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#9 マレーシア、世界遺産ペナン島、マレー鉄道の旅

僕は、マレーシアの首都クアラルンプールのリトルインディアで、無気力になっていた。

遡ること5日前。
韓国ソウルで、企業訪問等のお堅い用事を済ませた僕は、
仁川国際空港で電光掲示板とにらめっこしていた。

論文やらレポートやらを片付け、どうしても自由になりたかった僕は、
ソウルでの大切な用事を済ませた後、
いてもたってもいられず仁川国際空港まで来てしまったわけだ。

どこでもいいから旅がしたい。
トラベルホリックの禁断症状が出ていた僕は、航空券検索サイトで、
すぐに出発出来て”安い”航空券を予約することにした。

”ハノイ” ”北京” ”台北”など、ソウルから比較的近場の都市が表示される中、僕は1つの街に釘付けになった。

「クアラルンプール...。9000円かぁー」

他と比較してもそこそこ安価で、2時間半後に出発の便だった。
それに僕はマレーシアに行ったことがなかった。
今までも行くチャンスはあったし、ニアミスしていたが機会に恵まれず。

このチャンスを逃したら、次はいつになるかわからない。
僕は、国際郵便でスーツやらなにやらを日本に郵送し、
リュック1つで、クアラルンプール行きの飛行機に飛び乗った。

クアラルンプールのリトルインディア

マレーシアのクアラルンプールは、東南アジアのみならず世界でも指折りの大都市だ。
ノープランで降り立った僕は、クアラルンプールの大都市感と熱気にあてられてしまった。
到着初日に放浪に放浪を重ね、たどり着いたのは、インド系住民が集まるリトルインディア。
疲れと、どこでもいいから腰を落ち着かせたかった僕は、リトルインディアの安宿にチェックインした。

僕はリトルインディアでぼけーっとしていました(笑)
韓国滞在の前から別の国に滞在しており、1か月半くらい缶詰状態で作業をしていたからです。
時々起こる、もう何もしたくなーい!が発症してしまい、すでに5日間くらい何もしていませんでした。

朝起きて部屋を出ると、鼻孔をくすぐるスパイスに誘われ、ゲストハウス下にあるレストランで朝食のカレーを注文。
チャイを飲みながら本を読んで、昼頃にはカレーを食べる。
夕方になると景色を変えて、ほかの店にチャイを飲みに行き、夜になったらカレーを食べる。
1週間くらい経つと、カレーって奥深いんだなぁと感じてきました(笑)

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さすがに、何かマレーシアらしいことをしようかな、と
思い立っていたところ、ふっと”水曜どうでしょう”を思い出しました。

今や全国区となったこの番組で、マレーシアからバンコクまで鉄道で移動するシーンがありました。
結局、番組内では途中下車してとある場所にいっていましたが(笑)
僕は、彼らが果たせなかったバンコクまで列車旅にでかけることにしました。
とはいえ、列車だと寝てる間にバンコクについてしまうので、
ペナン島(バターワース)までバス、そこからバンコクまで列車旅。
善は急げと、僕はさっそくバスターミナルへ向かいました。

世界遺産のあるペナン島へ

ペナン島は世界遺産に認定されるマレー半島から、ちょこっと飛び出した島だ。
正確には、ペナン島のジョージタウンが他の街と一緒に文化遺産に認定され、世界遺産になっている。
昔から海洋貿易の拠点になっている街で、時代の移り変わりに応じて、それぞれ重要な拠点として存在している街らしい。

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僕は、ペナン島へのバスが出ているターミナルへ向かい、バスに飛び乗りました。
確かペナン島まではバスで約5時間くらい。
旅行者が少ない時期だったので、座席には余裕がありましたが、
現地の皆さんの大きな荷物で、バスの中は以外と狭かった記憶があります(笑)

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マラッカ海峡に夕日が沈みそうなころ、僕はペナン島最寄りのバターワースに到着しました。
そこから、フェリーでペナン島のジョージタウンに渡ります。

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フェリーには、車や生活用品などをたくさん積み、ここで暮らす人々の生活の足として使用されています。
心地よい海風に、カモメの鳴き声。初めてわたるマラッカ海峡の潮風に心が躍った記憶があります(笑)

