【資料性DX新刊】「反〈福島差別〉」は福島を見ない:「ニセ科学批判」の現在を問う(月刊テキストマイニングレポートVol.24)

(この記事は、「資料性博覧会DX」(2019年5月4日、中野サンプラザ)にて刊行された同名の同人誌をもとにしております)

#ニセ科学批判 #東日本大震災

1. はじめに

24号目の「月刊テキストマイニングレポート」となります、後藤和智です。平成の時代が終わり、新たに令和の時代が始まりましたが、新元号・新天皇陛下の歓迎ムードの中で、平成から残された問題は多数あります。2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震、そしてそれが引き起こした種々の災害――東日本大震災です。

私は2019年4月6日に、せっかくの土曜休みだからと、一念発起して、岩手県宮古市に行きました。2019年3月23日に、津波で被災していたJR山田線の釜石~宮古間が復旧し、「リアス線」として生まれ変わった三陸鉄道に乗りに行くためでした。しかし、この日は強風が吹き荒れ、三鉄のダイヤも大幅に乱れていて、大船渡(盛駅)から乗る予定だった帰りのバスに間に合わない公算が高くなり、やむなくバスで盛岡まで撤退し、仙台に帰りました。
また、2019年3月16日に、宮城県気仙沼市で開催された同人誌即売会「EVENT JACK in 気仙沼」に参加したときは、2019年2月から3月にかけて多くの部分が開通した三陸自動車道を通りました。三陸道はとても便利でしたが、他方で宮城県の南三陸町や気仙沼市の津波被災地を見る機会が減るのではないかという思いもありました。

津波と並んで、東日本大震災の大きな被害として数えられるのが原発事故です。東京電力の福島第一原子力発電所が爆発、大規模な放射能漏れを起こして以降、日本全国、ひいては全世界において放射能汚染に対する不安が博が増した。「福島」というものを意図的に避けようとする人々の不安も広がり、放射能汚染をめぐって多くのデマや誤解が流れました。

それから3~4年ほど経った2015年頃においては、放射能汚染に関するデマは概ね払拭されたように見えます。特にネット上においては、放射能汚染を心配する人たちは無知だ、という論調が支配的になっているように見えます。もちろんデマが払拭されることはとてもいいことです。しかし、「我々はデマに勝利したのだ」ということを手放しで喜んでいいのか――という疑念があります。なぜなら、ここではデマを起こした主体――特に東京電力――の責任を追及することまでもが忌避されているように見えるからです。

震災から8年、2019年も4月になって、悲しい出来事が起こりました。福島県原町市、現在の南相馬市原町区で生まれ、福島県を中心に名物の菓子として広まっていた「凍天」を製造していた「木乃幡」(株式会社木乃幡)が自己破産を申請したのです。同社は「凍天」が2011年2月にテレビで紹介されたのをきっかけに、大規模な増産を行おうと大量の原材料を仕入れ、生産体制も強化していましたが、翌月に震災と原発事故が発生、原発から20km圏内にあったこともあり材料はすべて廃棄せざるを得なくなりました。

同社は2014年に宮城県名取市に新工場を開設しつつも、実損額8億円に対して、東京電力から提示された和解案は1600万円という極めて少額な補填だったと言います。同社は福島市の新本店設立のためにクラウドファンディングも募っていましたが、事情により断念されています(「「凍天」で知られる福島県の「木乃幡」が自己破産へ 震災・原発事故で苦境、東電の補償はわずか……「苦渋の決断」」(ねとらぼ2019年4月22日配信記事)https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1904/22/news087.html)。

私も2018年5月に出した同人誌『酪Fan』で、木乃幡と「酪王カフェオレ」の酪王乳業とのコラボレーション商品「プチ天ソフト」を小さくではありますが紹介し、その後も仙台駅の店舗で何回か凍天を買ったことがあるため、今回の同社の判断はとても悲しいものでした。その他にも、宮城県でニュースに触れていると、放射能に汚染された廃棄物の試験焼却で住民と行政が争っていたりと、原発事故の問題もまだ収束していないのです。

そんな中で、「反原発派」が流す放射能関係のデマと闘い、そして(少なくともネット上においては)勝利した「ニセ科学批判」は、果たして福島のために何をしたのかということも考えるようになりました。特にこの機会は、2018年になって増えるようになりました。まず、2018年においては、福島県に関する放射能デマを正すことを目的に、学術系ニュースを配信している会社「シノドス」が設立した「Fact Check 福島」が、反差別団体「のりこえねっと」の代表、辛淑玉氏に対する個人攻撃の記事で批判に晒されたことです。ちなみに「Fact Check 福島」については、設立時のクラウドファンディングに私も1万円ほど拠出しています。

