私の小さな光

    十二月

 高校の夏休み、家から少し離れたゴミ捨て場にタバコで火をつけた。あの蒸し暑い夜遅く、私は人けのない駐車場の隅でタバコを吸っていた。隣のマンションのゴミ捨て場に積みあげられた袋が破れて生ゴミが散っていた。火のついたタバコを投げ込むと、じりじりと火が広がった。もっと見ていたかったけれど、人が来る前に立ち去った。
 揺らめく炎は、いつも私を落ち着かせてくれる。今もこうしてキャンドルの前でうずくまっている。東京の家賃六万のマンションでの一人暮らし。家電、ほとんど本のない本棚、おとといから部屋干しされたままのブラとパンツ、くちゃくちゃのベッドが揺らぐ闇に浮かぶ。さっきまでイライラしてたけど、ようやく眠れそう。深夜二時、明日も会社だ。

 静岡から東京に出てきて十五年目の十二月。名古屋に住む母方の祖母が入院したという知らせが母から届いた。
 実家にはここ三年ほど帰っていない。帰るたびに結婚だの彼氏だの親に言われるからだ。地元に住む妹は結婚してすでに娘と息子がいて、幸せそうな写真が母からLINEで送られてくる。比較されているみたいに感じる。今年の年末年始も帰らないつもりだったが、祖母のお見舞いという名目でしつこく、強い口調で説得され、結局、私の五日間しかない年末年始の休みが丸一日潰れることになった。
 母方の祖父母の家は子どものころ遊びに行った記憶があるが、あまり覚えていない。妹は名古屋の大学に通っていた際にその家に住んでいたことがあるが、私からすればまったく馴染みのない土地だ。父も名古屋で働いていたときに母と出会っているから土地勘はあるだろう。更に叔父夫婦やその息子であるいとこ夫婦まで来るとあっては、たとえ見舞いに行ったとしても私だけが疎外されているように感じるのは当たり前だ。ましてや、大学を出て地元の有名企業に就職し、結婚して子どもまでいる妹の前で、東京で逃げるように生活し、未だに独身で彼氏もいない私が、肩身の狭い思いをするのは間違いない。ああ、想像しただけでも腹が立つ。
 イライラも孤独感も、揺らぐ炎を見ていると不思議と和らいでくる。部屋を真っ暗にして、火を灯すと、それまでシーリングライトで暴かれていた部屋の中が闇に沈み、一気に世界が閉じる。そこにいるだけで、静かで、穏やかな気持ちになれる。
 こういう感覚は誰にでも分かるものだと思うが、他人に火を見るのが好きだと言うと奇異に見られるし、危ないからやめたほうがいいと忠告されることもある。だから、キャンドルを集めるのが趣味ということにしている。実際集めてるから嘘じゃない。
 王子神谷駅から地下鉄で片道三十分、立ちっぱなしで六本木一丁目駅に着いた。そこから徒歩数分のビルに入居する、関東を中心に展開するディスカウント・ストアを運営する会社。それほど名は知られていないが、一応上場している。私は購買課の主任で、男性の課長と女性の後輩二人、合わせて四人の部署だ。ルーティンワークが中心なので普段はほとんど残業がないが、年末ともなれば忙しく、遅くなる日もある。
「友恵、熱田商店さんからの請求書って、まだ届いてない?」
 真後ろの経理の島にいる香織がイスを回して話しかけてきた。肩まである明るい色の髪からいい匂いがした。書類の山を漁るとすぐに未開封の封筒が出てきた。
「これのこと?」
「それそれ。ありがと」
 香織は封筒を受け取るとさっさと自分のデスクに戻った。三年前に中途で入社してきた彼女は、同い年ということもあって、自然と仲良くなった。酒好きで、取引先や他部署、はてはどうやって知り合ったのか分からない異業種の人たちと頻繁に飲んでいる。先週末も香織に誘われて居酒屋に行ったら、そこで初対面だったある男とうちとけ、連絡先を交換した。悪い人ではない、むしろ世間的には優良物件だと思う。東証一部上場のIT企業で営業をやっているから収入も良いだろうし、ルックスも悪くない。今夜もし仕事が早く終われば会いたいと連絡があって、とりあえずOKした。だけどうちの業界、というかどこもそうだろうけど、十二月はとにかく忙しい。今も電話が鳴り止まない。
「松田さん、電話ですよ」
 後輩に声をかけられ、私は慌てて受話器を取った。

