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三四郎のオールナイトニッポン0 小宮フリートークゾーン風『檸檬/梶井基次郎』

檸檬読んでたら小宮さんっぽいなと思って書きました。

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小宮:これさ、先週のオールナイトが終わって、その2日後とかくらい。次の日はまぁ、テレビの収録があって。その次の日、久しぶりに1日休みがあってさ。

相田:うんうん。

小宮:相田も休みだった?

相田:いや、俺は…日曜でしょ?仕事してたよ。

小宮:え、そうなの?小宮が休みで相田が仕事の日なんてあるんだ。

相田:いやまぁまぁ、普通にあるでしょ。

小宮:そうかそうか。ままま、休みでさ。どうしようかなとか考えてて。いろいろ、やろうと思ってたこととか、これいいですよっておすすめされたものとか溜まってたから。どうしようかな、うーん。なんか、そわそわしちゃって。

相田:急に休みだと1日の過ごし方悩んじゃうよね。

小宮:うん。でも、なんだか違うぞと。なんだかえたいの知れない不吉な塊が、終始、僕を押さえつけてるぞ。焦りとか、なんかぞわぞわする感じでさ。あの、お酒飲んだ後とか、二日酔いになるになるけど、僕はもう毎日大酒飲んでるから。芸人なんてさ、毎日酒飲んで。女ヤッて。そういうもんだから。まぁ毎晩、酒飲みまくってると、二日酔いっていう、時期が来るんだよ。常人だったら、酒飲んだ次の日が二日酔い。僕は二日酔いなる前に次の酒入れてるから。永遠に二日酔いが来ない。

相田:常に酒が入ってるから二日酔いっていう状態が無いと。

小宮:そうそう。でも、その分がまとまってくるのね。二日酔いみたいな時期が来る時がドンとくる時期あって。それが来たんだよ。休みの日に。こりゃまずいぞと。こうなったらもうだめだから。いつも聞いてる音楽とか聞いてみたり、なんか色々試してみたんだけど、ぞわぞわぞわぞわしちゃって、辛抱がならないわけ。家の中にいてもだめだから、外出て、なんかリラックスできるような、普段だったら心が落ち着くような場所に行っても全然ダメで。何かが僕をいたたまらずさせる。それで、ずっと高円寺の、高円寺の駅の方に浮浪して歩いてって。

相田:うんうん。

小宮:あのー、ちょっと変わるんだけど、僕って見すぼらしくて美しいものに強く惹かれるじゃん。

相田:急だな。うん。

小宮:風景とかでもさ、壊れかかった街とかで、きれいな表通りとかさ、わざとらしいくらいよそよそしいでしょ。それより、親しみがあってさ、汚ねぇ洗濯物が干してあって。がらくたがそこらじゅうに転がってて。なんだよこれむさくるしいなぁっていう部屋があったりする裏通りが好きでさ。雨とか風が蝕んでって、やがて土に帰ってしまうような。もう土塀が崩れてたり家が傾きまくっててさ。

相田:そんな街ある?まぁ、うん。

小宮:植物だけはね、勢いよくて。たまにびっくりするくらいの向日葵とかカンナ咲いてるから。そんな?ってくらいの。すげぇなとか思ったりして。ままま、そういう路地を僕歩いてて。ふと、考えるんです。ここが何百kmも離れた仙台とか長崎とか、そういう街に今自分は来ているんだと。そういう錯覚を起こそうって努めるんです。

相田:なんだよそれ。

小宮:できることならさ、もう東京から逃げ出して、誰一人僕を知らないような地に行ってしまいたいと思ってるから。なぜなら、第一に安静。安静が欲しい。がらんとした旅館の一室で。清浄な蒲団。匂いがいい蚊帳と、糊のよくきいた浴衣ね。パリパリの。そこで、1ヶ月くらい何にも思わず横になりたい。なぜなら安静が欲しいから。願わくば、ここがいつの間にかその街になっているのならば。そんな錯覚を起こすわけなんだけど、ままま、その錯覚がうまくいきそうになったら、今いる汚ねぇ、路地裏の、がらくたが転がってる道に錯覚を重ねるわけです。錯覚と、汚ねぇ街の二重写し。その中で現実の僕自身を見失うっていうのを楽しむんだよね。