ジョージタウンは、人気の観光地の1つで、街もかなりアーバンな印象でした。
街のいたるところにストリートアートがたくさんあり、それを地図を見ながら散策するのは非常に楽しそうです。

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とはいえ、僕にとっては物価も高く、観光地しすぎていたこともあり、早々に北上することに決めました。
(※次は家族や友達、カップルで行こうと思います)

タイ・マレーシアの国境へ

バターワースからバンコクへは、マレー鉄道とタイ国鉄を乗り継いで向かいます。
当時は、列車による国境越えの情報がほとんどなく、口コミでは逮捕されてしまったワーストケースなどが紹介されていました。

僕が行く前は、マレーシアでタイ国鉄のチケットも変えたのですが、当時はできず、国境で乗り継ぎの列車チケットを購入する必要がありました。
それに、駅のホームにイミグレーションがあるため、出入国スタンプを押さずにバンコク鉄道にも乗れてしまう状況でした。
そのため、タイ出国時に密入国扱いになり、逮捕されるというケースがあるそうです。
しかも、イミグレのオープン時間が明確でなく、到着したときにしまっていて列車に乗り遅れることもあるそうでした。。
そして、当時のタイ南部では宗教的な紛争が激化しており、数か月前も爆破テロが起きたばかりでした。

タイ国鉄の時間が不明、イミグレ開いているか不明、チケット取れるか不明というトリプルパンチな状況で向かうことになりました(笑)
(※今は大丈夫になったそうです。)

僕はバターワースの駅で国境に向かう列車を待っていました。
先に述べたような不安を抱えつつ、最悪は飛行機だな。と思いながらチケットを調べていました。
すると、アジア系の女性に声をかけられました。

『すみません。国境行きの列車ってこちら側のホームですか?』

「たぶんそうですよ」
僕は自分のチケットを確認しながら答えた。

『あ、一緒ですね。マレー語が読めなくて困ってたんです』
彼女は僕のチケットを見て、そう答えた。
英語圏の発音ではなかったので、タイ人だったらこの先がわかるかもと聞いてみた。

「どちらから来られたんですか?僕は日本から来ました」

『え!私も日本人です!助かった~』

聞くと、人生で海外旅行2回目の彼女は、クアラルンプールからバンコクを目指して旅しているところだった。
2回目でこんな旅行はタフだなぁと思いつつ、情報交換できると安堵した。

「国境からどうすればいいかってご存じですか?」

『私もわからなくて。。ネットだと逮捕されたとか載っていたし。。』
ソースは一緒だった(笑)
ここで会ったのも何かの縁、僕たちは一緒にバンコクに向かうことになった。

国境を越えタイのバンコクへ

彼女は、元々イラストレーターの仕事をしていて、
ふと”このままじゃいけない。外に出たい”と思い立ち、
海外旅行に出たそうです。
アメリカを旅した時に会った人から、マレーシアを勧められ、今回の旅に出たとのこと。
きっかけは異なれど、同じ境遇にある同士として、僕たちは安堵感に満ちていました。

国境についた僕たちは、さっそくイミグレを探しました。
イミグレらしきものはあるが、人がおらず機能していない様相でした。

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(写真の右側にあるのは、来るときに乗っていたマレー鉄道の列車)

ホームで待つこと約1時間。
スタッフが現れ、無事イミグレを通過することができました。
タイ国鉄のチケットを聞くと、夕方に寝台列車がでるとのこと。
僕たちはさらに数時間まって、タイ国鉄に乗ることができました。

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車内は、ほぼ満室で、僕たちはなんとか2等車をゲットし、
一路バンコクを目指しました。

旅で出会った奇妙な関係。
人それぞれ、いろんな思いがあって旅に出ている。
日本にいたら出会うことはなかったかもしれない一期一会と、
過干渉しない絶妙な距離感で、僕たちは夜行列車に揺られていた。

”バンコクについたらどうするか?”、”そのあとはどこに行くのか?”
いろいろお互いに話しながら、自然と会話が終息し、
汗臭い、エアコンのない列車の中で、僕は眠りについてしまった。

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