 結局予定より三十分遅れて待ち合わせ場所に着いたが、向こうも遅れてきたので、ほとんど同着だった。男は高そうな光沢のあるダークスーツで、深いワインレッドのネクタイを締めていた。同じ色のチーフを胸に差していた。
 連れてこられたのは、小さくて静かなバーだった。当たり障りのない話、他愛もない話、仕事とかお互いの出身地の話をした。男は横浜の生まれらしい。私も大学時代、横浜に友達が住んでいて、よく遊んだ思い出があったから、それを話した。男は家族の話をした。私は祖母の見舞いのことを愚痴っぽく話し、男はそれを嫌な顔せず聞いていた。
 酔った勢いでホテルに入った。男が私を押し倒し、脱ぎきらないうちに首元に吸いついてきた。男は部屋の照明を消そうとしたが、私はベッド横のランプをつけた。やわらかみのある、キャンドルの火のような明かりが、私の裸を暗闇に浮かび上がらせる。全身で光を浴びるように、ベッドの上で、体をそらしてから、四つん這いになり、尻を突き出した。
「叩いて」
 そう言うと、男は戸惑いながら私の尻を軽くはたいた。
「もっと強く、跡が残るように」
 男は平手で何度も私を打った。大きな音が、リズミカルに響く。回数を重ねるごとに、私の興奮は高まってゆく。なのに疲れてきたのか、男の手が止まってしまった。私は体を起こし、相手に対して正面を向き、片手を自分の頰に添えた。
「殴って」
 男は黙ったまま、動かなかった。目を合わせようとせず、恨めしそうに私の裸を眺めている。
「もういい」
 私がため息をついて、
「タバコ、吸ってもいい?」
 と聞くと、ここ、禁煙じゃなかった? と、弱々しい声で言われた。

 次の日にLINEが来て、今後は会わないと言われた。タバコを吸う女はNG、だそうだ。どうせこちらも乗り気じゃないから、かまわない。機械的に指を動かして、ブロックする。もう何度目だろう、こんなのは。クリスマスは今週末に迫っている。今年も独り身のまま、なんとなく過ぎていくんだろう。
 何気なくネットニュースを開き、ドイツで起きたテロ事件の記事を読んだ。ISもしくはそれに共感するムスリムの男が、トラックを運転してベルリン西部のクリスマスマーケットに突っ込み、十二人の死者を出した事件だった。関連するいくつかの記事を続けて読み、グーグルで検索し、夜が更けていつのまにか眠るまで、読み漁った。