相田:ずっとなにを言ってるの?リスナーも、ん?ってなってるよ。

小宮:表現が高度すぎて相田には分かんないか。リスナーもね、全員相田みたいなもんだしね。分かんなくても仕方ないよ。まぁ、そこは。それで、僕が好きになったものがほかにもあって。花の火と書いて花火ね。これがいいんですよ、まぁ花火そのものは二の次で、僕が好きなのはあの、夜空に上がる方じゃなくて、手持ちのやつ。あの安っぽい絵具で赤とか青とか、いろんなシマシマの模様がついてる花火の束になってるやつ。中山寺の星下りとか、花合戦とか、枯れすすきとか。

相田:あー、鼠花火とかテンション上がるよね。

小宮:鼠花火。そう、鼠花火ね。一つずつ輪になってて箱に詰めてあるね。そういうものが変にそそるんだよ。それから、びいどろっていうさ、色ガラスで鯛とか花が打ち出してあるおはじき、これもいいんだよ。あと南京玉。これをね、僕の場合は口に入れて舐めます。これがなんとも言えない享楽でさ。いいんだよ。小さい時に口の中に入れて怒られたりしたけど、その時の甘いなっていう記憶が残ってて、今でも舐めちゃうんだよね。

相田:気持ち悪。そんなことしてたの。

小宮:まぁまぁ。そんなこんなでさ。もう皆さん察しがつきますでしょうが、僕にはまるでお金が無くて。

相田:ええ?あるでしょ。

小宮:いやまぁ、あるよ。あるけどさ、あんまりあるあるって言ってても好感度によくないし。好感度とかどうでもいいんだけどね、もはや。なくてもオファーは来ますから。でもまぁ、たまには上げといても損はないし、お金が無いって言っとくことにしましょう。こんな深夜に働いてさ。普通はお金が無い人が働く時間だよこんなの。おかしいからね。3:00〜5:00は金無い人が働く時間だよ。

相田:そんなことないでしょ別に。

小宮:僕はお金が無いんですよ。とはいえね、そういう錯覚とか、好きなものとか見て、少し心が動きかけた時の僕自身を慰めるためには、贅沢をすることが必要なんです。とはいえ、お金が無いから僕は。いや、あるんだけど。ほんとこんなラジオとかじゃ稼げないから。深夜にやってらんねぇな、大した金も入ってこないのにさ。

相田:こらこら。

小宮:でね、僕がまだお金持ちだった頃、いやお金はあるんだけど、そういう設定だから今。

相田:分かったよ。何回も言わなくていいよ。

小宮:昔お金持ちだった頃ね、僕は好きだった場所があるんです。例えば丸善ね。赤とか黄色のオードコロンとかオードキニンとか。しゃれた切子細工とか。香水、キセル、小刀、石鹸、煙草。そういうのを見るのに小一時間くらいかけてさ。それで、結局買うのは一番いい鉛筆を、一本買うくらいの贅沢をするんです。
でも、もうお金の無い僕には重苦しい場所に過ぎない。なぜなら、お金が無いから。本とか、学生の人とか、勘定台とかが、全部借金取りの亡霊のように僕には見えるんだよ。なぜならお金が無いから。

相田:ククク。はいはい。

小宮:そんなこんなでさ。あの、また違う日になるんだけど。朝、えーと僕さ、一時期友達の家を転々として暮らしてた時あったでしょ。

相田:あったっけ。

小宮:相田んちにも行ってたことあるよ。え、覚えてないの?

相田:覚えてない。

小宮:マジかよ。イカレだな。ほんとに?まま、それでそんな風に暮らしてた時、朝にさ、友達がさぁ、大学に行っちゃったあとのあの、空虚な空気。空虚な空気の中にぽつねんと1人取り残されるんだけど。

相田:うんうん。

小宮:ぽつねん。1人で。だからまた僕はそこからさまよい出なきゃならなくて。だりーな、ほんとマジ何なんだよ…。さまよい出るとさ、また何かが僕を追い立てるのね。それで街から街にさ、さっき言ったような汚ねぇ裏通り歩いたり。駄菓子屋の前で立ち止まったり。んだよシケてんなぁ放火してやろうかな。とかそんなこと思わないけど、ままま、さまよいでてるから、そんな風な思考にもなりつつ。へへへ。乾物屋のほしえびとか棒鱈とか湯葉とか眺めてみたり。さまよってさまよって、とうとう僕の足が止まったところがあったのね。果物屋。ここでちょっとこの果物屋さんについてご紹介させてください。

