グングニル加工後

「社会の底辺」て何ですか?

・「底辺まで落ちた経験」はありますか?
・そもそも「底辺」て何ですか?
・どなたか、定義できますか?
・「ない」という方、想像できますか?

恐らく、多くの方が明確に定義できないのではないだろうか。私も明確には定義できない。でも、これまでの人生を振り返ると、なんとなく分かるような気もするし、分からないような気もする。


「あなた」はどうですか?分かりますか?


もちろん状況は「千差万別」だろう。一人ひとりの人生がある。一人ひとりの物語がある。一人ひとりのストーリーがある。一概に定義はできない。でも「なんとなく」想像できるのも確かだろう。


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先日、都会の喧騒の中で元教え子とばったり再会した。本当に偶然だ。時計の長針が1周分異なっていれば、鉢合わせる事はなかったかもしれない。私は気付いていなかったが、彼女の方から「もしかして?」と声を掛けてくれた。


「えーーーーーーーーーっ!!!!」


と、それはそれは大きな声を二人であげた。それぐらい衝撃だった。


何が衝撃だったか?



・黒目の大きな瞳
・愛嬌のある笑顔
・綺麗な黒髪
・チャーミングなエクボ
・人懐っこい話し方

まるで生きた化石の様に、中学生の時のままの彼女だった。


だが、本当の衝撃はその後に訪れた…


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彼女との出会いは勤めていた進学塾だった。僕の担当は何でもありの便利屋さん。小学生から高校生まで、科目も何でも担当した。我ながら射程範囲が広い(笑)。受験勉強のお陰で、キチンと予習をすればあらゆる科目に対応ができた。勉強も意外と人の役に立つもんだと思ったりした。

僕は何より、子ども達が好きだった。今も好きだけど。関西の子ども達はお笑いのセンスが抜群だ。くだらないことで大笑いもしたし、夏休みは朝から晩まで缶詰で授業をしたり。泊りで合宿に行ったり、沢山の思い出を頂いたと思っている。

問:温室の中で、収穫を早める為に行う栽培方法を漢字4文字で答えよ
解:新鮮野菜(正解:促成栽培)


腹を抱えて笑い転げたのを今でも鮮明に覚えている。あの時は本気で腹筋が崩壊しそうだった。というか、崩壊した(笑)。

本当に懐かしい。今思い出しても心が温まる。

ところで、塾の講師経験者であれば分かると思うが、講師は生徒と保護者の板挟みだ。出資をするのは保護者。でも、勉学に励み結果を出すのは生徒。

思春期の子ども達は一筋縄ではいかない。保護者との関係性が悪い事なんてざらだった。中には学校で虐められているという生徒もいた。生徒と保護者の間に立ち、その関係性を取り持つ事も大事な仕事だ。

「2人の顧客」へ同時に対峙する必要があるが、往々にして彼等の利害関係(通塾の目的)は一致しない。本当に勉強がしたくて塾にやって来る子ども達はほとんどいない。故に、2人のマインドセットの必要もある

・お金を払っているのに成績があがらない

そのようなクレームを頂いた事もある。大人であれば命令や指示である程度は強制もできるが、思春期の彼等にその手段は響かない。大人ですら嫌々させられる仕事は避けたいもの。子ども達なら尚更だ。

でも、言い訳はできない。子ども達のモチベーションを高めつつ、結果にコミットさせる。場合によっては保護者へ要望も出す。

「ご自宅での勉強の話は控えて頂けませんか?生活面の事だけ気にかけてあげて頂けませんか?成果の責任はこちらで持ちますので。」

そんな事もあった。

こちらも真剣。だが、頑張るのは子ども達自身。故に、彼らにも「覚悟」を迫る。その覚悟にこちらも腹を括る。教務はもちろん、独学でコーチングやメンタリング等、様々な手法を学びつつ、同時に「人間力」も磨いた。

子ども達は「口だけ」の大人を直ぐに見抜く。彼等の感性を侮ってはいけない。口だけの上司を部下が直ぐに見抜く事と構造は同じだ。ここで講師として頂いた経験は、今の僕を支える貴重な土台にもなっている。

なかなか直ぐに成果がでなかったとしても、一度成果を出した経験を持つ子ども達のパワーは凄まじい。どんどんのめり込んでいく。

そして春には、仲間たちと一緒に育て上げた自分だけの「桜」を咲かせる。そうして彼等が巣立っていくのを見守ることが、僕は何より好きだった。


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多分に漏れず、再会した彼女もその一人だった。入塾当初、彼女は「不登校」だった。詳細の理由は割愛させて頂くが、保護者である彼女のお母様も相当心配されていた。縋(すが)る様な思いで問い合わせを下さった。