    一月

 一月二日、私は新幹線で名古屋に向かった。右の車窓から富士山が見えると、車内でスマホのシャッター音が何度も鳴る。隣の席では大学生風の男がイヤホンで音楽を聴いていて、かすかに音漏れしている。後ろの中国人の夫婦がお互いまくしたてるように話をしている。それらの雑音よりも、離れた席から聞こえてくる子どもの泣き声のほうが耳に障った。
 名古屋駅で在来線に乗り換え、稲沢駅に降りる。空は薄く灰色に曇り、空気は冷たい。この辺りは住宅街の真ん中という感じで、左手に古めかしい喫茶店がある以外、ほとんど民家だった。待っているはずの迎えはまだ来ておらず、私が寒さに震えながら、駅に引き返すか喫茶店に入るか迷っているときに、ロータリーに白いトヨタ・シエンタがクラクションを鳴らしながら滑り込んできた。
「あけましておめでとう」
 いとこの曹一郎君が運転席から窓を開けて言った。
「あけましておめでとう。久しぶりだね」
 曹一郎君の顔を見るのは三年ぶりだった。例年なら彼らが静岡に来て、私もそこに居合わせるのだが、実家に帰ってないのだから会うはずがない。髪を短くしているせいか三十一歳にしては幼い顔に見えるが、話し方もふるまいもしっかりしている。二歳の娘を母親(私にとっての伯母さん)に預けて一人で迎えに来たそうだ。奥さんの千佳さんは体調を崩して実家で休んでいるという。私が助手席に座ると、いとこは慎重に車を動かした。道すがら、この辺りに職場があると言った。家は隣の市にあるらしい。
 病院に着くとすぐに他の家族、親戚と合流した。車椅子に乗った、気難しそうなお爺さんが祖父で、年齢は確か九十一歳。何年か前に大腸ガンを患ってオストメイト使用者になった。これでも三十年前には地元の大企業で役員にまで上り詰めたエリートらしいが、今はすっかりやせ細り、見る影もない。もともと神経質な性格だが、痴呆が始まって更に面倒なことになった。やったことをやっていないと言ったり、その逆も然りで、自分の認識と記憶が食い違うから始終イライラしている。そのはけ口は常に家族なのだった。
 祖父の息子である伯父さん(曹一郎君の父親)と伯母さん、曹一郎君の娘、私の父と母、妹の皆絵と夫の篤史さん、その娘の夢花ちゃんと、息子の凛人君。合わせて十一人もいる。個室でもない病室にこんなに押しかけて大丈夫なのか心配していたら、さすがに何人かに分かれることになった。祖父・伯父・伯母が真っ先に面会し、長々と話していた。次に私が父母と一緒に入室した。対面した祖母は、髪はほとんど白く、シワとシミだらけの皮膚、たるんだ目元の奥の瞳は不安げで、表情は疲れていた。少し話しただけで、私のことをまったく覚えていないことが分かった。最後に会ったのはもう二十年ほども前だし、祖父と同様、痴呆の気があるから仕方のないことだった。私が何を話しかけても耳が遠いので聞こえておらず、会話が全然成立しない。分かっていたことではあるものの、こんなことのために自腹で名古屋まで来たかと思うと腹立たしくなる。それ以降は会話に参加せず、母と祖母の会話を横で聞いていた。
 待合室にいる間、夢花ちゃんが、篤史さんにスマホの画面を見せられながら、懸命に言葉を発するのを横で微笑ましく見ていた。前に会ったときは生まれたばかりで、手足をバタバタさせるのも必死そうだったのに。子どもの成長にともなって、皆絵もますます母親らしくなってきていた。ベビーカーの上でむずかる凛人君を抱き抱えたときの目は怖いほど真剣だった。
 全員の見舞いが済むと、祖父の家に行くことになった。十一人が二台に分乗して向かう。私は、曹一郎君の車の後ろのほうの席に座った。車の窓の外には、道路脇の大型スーパー、死んだように静かな田畑、それぞれの敷地に狭苦しく林立する民家、ラインの消えかけた片側一車線の道路、両側に立つ汚い電柱、犬を抱えて歩くおばさん、捨てられた雑誌やペットボトル、政党のポスター、小さな工場の色あせた看板。あらゆるものに睨みつけられているように感じて、すぐにでもここから離れたいと思った。静岡から来た父母や妹一家はそのまま泊まっていくらしい。私は明日友達と初詣に行くと嘘をついて、夜のうちに新幹線で帰ることにした。
 祖父の家に着いたのは病院を出て三十分ほどあとのことだった。築五十年以上の古い家だが、幾度かリフォームしているから、意外ときれいだった。最近まで祖父と祖母が二人で住んでいたが、祖母の入院をきっかけに、もともと介護の必要な祖父は伯父さんや曹一郎君が住む二世帯住宅に移った。だから今この家に住んでいる人は誰もいない。
「うわあ、なつかしい」
 皆絵はわざとらしく言った。子供二人を連れ、ガラガラと戸を開けて真っ先に家の中に入っていった。篤史さんがそれに続く。私はタバコの煙を吐きながら、隣にある公園のほうへ歩いていった。塗装の落ちたコンクリートの動物たちが四つん這いになって私をあざ笑っていた。滑り台、ブランコもあった。子どもは誰も遊んでいなかった。
 玄関から入るとまっすぐ前方に廊下が伸び、左手前に和室、左奥に浴室とトイレ、右手前に居間、右奥が台所とダイニングで、和室と浴室の間に階段があった。それを上がっていくと、洋室が二つあって、そこはかつて母と伯父さんが自室にしていた部屋だった。母の部屋に妹たちがいた。押入れの奥に十年くらい前の少年ジャンプが何十冊も入っていた。
