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新型コロナ:ニューヨークで起こったこと、東京で起こること1

筆者はこの3月にニューヨーク市(New York City. 以下NYC)に行く予定だった。しばらく行ってなかったので仕事的にいろいろキャッチアップしたかったし、旧友にも会いたかったし、何より、僕の中でニューヨーク成分が枯渇していた。2年のNYC暮らしは、僕の中に大きなノスタルジーを残してしまった。住んでいて、あんなにも猥雑で、めんどくさくて、お金がかかって、でも何度も夢に出てくるあの暮らし。多分、ニューヨーク成分を定期的に補充しないと、この先生きていけないと思うくらい。

3月17日、NYC在住の友人、ReiからLINEがあった。

"Kazu, are you Okay?"

彼は有名レストランのフロアマネージャー。12月に渋谷で再会していた。3月にNYCで会おうと約束していた。東京がやばくなってきた、というニュースがアメリカで流れたらしい。非常事態宣言が出る前のことである。その時、NYCでは既にロックダウンがかかっていて、飲食店は5週間営業ストップとのお達しがあったそうだ。彼が務める日本食レストランも問答無用で業務停止。「テイクアウトで何を売ればいいだろう」。僕は鮭のグリルを勧めておいた。アメリカでもポピュラーだし、何より日持ちする。

程なくして4月7日、東京に非常事態宣言が発令された。そのころ既にNYCはシャレにならない状況になっていた。同日(向こうは4/6)1日だけで、NYCでは731人がCOVID-19が原因で亡くなっていた。病院には遺体を置く場所がなく、保存する冷蔵トラックが駐車場に並んでいたらしい。

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NYT(2020), N.Y. Virus Deaths Hit New High, but Hospitalizations Slow

https://www.nytimes.com/2020/04/07/nyregion/coronavirus-new-york-update.html

その2日後の4月9日、なんとなくInstagramを眺めていると、もうひとりの友達であるYujinのタイムラインに「コロナから復活!」との衝撃的画像が。

すぐさまメッセージを送るとレスが帰る。

「ありがとう。発症したのは3月22日。今は元気になったけど味覚と嗅覚はまだ戻ってないね。」

彼もまた飲食で働いているのだが、職を失ったそうだ。彼は日本人だが、政府から給付金は出ているとのこと。彼の情報では、飲食系の30%くらいが失職したらしい。

そして現在。東京もシリアスな状況になってきているが、未だ僕の知人で感染者は出ていない。一時休職中はあっても、職を失った人もいない。東京に緊急事態宣言が出た頃、「今の東京は3週間前のニューヨークだ」という見出しが踊ったが、本日4月22日現在、感染者数は増え続けているもののNYCの様な爆発的危機は訪れていない。あと1週間でそうなるかもしれないけど、そうならない感じがしてならない。

Jiji.com(2020),「今の東京、2~3週前のNY」 現地の日本人医師が警告―新型コロナ
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020040500150&g=int

緊急事態宣言による外出自粛によって、都心部は閑散としているが住宅街では人がウロウロしている。ていうか、むしろ人が増えた。NYCに比べたら全然ゆるい空気感である。この緩さに腹を立てたり危機を覚えるのはまあ一旦おいといて、少なくともNYCの3週間と東京の3週間は異なる結果になっている。それは何故なんだろう。で、NYC在住経験を踏まえ、東京との違いをコロナ視点で考えてみたいと思う。

不衛生・乾燥・換気---住環境の違い

コロナ感染リスクの視点から見て、NYCと東京の住環境上の大きな違いの1つは、NYCの住居はセントラル・ヒーティングがマストであることだ。これは条例で決まっていて、火災リスクを下げるために集合住宅には暖房システムが完備されている。石油ストーブなんか見たことがない。

このセントラル・ヒーティングだが、やたらと室内が乾燥する。ボイラーで温水やオイルを温めて循環させる仕組みなのだが、微妙な温度キープが出来ない。夜中にめちゃめちゃ熱くなったりする。さらに、外気温はマイナス10度くらい平気で行くので、水分は凍る。すなわち乾燥する。東京の冬も乾燥するが、それより全然乾燥するのだ。そして、NYCの冬はメチャ寒いので、基本的に部屋は高気密であり、換気ダクトは中央集中型が多い。すなわち、アパートの各部屋は換気ダクトでつながっている。日本の様に冷暖房エアコンはない。基本的にクーラーだけであり、しかも窓枠型が主流。冬になると隙間風が寒いから外す。ちなみにNYCは3月でも寒い。今年の3月の平均最高気温は+11℃、最低は+2℃である。

