだよ〜、もう十分好かれてるよ!」

と声をかけてあげたくなると思うんですよね。

でもやっぱり、それが自分自身だと、そういう声をかけることができない。本当に結構不思議ですよね。どうして自分にばかりムチを与えるのか。

彼氏には優しくできるのに自分には厳しいなんて、かわいそう

そこで「好かれなきゃ」がおずおずと差し出して来たのは「好かれるべき自分」でした。

おお…なるほど。そんな物を持っていたら、「好かれなきゃ」はずっと天袋に押し込まれたままだと思いました。

「好かれるべき自分」は、一見輝いてみえる魅力的な物なんですけど、振ってみると中身は空っぽのようです。

強く握ったらくしゃっとなりそうな、ハリボテのような物でした。

私はそっと「好かれなきゃ」の肩を抱いて一緒に近くの川へ行きました。川面の輝きを眺めていたら、ふと気づくと「好かれなきゃ」はいなくなっていました。

遠くにいたはずの鳥が「好かれるべき自分」をつついていました。

「好かれなきゃ」は外に出て、自分の存在が役に立たないことにいたたまれなくなったのかもしれません。

お別れを言うこともなかったですけど、それでよかったのだと、私は思っています。

持ちがち3:がんばらなきゃ

「がんばらなきゃ」っていうのも自分のどこかに張り付いてる気がしますね。これも結構、日本全国の各地に生息している気がします。

昭和という時代にはもっとたくさんいた気がするんですけど、平成も終わりに近づくと同時になんかちょっと減少傾向にある気がしますね。

どうも「がんばらなきゃ」は昭和の時代において、めちゃくちゃ地位が高く、権力も相当あったみたいです。

みんなが24時間戦えるのは自分のおかげだ。
国が発展したのは、豊かになったのは自分のおかげだ。

「がんばらなきゃ」には多種多様なバリエーションがあり、軽く見てみても一番偉そうな「がんばらなきゃ」はめちゃくちゃプライドが高そうです。

私の近くにいた「がんばらなきゃ」はもっと小規模で謙虚な感じでしたけど、取り扱いが厄介でした。

なぜなら、いつ「がんばらなきゃ」が顔を出すかわからなかったからです。

どのタイミングで「がんばらなきゃ」が出てくるのか自分では掴めなくて、顔を出した時にはもう引っ込めることが難しかったんですよね。

私の「がんばらなきゃ」はこんな感じで出てきていました。

がんばらなきゃ、ダメになる
がんばらなきゃ、結果を出せない
がんばらなきゃ、幸せになれない
まじで!?そんなことある?と思って、また見て行ってみましょう。

がんばらないと、ダメになるの?
がんばらないと、結果を出せないの?
がんばらないと、幸せになれないの?


ていう風に見ていくと、自分自身ではそう思っていても、もしそれが自分が育てた可愛い後輩が「がんばらなきゃ」そういう風に考えている、という想定に置き換えてみたら

「え〜もうかなり頑張ってると思うよ!それよりもっと楽しく過ごしてほしいな」

と声をかけてあげたいなぁと思いました。

でもやっぱり、自分自身にはそう言うことって全くなかったんですよね。またかよっていう感じですけど、なんなんだこのパターンはっていう感じですね。

ちょっと「がんばらなきゃ」にはもう出て来てほしくないので、話し合いをしたいと思ったのですが、そういえば最近「がんばらなきゃ」と会っていないことにふと気づきました。

知らない間に「がんばらなきゃ」は私の手元からいなくなっていたようです。

どうりで最近、自分の体が軽いと思っていました。「がんばらなきゃ」とは、学生の時も社会人になりたての時も、一緒に歯を食いしばって過ごして来ました。

でも本当は「がんばらなきゃ」もそういうことはせずに、だらだら過ごしたかったのかもしれないなぁとふと思いましたね。

その”やらなきゃ”を手放すのは難しい?

いろんな「やらなきゃ」がいましたね!

もっとよくよく見てみればいろんな種類がいると思いました。「きれいにならなきゃ」とか「賢くいなきゃ」とか、自分の中は「やらなきゃ」のるつぼだなと思いましたね笑

全部まとめて断捨離したら、かなり気持ちも体も軽くなりました!手放してよかったなぁと思うことの一つで、断捨離した効果もかなりあった気がしますね。

人が外と繋がろうとする時、うっかりできちゃうんでしょうね。だから意識して、私たちの方から手放していってあげた方が、お互いに幸せなんだと思いますね。

私たちが生活している限り、誰かと関わり続ける限り、「やらなきゃ」は湧き出てくるものなのかもしれません。

だから時々、

やらなきゃいけないの?

と友達に尋ねるように、自分に聞いてあげることが必要なんだろうなぁと私は考えています。

自分の誰か大切な人に声をかけてあげられるように、自分にもそうした優しい声かけができるようになるといいなぁと思いますね。

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かぜのたみ

人と物との関係を研究する、かぜのたみです。ミニマリストの生態について話題にします。ブログ:ミニマムなライフ→https://small-days.com/
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