「大学の時、毎週買ってて、捨てずに押入れにためてた」
 というようなことを、妹は篤史さんに向かって喋っていた。私には気付かなかったようだったから、そっと階段を降りた。居間では男たちがテレビを見ながら話している。廊下には母と伯母がいた。買い出しに出るというので、私も同行することにした。
「友恵ちゃん、普段は料理作るの」
 と伯母さんが聞いてきたので、
「もちろん作るよ」
 と返した。母が、
「この子は料理ダメよ、居酒屋で習ったものしか作れないから」
 と、私が学生時代に居酒屋のキッチンでバイトしていたことを引き合いに出して言った。私は控えめに言っても料理は得意なほうで、週の半分以上は必ず自炊し、弁当も作っている。居酒屋だけでなくネットで新しいメニューも覚えたし、人から教えてもらったものもあれば、自分で考えたものもある。ただ、家を出るまで家事をほとんどしなかったせいで、母に料理を習ったという経験がない。どうやらそのことを恨んでいるらしかった。
「うちの嫁も、全然料理ダメなのよ」
と、叔母さんが言う。嫁、というのは曹一郎君の奥さんの千佳さんのことで、わたしにとっての義理の従妹だ。「向こうの親が甘やかしてたのね。子供にもカップラーメンなんか食べさせて。仕事してるから忙しいとか疲れてるとか言うの。ふらふら外で遊んで、家事がおそろかになるなんて、子供みたいよね」
 私は最後に千佳さんと会ったときのことを思い出していた。三年前、曹一郎君と一緒に静岡に来ていた。まだ彼女が妊娠する前のことだ。仕事や家族のことを話してくれているときの、いきいきとした表情が思い浮かぶ。市役所の仕事は大変そうだったけど、子供が生まれても辞めないって、そういえば言ってたっけ。
「年末に体調が悪いって言ってごろごろしてたから、叩き起こしたのよ。そしたら今度は熱出したから、実家に帰してやったわ」
「まあ、風邪を子供に移したらえらいことなのにねぇ」
 母は呆れたように同調しながら、顔は嬉しそうだった。私は後ろでうつむいて黙っていた。そうしたら二人の話は何事もなかったかのように献立や食材の話に移っていった。今夜はすき焼きにするという。
 家に戻ると篤史さんと曹一郎君が一緒に子どもたちを遊ばせていた。私はそのそばに座って曹一郎君と喋りながら子どもたちを見ていた。父と祖父がダイニングで話をしていたが、なるべくそちらには背を向けておいた。
「友恵、お前は料理を手伝わんのか」
 父が突然話しかけてきた。
 祖父が「女なんだから一緒に料理を手伝え」と言うと、父が、
「友恵は東京で豚の餌みたいなのばかり食ってて、自分じゃ何にも作れやしない」と言いながらニヤニヤしている。
「友恵ちゃん、居酒屋でバイトしてたよね?」
 曹一郎君が助け舟を出してくれた。
「大学の時にね。今もちゃんと自炊してるよ」
 父もそのことは知っていたはずだが、忘れたのだろうか。
「なら、手伝いなさい」祖父は凄みをきかせた。「だいたい、友恵はまだ結婚してないのか。今いくつだ」
「三十二」
「東京なんかで何してるんだ。ふらふらしてないで、早く静岡に帰ったらどうだ」
「お前が働いてるの、なんてとこだったっけ」
 と父が言ったので、私は勤務先が運営するディスカウント・ストアの名前を挙げた。
「それはなんだ」祖父は訝しげに言った。
「スーパーみたいなもの。このへんにはないけど」
「レジ打ちのバイトか」
「あたしは事務所で、正社員だよ」
 祖父は眉を寄せると、黙り込んで首を少しかしげた。
「どうせたいした仕事じゃないんだろ。さっさとやめて静岡に帰れ。見合いでもなんでもいいから、とにかく早く結婚して、ちゃんとしなさい」
 と、父が諭すように言う。
「ああ、うん」
 私は苦笑いして、そう返すのが精一杯だった。逃げるように台所に行くと、女三人が台所を忙しそうに動き回っている。何かある? と聞くと、母は、
「いいよ、あんたは子どもと遊んでて」
 と言い、隣で妹がふふっと笑った。伯母さんは無視してせわしなく食材を切っていた。
 談笑しながら料理を継続する妹と母を尻目に、私はカウンターの上にあったジャック・ダニエルをそっと手に取り、廊下を通って二階に駆け上がると、床に積まれた、妹の少年ジャンプの一冊を拾い、また階段を降りて、気付かれないように外に出た。すでに日が落ち、ほとんど真っ暗だった。車がまばらに通り、私を通り過ぎていく。さっき車の窓から見た風景を思い出しながらまっすぐ歩いた。川沿いの階段を降り、橋の下のコンクリートの護岸に少年ジャンプを叩きつけると、ジャック・ダニエルをかけてライターで着火した。一瞬、ぱっとアルコールの青い炎が上がったが、すぐに赤い色に変わった。むわっと酒の匂いがした。間もなく火が消えてしまったので、今度はページを何枚も引き裂いて一つ一つ丸め、酒を入念に染み込ませた。火をつけ、雑誌の本体を真ん中で開いてテントのようにしてかぶせた。今度はよく燃えた。大きな炎が立ち、表紙でほほえむ少年たちのイラストが焼け焦げてグニャリと曲がった。タバコを吸いながら、燃える様子をしばらく眺めた。体から力が抜けていくのを感じた。キャンドルの持続する火のように、寂しさに寄り添ってくれる光よりも、たとえ一瞬でも激しく燃える炎のほうが、今の私をより安心させたのだった。