コロナに代表される感冒ウイルスは、乾燥を好むらしい。高湿度だとあまり長く生きられないらしい。NYCの主な住環境は、ウイルスが長生きする環境でしかも高気密で換気ダクトも共有。各部屋ごとのエアコン暖房も換気もない。アパートで誰かが感染したら一網打尽もあり得る。

日経BP(2020), 新型コロナウイルスは高温多湿で死滅する?
https://project.nikkeibp.co.jp/behealth/atcl/feature/00009/032700053/

もう一つの大きな違いは市民個人の衛生習慣の違いである。つまり土足入室、掃除、洗濯の文化の違いである。

御存知の通り、室内は土足である。土足を嫌う人もいるが、筆者の感覚的に70%以上は土足入室の部屋に住んでいる。土禁エリアはせいぜいベッドルームで、リビングは大抵土足である。スリッパはすぐに真っ黒になる。

そして、掃除はお世辞にも得意とは思えない。人によってはきちんと整頓し、キッチンや風呂トイレ、床などを掃除する人もいるが、日本人の掃除スペックから見るとかなりラフである。僕は日本人としては掃除がルーズな方と自他共に認めているが、それでもNYCではきれい好きカテゴリに入る。僕はルームシェアで1年半住んでいたが、ルームメイトが共有部分を掃除したのを殆ど見たことがないし、掃除した形跡があってもかなり雑だ。バスタブには石鹸カスや髪の毛が残っていたりは普通。床のモップがけなど月に一度あればかなりいいほうだ。

さらに、NYCでは部屋に洗濯機が有ることは稀であり、大抵コインランドリーである。アパートの地下に共有があるか、外部のコインランドリーを使う。大抵混んでいるので毎日は洗濯できない。結果、洗濯物はかなり溜まるし、洗う環境も共有施設である。

コロナウイルスは基本的に飛沫感染であるが、エアロゾルが床や衣服に付着する。土足や衣服で運んできたウイルスが室内に残り、掃除や換気の頻度も低く、洗濯環境は週1のまとめ洗いで共有という状況が感染拡大を助けている可能性は高い。

高額医療、予防意識が希薄---医療環境の違い

アメリカは医療費が高いのは皆が知るところだろう。じゃあどれくらい高いかというと、風邪の診断を受けるのに200ドルくらい払う。インフルエンザ(向こうではFluという)の予防接種を受けるのに、70ドルくらいかかる。日本みたいに、ちょっと熱あるから病院行って、初診料と薬で3000円という話ではない。予防接種も日本だと任意接種で3000円後半。定期接種ならばたいてい無料。ついでに、予防接種は製薬会社の陰謀と信じる人々も一定数いるのでややこしい。

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つまり、アメリカ人はよほどのことがない限り医者へは行かない。CVSなどのドラッグストアで風邪薬を買って、おばあちゃん直伝のチキンスープを飲んで*、気合で治す。コロナに限らず、インフルエンザの死亡者が多くて問題になっている。ちなみに、コロナで有名になったCDC(アメリカ疾病対策センター)によれば、アメリカでは例年1万人以上がインフルエンザで亡くなっている。2018年は6万人亡くなったとも言われている。COVID-19は4月22日時点で4.9万人が亡くなっているが、2018年にはそれ以上にインフルエンザで命を落としている人達がいる。ワクチンも治療薬もあるのに、である。

また、日本人の様に、風邪っぽいからマスクをつけるとか、葛根湯を飲んでおくなどの習慣はあまりない。ドラッグストアで風邪薬は売っているが、VICSが出しているドロップやシロップのような軽いものと、タイレノールと呼ばれる強力な風邪薬(解熱や咳止め)の2択。前者は気休め程度で、後者は強力な対処薬。日本の様な風邪初期に効く漢方薬や、予防薬(ルルやハイチオールなどの栄養剤)はない。飲むとしたらせいぜいRed Bullである。

NYCに限らず、アメリカは医療システム的にも習慣的にも、早期治療や予防が難しいのだ。

*アメリカ人の民間療法で、風邪といえばチキンスープである。
東洋経済(2020), 死者1万人超、アメリカで「インフル猛威」のなぜ
https://toyokeizai.net/articles/-/330373

不衛生かつ混雑の交通環境

東京は世界で一番公共交通機関が張り巡らされた街であり、輸送量もNo.1である。地下鉄、JR、私鉄、バス、タクシー、なんでもある。そして大量の人間が郊外から運ばれ、都心部で移動しまくるメガシティである。伝染病が蔓延しないほうがおかしい。一方のNYCの公共交通機関は、東京ほどの混雑はないが、利用手段が限られる。基本的に地下鉄とバス、そしてタクシーとシェアライドである。ニューヨークには25系統の地下鉄(1〜7, ABCDEFG, J, LMN, Q, R, S, Sf, Sr, W, Z)があるが、同じ路線で急行と各駅を別の名前で呼び分けているため、路線的には10本程度である。東京には9本の営団地下鉄、4本の都営地下鉄に加え、8本の私鉄、都内にアクセスするJRだけでも10本以上存在する。東京との大きな違いは、この絶対本数の違い=移動手段が少ないこと、地下鉄は24時間動いているということ、そしてUberのようなシェラライドが浸透している点である。