相田:ふふふ。どうぞ。

小宮:この果物屋さん、僕が知っている範囲の中で一番好きなお店なんです。あの、決して綺麗なお店じゃないんだけど、果物屋固有の美しさが一番露骨に感じるというか。果物とか、もうめちゃくちゃ急な台の上に並べてあるんだけど、その台も古びた、黒い漆塗りみたいな雰囲気でさ。果物たちの様子がまたいいんだよね。華やかできれいな音楽が、すごいいいところのメロディーでちょうど石にされて固まった、みたいな。あの、見ると石にされる怪物いるでしょ。髪の毛が蛇みたいになってる女の。ゴルゴンの鬼面。

相田:普通メドゥーサとか浮かぶけどね。ゴルゴンか。

小宮:んー、まぁメドゥーサね、メドゥーサでもいいんだけど、ゴルゴンの鬼面ね。ゴルゴンの鬼面に睨まれて。キッ!って。キッ

相田:うわっ、睨んできた。いやいや、睨んできてもあなたは小宮だから。メドゥーサとかゴルゴンとかだったら石になっちゃうけど。

小宮:石になれ!

相田:何?

小宮:すごいな。ならないんだ。僕、もう福田の方とか見れないもん迂闊に。ブースの方にも目配せとかしたいけど、みんなのこと石にしちゃったら大変だしさ。福田僕と目合わせちゃだめだよ。カンペごと固まるからね。見てない?僕の方見てない?大丈夫?良い?

相田:大丈夫だよ。てか普通に見ても大丈夫だから。

小宮:大丈夫?相田はすごいなぁ、こんなに目があってるのに。やっぱり呑気には効かないのかなぁ。

相田:もう続き話してよ。長いよ。

小宮:ええ、はい、ええと果物屋さんね。まぁ、色彩豊かでさ、みずみずしいというか、熟れてるぞっていうのが分かるのね。野菜とかも売ってるんだけど、青物は奥にいけばいくほどうず高く積まれてるんだよ。にんじんの葉っぱの美しさったらないよ。まぁ、あと果物屋の良いのは夜ね。これがまたよくてさ。大通りの方はさ、けっこうにぎやかでね、まぁ新宿とか渋谷とかに比べたら澄んでるけど、お店の電気がおびただしい感じで。こう、明るいのね。それがどうしたわけか、その果物屋さんの周辺だけが妙に暗い。いや、もともと、片側、お店の片方はそこまで明るくない、暗めの通りに面してるから、まぁ暗く見えるのは当然なんだけど。でも反対の、隣の家は大通りにある家なのに、暗いんだよ。片側が暗くてもさ、明るい大通りに面してるんだから、そこまで真っ暗みたいにはならないでしょ普通。でも暗いのね。なんでこんなに暗く見えるのか分からないんだよ。でも、暗くなかったらあんなにも僕を誘惑するには至らなかったね。

相田:うん。なんで暗いんだろう。

小宮:それは分からないんだけど。もう一個ね、めちゃくちゃいいところがあるんだよ。それがね、廂ね。あの、軒の所に突き出てる小さい屋根みたいなのあるでしょ。

相田:雨とか日差しとか防いでくれる屋根ね。あるよね。

小宮:そうそう。それがね、帽子を深くかぶったようにっていうか。これは別に例えてるっていう感じじゃなくて。おや、あそこの店は帽子の廂をやけに下げているぞと。そう思うくらいなんだよね。だから廂の上もめちゃくちゃ暗いの。そんな風に周りが暗いからさ、店頭に何個か電燈がついてるんだけど、その光がまるで驟雨のようにね、降り注いでるのはもう絢爛でさ。

相田:うんうん。光がにわか雨みたいにね。

小宮:絢爛なんだよ。裸の細長い螺旋棒の電燈がさ、きりきり眼の中に差し込んで来る通りに立ってさ、近所にある鎰屋の2階のガラス窓をすかして眺めるこの果物屋さん程、その時々の僕を興じらせたものは稀だったね。

相田:うん。そうなんだ。

小宮:まぁ〜、その日僕はいつになくその店で買い物したんだよ。

相田:ん?その果物屋で?