    二月

 ある寒い夜、会社からの自宅への帰宅途中の地下鉄で、ここ数週間で頻発する連続不審火事件のニュース記事を見かけた。不審火が発生する範囲は東京都北区の赤羽から王子あたりのエリア、それから川を渡って足立区のほうまで。路上に出されたゴミや駐車違反の自転車などに火をつけるという手口。いずれもけが人は出ていない。グーグル、ヤフー、ツイッターなど、いろんなサイトで〝放火〟で検索をかけたが、出てくるのは同じような、味気ない記事ばかり。芸能人の不倫だとか政治家の不正だとかに比べれば、はるかに少ないツイートの数、シェアの数。
 私が犯した放火事件が、こうして記事になり、ニュースとして消費され、どんどん忘れられてゆく。不思議な感覚だが、同時に安心してもいた。いつものように王子神谷駅で降りて、歩いて自宅に帰る途中、曜日を無視して出されたゴミの山を見つけた。こんなふうにしていたら、私のような連続放火犯に狙われても仕方がないのに。
 最初の犯行は名古屋から帰った日の翌日、一月三日の夜。ジャージにスニーカーという服装で、ウォーキングを装い、人目につかない場所を、監視カメラなどにも注意してゴミを探し、ライターで火をつけた。以後も似たようなやり方で、週に一度か二度、多いときは一日に二か所放火した。放置自転車や路上に打ち捨てられた衣服や段ボールにも放火した。二十件はあるはずだが、ネットのニュースでは十二件になっていた。
 家に着いた。夜のニュースを一通り見ていたが、私の放火事件は一瞬流れただけだった。テレビを消して、タバコを吸おうとしたら、中身が空になっていた。私は寝巻きがわりに使っているフリースの上に厚手のパーカーを羽織り、外に出た。コンビニまでの道中、ゴミ捨て場ではない場所にゴミ袋を見つけた。この辺りの住民のマナーは相当悪い。ここにはつい先週放火したところだというのに、まだ分かっていないのか。それなら今夜もう一度、いや、何度でもやってやる。
 買い物を終え、コンビニの前でタバコを吸っていたら、パトカーが目の前に止まった。サイレンは鳴っていないが、パトランプが回っていた。運転していたのは四十代くらいのおじさんで、運転席で腕を組み、じっとこちらを睨んでいた。助手席側からもう少し若そうな、メガネの、痩せた男の警察官が降りてきた。
「ちょっとよろしいでしょうか」
 警察官が言ったので、私は頷いた。
「何をされてるんですか」
 と、警察官が言う。
「見ての通り、コンビニの前でタバコを吸っています。何か問題でも?」
「女性が一人で遅くに外を出歩いていると、危険なものですから」
「例えば警察官を装ったコスプレオタク二人組に拉致されて、強姦されたりとか?」
「本物ですよ」苦笑いしながら、警官は警察手帳を見せた。「ご自宅はこの辺りですか?」
「すぐそこです」私は家のほうを指差した。「コレ吸ったら帰ります」
「そうですか。気をつけてくださいね」
 そう言うと警察官は助手席に戻り、ほどなくしてパトカーは走り去った。私はパトカーが見えなくなってから、歩き出した。