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NYCの地下鉄は、以前に比べればかなりマシだが、未だに汚いし、夜になればヤバい人がいっぱい乗る。浮浪者もギャングもどきもいる。夜中まで呑んだくれた若者も多い。日中は普通だが、22:00をすぎれば結構デンジャラス。そして、そんな彼らは大抵、繁華街の客か従業員で、所得は低い。お金がある人はわざわざ危険で不衛生な地下鉄に夜は乗らず、タクシーかUberを使う。先述の理由から、低所得層は医者には行かない。彼らが感染していたら、地下鉄のどこかにウイルスは残るだろう。そして、NYCの地下鉄は、あまり掃除されない。確実に誰かに伝染る。ちなみにバスも24時間。案外清潔だが、夜は地下鉄と同じでなかなかリスキーである。ともあれ、あまり掃除されていなく、わずか10本程度の選択肢で、夜中は本数が減っている地下鉄にのって彼らは家に帰るのだ。そして、後述するが、彼らが帰る先は案外似通っている。

一方、日本の公共交通機関は常に清掃されているので、接触感染のリスクはNYCより極端に低い。24時間走ってもいないので溜まり場にもならない。

さらにUber。アメリカのタクシーは防犯のため運転席と客席の間に分厚いアクリル板の仕切りがある。これは今回のCOVID-19の感染抑止に役立ったことだろう。一方で、Uberは普通の車である。もちろん仕切板はない。でも、格段に安く、相乗りのUber Poolも人気である。運転手は普通の人で、本業で食えず、副業として頑張っている低所得層が多い。当然、医者は我慢する。

筆者も何度もUberにはお世話になったが、夜中に相乗りのPoolを選べば、大抵コリアンタウン**などの繁華街で相乗り相手が拾われる。そして知らない人通し会話することも多い。筆者は相乗り相手の22歳のアフリカン・アメリカン女性の恋愛相談に乗り、運転手と一緒に慰め、夜中のデリでコーヒーをおごって3人でワシントン・ブリッジ***の上で語らったことがある。

このエピソード自体、一生心に残るハートフルな思い出だが、これがコロナ蔓延中だったら一撃でアウトであろう。

**32丁目ぐらいにある韓国街。飲食はもちろん、バーやパブ、クラブなどの夜の街の様相で歌舞伎町的な感じ。通称Kタウンと呼ばれ、マンハッタンの中でも「眠らぬ街」として有名。ぶっちゃけ、ガラの悪い若者が多い。
***正確にはGeorge Washington Bridge。NYとNJの間にあるハドソン川を渡る橋。東京で言えば荒川を渡る戸田橋みたいな感じ。

不法移民という愛すべき暗黒部---市民構成の違い

NYCは、移民のサンクチュアリ(聖域)と呼ばれている。非常に不法滞在の移民が多い。法的にはアウトだが、経済的には悪いことでもない。彼らによってNYCの経済は支えられている。よくあるのがオーバーステイと呼ばれるビザ失効滞在者。実は結構な数の日本人もオーバーステイしている。彼らの多くは学生ビザなどで訪れ、職が見つからず、そのまま滞在する。彼らはアーティストを目指していたり、ブロードウェイのダンサーだったり、紛争中の母国や貧困から逃げてきた人達だったりする。そして、飲食店や道路工事、清掃といった職業に就いて、安い賃金で糊口を凌いでいる。NYCでは、警官ですらその事実を認識している。見逃しているわけではなく、「バレたら捕まえるぞ」というスタンスでグレーを維持している。何故なら、街角の激ウマなサンドイッチを作ったり、誰もやりたがらないトイレ掃除や土方仕事をやってくれるのは彼らであり、NYCの経済はそれによって支えられていることを知っているからだ。

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しかし、そんな愛すべき彼らは、残念ながら貧しい。そして、その事情背景(身元がバレると強制送還)から医者にはかかれないし、公共のヘルスケアサービスも受けられない。失業保険も出ないから無理してでも働く。彼らがもし感染していたら、結果は明らかである。ニューヨーク市長が飲食業を早々とシャットダウンしたのは、この背景を知っているからだと思う。

次回は、この背景を受け、NYCで何が起こったかについて考察する。

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