小宮:そうそうそう。買い物したんだけど。というのは、その店では珍しく檸檬が出てたんだよね。ままま、檸檬なんてごくありふれてるよ?でも、その店っていうのが、まぁ見すぼらしくはないまでも、ただただ当たり前の八百屋に過ぎなかったから。それまであまり見かけたことがなかったんだよ。一体何故でしょうか、僕はあの檸檬が好きでして。レモンエロウの絵の具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色がいいんですよ。それから、あの丈の詰まった紡錘形の恰好もね。こりゃいいやと思って。それで結局僕はそれを一つだけ買うことにしたのね。なぜなら僕は檸檬が好きだから。本当、心躍るよね見かけると。まぁ、檸檬を買ってさ、それからの僕はどこへどう歩いたのか分からなくて。なんか長い間街を歩いてたのは覚えてるんだけど。最初にも言ったけど、僕の心をおさえつけていた不吉な塊がさ、それを握った瞬間からいくらかゆるんできてさ。

相田:ああ、最初に言ってたね。漠然とした不安的なやつ。

小宮:うん、まぁ、ちょっと違うけどな。そんな簡単に片付けられるような心情じゃないんで。で、まぁ僕はもう街の上でめちゃくちゃ幸せでさ。あんなにしつこかった憂鬱がさ、そんなものの一顆で紛らされるのね。ほんと心ってなんという不思議なやつだろうね。その檸檬の冷たさは例えようもなくよかったんだよ。その頃の僕って、肺尖を悪くしていていっつも熱出してたでしょ。体温が人より熱いというかさ。営業の楽屋とかでもさ、色んな人に僕の熱を見せびらかすために手の握り合いとかしてみてさ、やっぱり僕の掌が誰よりの熱いのね。その熱さのせいだったと思うけど、握っている掌から身内に浸み透っていくその冷たさは快いもので。こりゃいいやと、僕何度も何度もその果実を鼻に持っていってはかいでみてさ。その檸檬の産地のカルフォルニヤが頭に浮かぶんですよ。漢文でさ、「売柑者之言」の中に「鼻を撲つ」って言葉があるでしょ。あの言葉がさ、きれぎれに浮かんでくるんだけども。ふかぶかと胸いっぱいにさ、匂やかな空気を吸い込むんだよ。これまで胸いっぱいに呼吸したことのなんてなかったからさ、僕の身体とか顔に温い血のほとぼりが昇ってくるわけです。なんだか身内に元気が目覚めてきたぞと。こりゃあいいや。

相田:うんうん。

小宮:実際さ、あんな単純な、なんていうのかな、冷たさとか。冷覚か。そうそう。冷覚とか、触覚とか、嗅覚、視覚がさ、ずっと昔からこればかり探してたんじゃないかって言いたくなったほど、僕にしっくりしたなんて不思議に思えるくらいの。それがあのころのことなんだから。僕はもう往来を軽やかな昂奮に弾んでさ、一種の誇りみたいな気持ちさえ感じたよね。美的装束をして街を闊歩した詩人のことなどを思い浮かべたりしちゃって。そうそう。歩いてさ。もうルンルンだよ。汚れた手拭の上に載せてみたり、マントの上にあてがってみたりして色の反映を量ったり。

相田:なにしてんの?

小宮:ままま、またこんなことを思ったりもしてみたんです。つまりは、この重さなんだな、と。

相田:ふふふ。はい。なに?

小宮:重さなんです。その重さこそ、つねづね尋ねあぐんでいたもので。もうさ、なんの疑いもなくさ、この重さはすべての善いものすべての、美しいものを重量に換算してきた重さであるとか。もう思いあがった諧謔心だっては分かってるんだけども、そんなばかげたことを考えてみたりしてさ。なにがさて、僕は幸福だったんです。どこをどうやって歩いたのか分からないんだけど、僕が最後に立ったのは何の因果か、丸善の前ね。丸善です。いつもあんなに避けてた丸善がその時の僕にはやすやすと入れるように思えたんだよ。こりゃいいぞと。最高だぜ。「今日はひとつ入ってみてやろう」と。そして僕はずかずかと入って行ったのね。