 週末、名古屋の祖父が施設に移ったという連絡が母からあった。祖母の入院以来、祖父は伯父と曹一郎君の住む二世帯住宅に居候していた。曹一郎君の奥さんの千佳さんが主に介護をしていたが、あの祖父の相手をするうちに、鬱寸前の状態になってしまったらしい。せっかく育休が終わって職場復帰したばかりだったのに、「女は外で仕事をするな」という時代錯誤の価値観を祖父から押し付けられ、無理やり退職させられた挙句のことだった。空き家になっているあの家は、伯父さんの希望では曹一郎君に住まわせたいそうだが、曹一郎君のほうは固辞しているらしい。理由は分からないが、家をもらうことで祖父から恩を着せられたくないとか、そんなことだろう。
 それから一週間もしないうちに、私は会社に退職届を出した。退職日は、三月末日。ちょうど新入社員が一人、私の部署に入る予定だったから、後輩に私の仕事を引き継ぎ、後輩の仕事を新入社員にやらせるということでスムーズに話がついた。
 年度末に引き継ぎが重なって忙しい日々がしばらく続いた。放火は、警官に職務質問されたあの夜から、一度もしていなかった。当然、ネットやテレビや報道されることもなく、世間からはあっと言う間に忘れられた。一か月もしないうちに、連続放火事件はいつしか〝古い〟話題になっていた。