そもそも辛氏は、(彼もまたエネルギー政策論の視点から放射能関係のデマを批判していた)「アゴラ」の石井孝明氏に対して、特定の国の工作員とバッシングされたことについて、2018年3月18日に名誉毀損で提訴をし、同年12月に石井氏に対して辛氏に55万円の慰謝料を支払うことを命ずる判決が出されました(「辛淑玉さん、ジャーナリスト石井孝明さん提訴「ツイッターでスパイという印象与えた」」(弁護士ドットコム2018年3月16日配信記事)https://www.bengo4.com/c_23/n_7581/ 、「辛淑玉さんへの「名誉毀損」認める ジャーナリスト石井孝明さんに賠償命令」(同2018年12月25日配信記事) https://www.bengo4.com/c_23/n_9047/ )。

そもそもこの裁判の準備については、2018年3月の段階で、辛氏が特定のテレビ番組で「工作員」とデマを流されたことについて、BPO(放送倫理・番組向上機構)が人権侵害を認定していました。彼女はバッシングから日本から退去し、生活拠点をドイツに移さざるを得ないという状況にありました。そのような状況の中で、放射能デマの批判に尽力してきた菊池誠氏や「Fact Check 福島」が、辛氏がかつて放射能に対する不安を扇動したとされる発言を挙げて、「福島差別を行ってきた者が自身の差別被害を訴えるのはおかしい」と批判しました。さらに菊池氏は、辛氏の「福島差別」は彼女が在日コリアンの女性であることから「アンタッチャブル」になっているとも発言しました。

私は前々からうっすらとは気付いていましたが、「福島差別」という言葉が、他者の差別被害の訴えを封殺するためのものとして使われたことに、一時期を福島県で過ごし、現在も宮城県で過ごして福島県には1年に数回は(同人誌即売会で)通っている私は絶望を感じざるを得ませんでした。特にニセ科学批判の有名な知識人として振る舞っていた菊池氏が、先頭に立ってそのような使い方をしていたのです。

さらに追い打ちを掛けたのが、2018年に発覚した、JAIF(一般社団法人日本原子力産業協会)が、「若者向け」の原子力発電啓発サイトとして解説していた「オレたちの原子力 あたしの原子力」(http://people.jaif.or.jp/ )の内容が問題視されました。特に「ジジぃに聞け!」というところでは、(現在は多くがそうでなくなっているが)付けひげをつけた知識人が放射能に関する知識を解説するという、内容以前にその態度(ちなみに女性にもつけられている場合がある)に疑問が残りました。ちなみにそのサイトの《ジジぃ》には、こちらも放射能デマ批判に尽力してきた坪倉正治氏がいます。

このサイトについて、

《プロパガンダってもう少し上手に、巧妙にやるものだと思ってた。今は「慎重に相手を切り崩す」のではなく「内側が喜ぶように作る」ようになってるんだな。。。 》(小松理虔 https://twitter.com/riken_komatsu/status/1003610789586956288

《いろんな人が唇を噛みながら数年間コツコツ積み上げてきた石積みを、笑いながら蹴倒してお味方どうしでジャレあってるようにしか見えないこういうの、ドン引くだけじゃなくてちゃんと憤ったほうがいいのかな?》(五十嵐泰正 https://twitter.com/yas_igarashi/status/1003637722500628480

《坪倉さんや越智さんは、わかってて協力してるんだろうか? それとも、日本原子力産業協会に寄稿やインタビューに応じたものが流用されてしまったのだろうか? それにしても、いろんな意味で腹立たしいサイトだな。》(渡部真 https://twitter.com/craft_box/status/1003726408005218306

などと放射能問題について論じてきた論客が批判を表明しましたが、2019年にはJAIFがさらにふざけたノリのサイト「あつまれ!げんしりょくむら」が公開され、こちらも大量の批判を浴びて削除されました(「「げんしりょくむら」のサイトが閉鎖」(共同通信2019年4月12日配信記事)https://this.kiji.is/489365185600390241?c=39550187727945729 )。

他にも、『週刊文春』2018年4月12日号が、東京電力の元副社長の「懺悔告白」として、マスコミでも「被災者」として積極的に発言してきた復興支援活動家から脅しを受けていたことが明かされ、さらに2018年12月27日付で毎日新聞は(「個人被ばく線量論文、同意ないデータ使用か 東大が予備調査」 https://mainichi.jp/articles/20181227/k00/00m/040/252000c )、福島県伊達市において行政と協力して放射線のデータを集めていた東京大学教授の早野龍五氏について、論文に本人に同意のないデータが使われたと住民から申し出があったことを報じ、さらに今まで「研究成果」として公表していた知見が計算ミスによって放射線による影響を過小評価していたことも明らかになりました(牧野淳一郎「データ不正提供疑惑・計算ミス発覚の個人被曝線量論文。早野教授は研究者として真摯な対応を」(ハーバービジネスオンライン2019年1月10日配信) https://hbol.jp/183049 )。

「福島は、被災地は安全だ」ということについて、生活実感として強く確信しており、そしてそれは多くのデータによって裏付けられてきた。しかしそのデータに間違いがあったり、あるいはその生活実感が他者に対する暴力として悪用されていたり、原発事故の責任をうやむやにしたり……と、非常に多く「裏切られてきた」感があります。