相田:入ったんだ。

小宮:そうそう。そうなんだよ。しかしどうしたことだろう、僕の心を充たしていた幸福な感情はだんだん逃げて行くんです。香水の壜にも煙管にも僕の心はのしかかってはいかなかったんだよね。憂鬱が立てこめてきてさ、僕は歩き廻った疲れが出てきちゃったんだと思って。やばいやばい、どうしよう。そのまま僕画本の棚の前へ行ってみてさ。画集の重たいのを取り出すのさえ、いつもより力がいるなぁ!とか思ったりして。そうそう。でも僕は一冊ずつ抜き出してはみて、そして開けてはみるんだけど、克明にはぐってゆく気持はさらに湧いてこないわけよ。しかも、呪われたことにはまた次の一冊を引き出してくる。それも同じことだって分かってるんだけども。でも一回バラバラとやってみないと気が済まないんだよ。でももうさ、それ以上は。それ以上はたまらなくなってそこへ置いてしまうのね。もう力尽きちゃって。ヘトヘトでさ、前の位置に戻すことさえできなくて。

相田:戻すくらいできるでしょ。

小宮:すごいしんどいんだよ。もうヘトヘト。でも僕は何回もそれを繰り返してさ。とうとうおしまいには、日ごろから大好きだった、あのアングルの橙色の重い本ね。アングルの。そうそう。アングルの橙色の重い本まで、なおいっそうの耐え難さのために置いてしまったのね。なんという呪われたことだと。手の筋肉に疲れが残ってて。もう、ぜえぜえ言ったりして。手もこんなガクガクでさ。

相田:そんななる?本でしょ?

小宮:僕は憂鬱になってしまってさ。そのまま僕が抜いたまま積み重ねた本の群をながめていたんだけども。前まではさ、あんなに僕をひきつけた画本が、どうしたことだろうか。一枚一枚に眼をさらし終わって後。さてと。あまりに尋常な周囲を見廻すときの、あの変にそぐわない気持。あるでしょ。僕は、前には好んで味わっていたものだったんだよ。

相田:うんうん。

小宮:「あ、そうだそうだ」と。その時僕は袂の中の檸檬を憶い出したのね。そうそう。さっき買った檸檬ね。袂に入れてたんだよ。檸檬を憶い出して、おや?と。本の色彩をゴチャゴチャに積みあげて、一度この檸檬で試してみたら。「そうだ」と。そこから僕にまたね、さっきの軽やかな昂奮が帰って来たんだよ。手当たり次第に積み上げてさ。また慌しく潰して、また慌しく築きあげてってして。新しく引き抜いて付け加えたり、取り去ったりして。奇怪な幻想的は城が、そのたび赤くなったり青くなったりね。

相田:売り物でしょ?なにしてんの。

小宮:うん。いや、まぁ。へへへ。それで、やっとそれはできあがったのね。そして、軽く跳りあがる心を制しながら、その城壁の頂きに、恐る恐る檸檬を据えつけまして。もう上できです。見わたすと、その檸檬の色彩はですよ、ガチャガチャっとした色の諧調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまってるんだよ。カーンとさえかえっていたんだけども。僕は、ほこりっぽい丸善の中の空気が、その檸檬のまわりだけ変に緊張しているような気がしたんだよね。そのまま僕しばらくそれをながめててさ。すごいなこれはって。まぁそしたらさ、不意に第二のアイディアが起こりまして。その奇妙なたくらみはむしろ僕をぎょっとさせてるくらいの。

相田:なに?

小宮:聞いて驚かないでください。それをそのままにしておいて僕は、なにくわぬ顔をして外へ出ます。

相田:はい?

小宮:それをそのままにして、なにくわぬ顔で外へ出ます。

相田:檸檬を?

小宮:はい。そうです。なにくわぬ顔をして出ます僕は。

相田:だめでしょ、本もめちゃくちゃ積み重ねてるんでしょ。

小宮:知りません僕は。なにくわぬ顔で出て行きます。

相田:いや知りませんって。なにしてんの。

小宮:僕は変にくすぐったい気持がしまして。「出て行こうかなあ。そうだ出て行こう」って具合に。そして僕はすたすた出て行ったんです。

相田:だめだよ!なにしてんのよ!

小宮:変にくすぐったい気持が街の上の僕をほほえませたよ。丸善の棚に、黄金色に輝くね、恐ろしい爆弾をしかけてきた奇妙な悪漢が僕で。あともう10分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろうか、と。僕はこの想像を熱心に追求したのね。「そうしたらあの気配りな丸善もこっぱみじんだろう」と。最高だよ。気分も晴れてきてさ。それで僕は無事ね、風俗に行けましたという、休日の話でした。

相田:オチそこ?

小宮:相田もなにかあったら檸檬を爆弾に見立ててみなよ。

相田:しないよ。


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