    春

 今年の桜は遅く、四月になったというのに飛鳥山の桜は咲き始めなかった。
 昨日までに冷蔵庫は空にし、ブレーカーを落とし、インターネットも解約した。着なくなった服、その他不要なのにとってあったさまざまなものを捨てたら、部屋の中はだいぶスッキリした。家具が減ったので、広くなったように思う。当初は家の契約そのものを解約しようと考えていたが、残った荷物の置き場所がなかったから、ひとまず諦めた。
 東京駅で新幹線に乗り換える際、スーツ姿の若い女の二人組とすれ違う。黒服に黒いバッグを抱え、楽しそうに会話しながら、並んで歩いていた。目がくらむほどまぶしくて、思わず目を背けた。
 祖父の家の最寄りである津島駅に着いたのは夜七時ごろだった。駅前にある、二十四時間営業の漫画喫茶で時間を潰した。読みたかった漫画をあらかた読んだあと、なんとなくパソコンをつけて、ブラウザを開く。〝放火〟で検索して、出てきた掲示板を開く。
「今から放火します。愛知県稲沢市○○町の民家。近くの人は気をつけて」
 と、打ち込んで、思い切って書き込みボタンを押す。そうしたら本当に書き込むかどうかの確認画面が出てきて、そこで急に嫌になって、ブラウザを閉じてしまった。
 冷めきったコーヒーを口に含むと、私は黒い椅子にぐったりともたれかかった。目を閉じて、このまま朝になれば、私は諦めて始発で東京に帰る。それから先のことは、今は考えたくない。
 体を起こして、タバコを咥える。火をつけるときに顔に感じる熱や、吸い込んだときにじりじりと光が迫ってくる感覚、煙を吐くときに気分がほっとするのが好きで、高校時代に当時の男から覚えさせられて以来、やめることができない。親に見つかって、一時的に我慢したこともあったが、長くは続かなかった。幸い、学校に見つかることはなかったから、私は表向き、優等生のように思われていた。センター試験の朝も、タバコを吸ってから試験会場に向かったっけ。
 続けて二本吸い、三本目の途中で灰皿に強く押し付けて消したあと、私は漫画喫茶を出た。朝まで待てない、もうここにはいられない、と思った。まだ肌寒い四月の夜、津島駅前はほとんど人けがなかった。ロータリーの近くにタクシー乗り場があって、何台かが連なって止まっていた。私は、乗り込むまで行き先をどう言うのか決めていなかった。始発にはまだ時間がある。名古屋駅まで戻っても、またどこかで時間を潰す必要があった。運転手に行き先を聞かれた私は、ほとんど無意識的に祖父の家の住所を告げていた。雑音交じりのAMラジオでアニメ声の女が喋るのを聴きながら、ぼんやりと外を眺めていた。外の暗闇から誰かが私を見ているような気がした。
 祖父の家の近くでタクシーを降りた。タクシーが見えなくなったのを確かめてから、家の左奥の、掃き出し窓の前に来た。すぐ後ろが高さ二メートルくらいのブロック塀、その向こうは公園。窓の前のウッドデッキに腰かけ、荷物の中からマイナスドライバーと軍手を出した。ガラスに向かい、ドライバーを構えたその瞬間にも、私はこれからこの家に不法侵入する、ということは考えていなかった。それよりも、冷え込んできて今着ている服だけでは寒く、その場に居続けることができなかったのだ。私は数日前に動画サイトで見たのと同じように手を動かし、ほとんど音を立てずにガラスを割り、クレセント錠を下げた。畳の上に散らばったガラスが危なかったから、土足のまま家の中に入った。ブレーカーを上げ、そのまま一旦居間まで来て、エアコンをつけた。室温が上がるまでだいぶ時間がかかった。その間に、玄関で靴を脱いだ。正月に家族や親戚で集まったとき、私はあまりの怒りにここから外へ飛び出したのだった。今はもう、その時のような怒りは完全になくなっていた。体は疲れきり、そしてとにかく眠かった。眠いのに、どういうわけか眠れそうになかった。私は居間のソファに横になった。タバコを取り出して、くわえたが、灰皿が見当たらない。仕方なく起き上がり、食器棚から一枚の小皿を出して、それに灰を落とした。
 不意に思いついて、荷物を漁る。東京の自宅を出る前に、一つだけカバンに放り込んでおいたボタニカルキャンドルをひっぱり出して、机の上に置いた。ドライフラワーが入った紫色のろうが小瓶の中に満たされていて、その可愛らしさに一目惚れして買ったのだった。開封し、火をつけるとふわっと甘い匂いが香った。
 キャンドルが放つわずかな光と熱、火が揺らぐときのぼうっというかすかな音。私はソファの上で自分の膝を抱いた。小さなビンの中で、少しずつロウが溶けていく。眺めながら私は、やっぱりこの家を燃やさねばならない、と思った。その思いは少しずつ少しずつ、時を追うごとに揺るぎなくなっていった。
 護岸で雑誌に火をつけたあのときに得た安らぎは、怒りを抱えがちな私にとって、得がたいものだった。酒やセックスの通俗な喜びよりもずっと深く、神聖な悦びを私に与えてくれた。だが、それを求め続けたために、私は罪を重ねた。
 放火をやめてからの一か月ちょっとの間、よく千佳さんのことを考えた。彼女がひどい目にあい、自分の人生を家族に台無しにされたことを。この家を燃やそうと思ったのは、千佳さんのため——いや、彼女はきっと、こんなことは望んでいない。優しく、まじめな人ほど犯罪を憎み、怒りを内に閉じ込める。だから、これはむしろ私自身の祈りのためだ。彼女をはじめとする、疎外されたすべての人のために、私は私の神に祈りを捧げる。
 最初に侵入した和室の押入れからかび臭い羽毛布団を引っ張り出し、部屋の隅に折り重ねた。マスクをし、事前に買っておいた消毒用の無水エタノールをふりかけ、数歩下がった位置からキャンドルを投げ入れた。羽毛布団は爆発的に燃え上がった。真っ赤な炎が大きく立ち上って激しい光を放った。火がカーテンに移り、壁を焦がしはじめると、私は玄関の鍵を開けて外に駆け出た。
 隣接する公園の滑り台に上がると、ブロック塀の向こう、掃き出し窓の奥の赤い光がよく見えた。黒煙がところどころ吹き出し、それがだんだんと濃く、大きくなるのが分かった。窓ガラスが割れ、ごうごうという音とともに炎が飛び出してきた。近くで誰かの大きな声がした。周りの家の明かりが次々に灯った。サイレンの音が聞こえるころには、二階までが煙に包まれていた。叫ぶ人、電話する人、立ち尽くす人、火災現場の周りの人影は徐々に増える。顔を覆い、泣いている人もいる。
 光は大きく燃え上がり、夜空を照らし、街を夜明けのように明るくしている。だけど暗い夜に包まれた世界にとって、この光はほんの小さな光でしかない。私が灯した光が、もっともっと大きくなりますように。祈りは涙になって、目から溢れ出していた。



〔参考資料〕
辻本誠『火災の科学』中公新書ラクレ、二〇一一年

"This little light of mine": (C) Kazu Mochida 2017
Photo from: https://www.photo-ac.com/main/detail/304176

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

3

Kazu Mochida

本棚鉄道 短編集♯2

青春、ホラー、ファンタジーなどを集めた作品集
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。