それでは、放射能デマ批判の原動力となった「ニセ科学批判」はどうなのか。放射能デマ批判を通じて、ツイッター上では多くの論客が左派批判を行い、そしてそこからいろいろな問題に足を突っ込むようになりました。特に菊池誠氏は、近年は政治や経済にも口を出すようになっています。そしてその論調はおしなべて「だから左翼は選挙に勝てない」というものになります。

それでは、そういった論客を支持している人たちは、果たして本当に福島の、被災地の方を向いているのか。そういう疑問を持ち、私は今回の分析に取りかかりました。そこには、私はある程度感じてはいましたが、いざデータとして示されると本当に絶望せざるを得ない状況が広がっていました。

2. 分析の概要

本分析は、放射能や放射線に関するデマを使って福島県やそこに住む人たちを貶めようとする「福島差別」を批判する人たちについて、その論客を支持する人が、果たして福島県の、そして被災地を本当に見ているのかということを検証するものである。前項にも見た通り、〈福島差別〉というものに対する反対運動・言論は、どちらかと言えば他の差別――特に民族的マイノリティが訴える差別被害の訴えを、むしろ封殺するものとして働いている様子が見られてきている。他方でそれらの論客はその危険性に気付かず、ただ「科学的であること」だけをもって正しいとしているのではないかという疑念がある。

ここでは、反〈福島差別〉の論客、及びそれでツイッター上で名を上げた論客として、菊池誠(@kikumaco)、大石雅寿(@mo0210)、大貫剛(@onuki_tsuyoshi)、PKAnzug(@PKAnzug)、あさくら おいしいごはん(旧「あさくら めひかり」、@arthurclaris)、タクラミックス(@takuramix)、どーも僕です(@domoboku)の7名を上げる。特に「どーも僕です」については、プロフィールで「福島ファン」を名乗っている。また、メヒカリはいわき市の名産である。

これと比較する対象として、福島県で活動してきた活動家・論客として、いわき市の「ヘキレキ舎」の小松理虔(@riken_komatsu)、「福島のエートス」の安東量子(@ando_ryoko)、ジャーナリストの渡部真(@craft_box)、そして被災地の現地系のアカウントとして、岩手県知事の達増拓也(@tassotakuya)、メディアから河北新報(@kahoku_shimpo)と福島民報(@FKSminpo)と朝日新聞福島総局(@asahi_fukushima)、そして福島県のプロジェクトのひとつとしていわき市の浜の擬人化である「いわき七浜イケメンプロジェクト」(@Iwakinanahama_P)を選出した。

アカウントの検討として、これらのアカウントのツイートをリツイートしたアカウントを観測した。手法としては、フリーソフト「R」のパッケージ「twitteR」のAPI検索機能を使い、それぞれのアカウント(「@」含む)を含むツイートを検索した。この場合、それぞれのアカウントをリツイートしたものについても、例えば河北新報なら「RT @kahoku_shimpo: (本文)」として取得することができる。データの取得は2019年4月26日に行い、2019年4月19日から25日のツイートを使用した。

全体でのリツイート数の一覧を表1に示す。ここでは、これらの対象アカウントを、期間内に4回以上リツイートした2,120アカウントについて調査を行うこととした。アカウントは、フリーのテキストマイニングソフト「KH Coder」の機能を使用して、Jaccard係数に基づきウォード法に基づくクラスター分析を行い、8つのクラスターに分けた。

各クラスターの特徴と、それぞれのアカウントのリツイート数の相関を表2に示す。表2を見れば分かるとおり、反〈福島差別〉系のアカウントをリツイートしている層は、福島県及び宮城県、岩手県の現地系のアカウントもリツイートしているとは言い難い。クラスター4は福島民報のアカウントも多くリツイートしているが、これはどちらかと言うとそもそもリツイートの数が多い層と言うこともできる。

また、アカウントごとの共起を調べても、反〈福島差別〉系のアカウント、特にニセ科学批判とともに左派批判の傾向も強い、菊池、大貫、arthurclaris、takuramixは強い共起があるが、他方で被災3県現地系のアカウントはそれほど強固な繋がりがない。このことから、ツイッターにおけるニセ科学批判に親和的な層の論調は、もっぱら同じ論客の言説をシェアしあっているという構図が見て取れる。

図1 対象アカウントの共起

図2 対象アカウントとクラスターの共起

(ここから先は有料部分になります。有料版で掲載している図を一部紹介します。)

3. 「反〈福島差別〉クラスター」は福島を見ない

先述の2,120アカウントについて、2019年4月29日の朝から昼にかけて、最新の500ツイートを取得し、その中で2019年4月20日から27日のツイートを抜き出し、それらのツイートと、ツイートに使われているハッシュタグを集計した。なお、ExcelのVBAを用い、「http:」「https:」で始まるリンクについては「(メディア)」、絵文字を示す「<U+~>」については「(絵文字)」に置換し、リツイートを示す「RT @(アカウント):」は消去し、英数字は全角と小文字に統一するという補正を行っている。

ここから先は

1,723字 / 4画像

¥ 150

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?