冷えた味噌汁を飲めるようになってわかったこと。

あたたかいものは、あたたかいうちに食べたい。
アツアツの味噌汁じゃなくてもいい。
せめて、ぬるいくらいの状態で食べたい。

ほぼ周回遅れで出産した。
43歳。
孫がいてもおかしくない。

「やりたいことがやれない。やろうと思っても、もういいやと諦めてしまう」
小さい子がいる友達がそう話すのを聞くたびに
「大変だよねえ」
とわかったような受け答えをしていた自分が恥ずかしい。

予定日から10日遅れて産まれた赤ちゃんは、泣いてばかりいた。
子宮という安心安全だと感じていた場所から出てきたものの、
おっぱいも上手に吸えない。
安心できるような抱っこもしてもらえない。

赤ちゃんも不安だったと思うが、私も不安しかなかった。
2時間〜3時間おきに、看護師さんが来て、搾乳してくれる。

最初は5mmと、スポイトで数滴程度から始まって、
10mm,15mmと、搾乳できる量は増えていく。

私の体は徐々に母になっていく。

それなのに、赤ちゃんはおっぱいに吸い付けないし、
私も看護師さんがいないと搾乳もうまくできない。

結局、赤ちゃんがおっぱいに吸い付けないまま、退院の日を迎える。
せっかく母乳が出ているから、搾乳して飲ませるようにアドバイスされ、
搾乳機をレンタルすることにした。
担当助産師さんは、
搾乳や授乳についてのアドバイスを丁寧に手書きしてくれた。
その紙がなければ、どうしていいのか全くわからなかった。

私はこの赤ちゃんを育てることができるだろうか。
「死なせずに育てる」
それがとても難しいことのように思えた。

「家にもナールコールが欲しい」

入院している間は、赤ちゃんが泣きだすと、看護師さんが来てくれた。
どうにもならなくなったらナースコールを押すと、助けてくれた。
母子同室だったにも関わらず、あまりにも疲弊している私を見て
「ちょっと寝て」
と夜中の数時間、預かってくれた。
とにかく、なにか不安になったら、
ナースコールがあるという安心感があった。

家にはナースコールがない。
自分でなんとかしなければならない。

おっぱいに吸い付けない赤ちゃんも、吸い付きたくて泣く。
搾乳する。
与える。

赤ちゃんが少し落ち着いてウトウトしている間に、
搾乳器と哺乳瓶を消毒する。

何か食べないと、と味噌汁を温めて、お椀に注ぐ。

と、また泣く。
抱っこしたり、オムツを替えたりしているうちに、味噌汁は冷めていく。

「自分のやりたいことがやれなくなる」

そのセリフは何度も聞いた。

でも、それは想像と違っていた。
「やりたいこと」のレベルが違いすぎた。

カフェに行ったり、コンサートに行ったり、映画を見たり、
好きな本を読んだり、ドラマを見たり、
自由に旅行をしたり、
時間を気にせず仕事に没頭したり、
そういうことかと思っていた。

「トイレに行きたい」
「味噌汁が冷え切る前に飲みたい」
「中断されることなく食事をしたい」
「お風呂で髪を洗いたい」

というレベルのことを
「やりたいこと」
として意識するとは思わなかった。

「トイレに行きたい」も「食べたい」も

みんな立派な「やりたいこと」だったんだ。

「当たり前にやってきたこと」「必要なこと」だからこそ
「やりたいこと」として認識したことはなかった。

自分でトイレに行くことも
自分で食事ができることも
「やりたいことを実行している」のだ。

願望実現とか、引き寄せとか、
色々言われているけれど、
「今の自分も、毎日たくさんの願望を実現できているのだ」
ということがわかったのは
冷たい味噌汁を飲めるようになったからかもしれない。

それに気づかせてくれたあかちゃんも、もうすぐ4歳になる。

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