学校とはまた違う交友関係の中で、環境的に馴染めた事もあったのだろう。暗い顔をしていた彼女の顔はみるみる明るくなった。

余談だが、彼女は何故か、驚くほど僕に懐いてくれた。冗談で「結婚する♡」なんて言う事もあったし、教室内でハグをされそうになる事も多々あった。

その度に諫めた。でも、純粋に嬉しかったのも事実だった。まるで妹の様に、彼女の事を勝手に想っていた。

彼女は自ら「学校へ行く」と決意し、不登校を克服した。そして、きちんと卒業の上、高校へも無事に進学した。

彼女の進学と同じタイミングで私もその職場を離れ、それ以来会うことはもちろん、連絡を取ることもなかった。



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その後の10年ぶりの再会が、つい先日の出来事だった。予定していたアポまで少し時間があったので、2人で近くのベンチに腰を掛けた。



昔話に華を咲かせつつ、「今」を謳歌している彼女の話を、僕が嬉しそうに聴くはずだった。



だが、彼女の口から紡がれた言葉に、僕は衝撃を受けた。同時にとことん感情移入してしまった。何とも言えない…しばらく言葉がでなかった…。


10分程度の会話だったので、詳細までは確認できていない。むしろ聴くのも憚られた。簡単に要約すると以下の通りとなる。

・高校卒業から大学進学までは順調だった
・だが、諸事情で大学を中退した
・その後本人もお母様も1度病に倒れた
・回復後間もなく結婚し出産するも
・旦那の浮気が発覚、別居
・子どもの養育費も払わない
・その為、現在離婚調停中
・生活の為、親に内緒でキャバクラ勤務中



そして最後に彼女はこう言った。


「社会の底辺まで落ちちゃった(笑)」


僕は正直、言葉を失ってしまった。その事自体が、もしかすると彼女には失礼にあたるのかもしれない。だが、何と声を掛けて良いのかわからなかった。

しばらくの沈黙があった。おそらく3秒くらいだろうけれど、僕にはそれが3分位に感じられた。それくらい衝撃だった。咄嗟に出た僕の最初の一言は以下だ。


何言うてんねん(笑)!底辺てなんやねん(笑)!


笑いながらも彼女は涙ぐんでいた。一連の「過去」を自分の中でどう整理したらいいのかわからない。そんな様子だった。そして、これから「どのように」生きていけば良いのかわからない…委縮した子犬のような表情をしていた。でも、少しだけ強がっている風にも見えた。

以前に書いた、

あなたは「水商売」に賛成?反対?~「水商売」から人生を問う、ただの禅問答~」(←クリックで詳細ページへ)

の記事内容の通り、俺は水商売を全く否定しない。寧ろ水商売で生計を立てる人達を心から尊敬している。なぜなら、水商売に従事した経験もある上、何よりそこで逞しく生きる人達の優しさと強さ、そしてそれらが凝縮された「生き様」を知っているからだ。

その記事の内容を彼女に伝えた。彼女の心を慮り、労りながら、「大丈夫やで」と心の中で唱えながら。深く深く、彼女の気持ちに感情移入しながら。

・お前さんはまだまだ若い
・何も失ってなんかいない
・自己卑下をする事でもない
・いくらでも人生を切り拓ける
・決して「宿命」なんかじゃない
・「ここ」から「運命」を「立命」するんだ
・お前さんなら絶対にそれができる
・不登校を克服した時を思い出せ
・なんかあればいつでも連絡して来い
・俺で良ければいつでも相談に乗る
・そして必ずお前さんの力になる
・他にも必ず手を差し伸べてくれる人がいる
・だから、絶対に腐るなよ
・etc…

挙げればキリがない上、自分でも全てを思い出せない。自分自身の涙を抑えながら、諭すように、語りかけるように、彼女への言葉を、丁寧に、そしてゆっくりと紡いだ。幾何か、彼女の顔に笑顔が戻った。それが俺は嬉しかった。


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彼女との別れ際、LINEのIDをお互いに交換した。これでいつでも彼女と連絡が出来る。彼女が万が一途方に暮れてしまった際、いつでも手を差し伸べることが出来る。

彼女と別れた後、俺はつい涙してしまった。いつも通りと言えばいつも通りなのかもしれない。だが、彼女の心境を想うと、我事の様に心が痛む。私の姉が同じ経験をしていることも要因の一つだろう。

スラムダンクで有名な井上雄彦氏の漫画「バカボンド」では、宮本武蔵に弟を斬られた吉岡清十郎が、弟の事を想い、回想しながら弔うシーンがある。その構造と全く同じような気持ちだった…

お前さんなら大丈夫だ。必ず、人生を好転させることができる。その道程は厳しいものかもしれない。だが、決して自分を見限らないこと。

あせらず、あわてず、あきらめず。

こんな言葉もある。そして、一番お前さんに伝えたい言葉がある。面と向かっては言えなかった言葉だ。


容易く「自分自身」を値踏みすんじゃねぇ、馬鹿たれが!



死に際の騎士 その手にグングニル
狙ったものは 必ず貫く

容易く 自分自身を値踏みしやがって
世界の神ですら 君を笑おうとも
俺は決して笑わない
船は今 嵐の真ん中で
世界の神ですら それを救う権利を欲しがるのに

引用:『グングニル』 BUMP OF CHICKEN


俺は決してお前を見限らない。いつまでも、必ず見守り続ける。

おわり

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