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『一馬、おまえが儲かんなきゃダメだ。』

流しで、5年前から行きつけのお店がある。
まだコロナ禍前で、レパートリーも2〜300曲ぐらいだっただろうか。

まともにリクエストも答えられない中、それでも可愛がってくれた店主がいた。
その人がいつも私に言ってくれた言葉があった。

『一馬、おまえが儲かんなきゃダメだ。』

まだアルバイトをやっていた頃で、音楽だけで生きていきたいと志はあるものの、チップはお客さん次第という気持ちが強く、演奏後に自分からお願いする事ができなかった。

なので無料で何曲もリクエストに答えて帰る日も少なくなかった。

私が儲かる。
私だけがいい想いをしていいのか。

リクエストに答えているとは言え、好きな音楽をやって演奏を聴いてもらって、その上でお金までもらっていいのか。

お店へ行けばいつも親身になってくれて、コロナ禍で厳しい時も「お互い頑張ろうな。」と早めに店を閉めてくれて2人で飲みに行って全部奢ってもらったり。
お客さんや常連さんがいた時はいつも私を紹介してくれて、演奏の場を作ってくれた。

何より真っ先に、「俺はいつものアレを歌ってほしいから入れとくな。」とチップを入れてくれた。
そんな温かい人と場所で常連さんとも仲良くなり、私は毎月毎月遊びに行っていた。


4日前、メッセージが届いた。

店主の訃報。

あまりに突然のことで、現実を受け入れられなかった。
まだ50代前半。

確かに身体の面で色々と話は聞いていたが、にしても私はこの前誕生日プレゼントを渡したばかり。

"お別れ会をお店で行うので、良かったら皆さん集まって思い出を語り合いましょう。"

と、代理の方から再びメッセージが届いた。

本当に、本当なのか。
分からない。本当にわからない。
だけど私は行く。確かめる。

きっと何かの冗談だろう。
なかなか強烈な冗談だけど、生きていれば色々あるだろう。
いつものようにお店に行けばいい。
またあの笑い顔と声が聞けるだけだ。
いつものように演奏をして、盛り上がればいいんだ。

そして当日、お店へ着いた。
溢れすぎて大半がお店の外で飲んでいた。
店主の写真が大きく飾ってあった。

私は見ていられなかった。

「一馬くんギター持ってきたじゃん。いつものように皆んなで歌おうよ。いつも通りいつも通りで。店主もそれを望んでいるはずだよ。暗いのはいかん!」

「私はもう決めているのよ。店主が好きだった歌をリクエストしたい!」
と、メッセージを送ってくれた方。

本当にやるのかと私はギターを取り出し、気持ちを切り替えいつものように振る舞い、

「初めまして稲田一馬です!早速リクエストを頂きましたので歌います!!雨上がりの夜空に!!!」
と、流しスタート。

初めは皆んな静かだった。
何を不謹慎なと思った人もいたかもしれない。

でも時間と共に徐々に声を出してくれて、後半になるにつれ皆んなで一緒に歌った。

笑いながら歌った。

泣きながら歌った。

歌い、歌い、歌った。

気がつけば4時間、止まることはなかった。

最後はいつもこの曲と、店主が言ってくれた「メロディー」を歌った。
大きな拍手に包まれ、私はギターを下ろした。

チップなんていらない。受けとれない。
本当に受けとれない。
全部お店と店主へ贈ってほしい。

「一馬くん。それは違う。あなたが儲かんないとダメだよ。


おまえが儲かんなきゃダメだ。

それは、本気で音楽で生きていけというメッセージなのかもしれない。
俺たちがお金を払いたくなるぐらい、心から音楽で楽しませてくれという意味かもしれない。

もう私の音楽は、私だけのものじゃない。
あれほど泣いて歌った夜はない。

こんな辛い想いはしたくなかった。
だけどそれ以上に、出会えてよかった。

これからもぶっ飛ばします。良かったらぜひ!