『お前は一体、サッカーで何がしたいんだ?』

父は「野球のルールは複雑だから、お前にはまだ難しい」と僕に言った。自分がサッカーを始めた理由は、多分、これだと思う。実際のところは覚えてないけれど、キャプテン翼に感化されてサッカーを始めたわけでも、憧れの選手がいたわけでも、身内にサッカーをしている誰かがいたわけでもなく、なんでサッカーを始めたの?と聞かれても、答えることが出来なかった。

今となっては、この「サッカーを始めたきっかけ(理由)がわからない」ということに対して、特に何も思っていない。むしろ、数あるスポーツの中から大きな理由もなくサッカーという当たりくじを引いた自分に、もしくは、野球はお前には難しいと言った(あまりにも息子の知能に期待していない)父に、感謝の気持ちでいっぱいである。

でも、サッカーをしていた18歳までの僕は、何か苦しいことがあった時、何かを乗り越えなければならなかった時、この「サッカーを始めたきっかけがわからない」というのは、結構しんどかった。辛いことや、苦しいことにぶつかっていくだけの「理由」が見当たらなかったからだ。プロになりたいと、確かにそう思っていたのかもしれないし、サッカーをする「理由」として、無理やり当てはめていただけだったのかもしれない。

『サッカーで、お前は一体何がしたいんだ?』

そんなこと、一度も考えたことはなかった。いつの間にかサッカーをする人生は始まっていて、毎日、毎日、自分の意思なのか他人の意思なのかわからない状態で、サッカーをした。サッカーをした理由が見当たらなかったことの絶望を感じながら、過去に戻ってきっかけを探し直すことは出来ないという事実にだけは、しっかりと向き合っていたと思う。サッカーをすること、そしてそこには理由がなかったこと。そこに悶々とするだけで、そこから先は考えたことがなかった。そしてそれを、大人に隠すことに必死だった。

好きなものがあっていいよな、と僕はよく人に言われる。特に20代の前半を生きた今では、好きなものが見つからずに悩んでいる同年代の友達の「お前はいいよな」と思う気持ちが、すごくわかる。サッカーを観るためだけに仕事をやめて旅に出たくらいだ、他人には、僕が小さい頃からずっとずっと好きだったサッカーを純粋に追い求めているように見えるのも無理はない。でも、旅に出たのは、自分はサッカーが本当に好きなのかどうか、確かめるためでもあったんだ。あの時は、立派に精神を拗らせていた。

サッカーの指導者として仕事をし始めてからも、「自分はサッカーが好きだ」と言い切ることは、一回もなかったと思う。好きってなんだろう?とか、そういうあらぬ方向に考えを巡らせ、よく拗らせた。そうだ、俺はサッカーが好きなんだ、そうだそうだ。と、無理矢理自分を納得させていたことに、今ではもう気付いているけれど。それを僕は「覚悟」と呼んでいたけれど、なんと安っぽい「覚悟」だったのだろう。


強烈な理由

それが劇的に変わったのは、アルゼンチンに来てから、正確にいうと、アルゼンチンに行こうと決めた時からだったと思う。人生が劇的に変わった、というより、変えざるを得なくなった。アルゼンチンで生活をして、アルゼンチンのサッカーに関わるようになって、彼らには、やっぱりサッカーをする強烈な理由があるんだなと、思わずにはいられなかった。

今僕がいるクラブには、本当に多くの人々が関わっている。サッカーをする子供はもちろん、アマチュアのトップチームの選手、それを取り囲む指導者の多さに、初めはすごく驚いた。そして彼らが全員給料を全くもらっていないという事実は、僕の中にある「サッカー」のカタチを、確実に変えたと思う。給料をもらうことがなくてもサッカーを勉強しに指導者学校に行く彼らと、40歳オーバーのちょっとお腹の出たおっさんたちが、週に数回仕事終わりに練習をして、週末に殺し合いのような試合をしているのを見て、僕はこれまでのサッカー人生をもう一度考え直すことを半ば強制的に強いられたように思う。僕は、めちゃめちゃ、考えた。

『お前は一体、サッカーで何がしたいんだ?』


理由の、その先

「サッカーをやらなければならない理由」と言い換えてみる。日本人の僕は、アルゼンチン人の一部の選手たちのように、サッカーでプロにならなければ食っていけないということもないし、日本人の僕は、娯楽や、仕事や、あらゆることに対しての選択肢(可能性)を、アルゼンチン人よりもはるかに多く持っている。日本サッカーを強くしたい、変えたい、それを「理由」にしていた時期もあったけれど、僕ら日本サッカーには、強くならなければならない理由も、変わらなければならない理由も、やっぱりない。勝たなければならない、と口で言っているだけで、この人たちに比べれば、やっぱりその必要もない。別に、サッカーで勝たなくたって、社会は何も変わらない。

そこで初めて、僕はその先を考えるようになった。サッカーを始めた理由や、サッカーをやらなければいけない理由がない代わりに、僕は、一体サッカーを通して、何がしたいんだ?と考えた。サッカーをすることで、何を、どうしたいのだろうか?


唯一の大切なこと

これまでのサッカーのこと、これまでの人生のこと、僕は全部を考え直した。気が狂うほど考えた。お前は、サッカーで何をしたいのか?

少しずつ、自分が「表現者」として生きることに強い思いがあることに気が付いた。では、何をサッカーで表現したいのか。それを表現するためには何が必要か。子供の頃の記憶と、いつも感じていた感情と必死に向き合った。

今、自分には、サッカーを通して表現したいことや、実現したい社会がある。これまでは「自分は本当にサッカーを好きなのか?」とか、「サッカーをする理由ってなんだ?」とか、そんなことばかり考えていたけど、今はもうそんなこと、どうでもよくなったように思う。

『お前は一体、サッカーで何がしたいんだ?』

これ以外に、大事なことは何もない。


ストーリー

アルゼンチンの友達には、日本のアニメや漫画を楽しんでいるやつが本当に多い。びっくりするくらいだ。これまでも、外国人が日本の漫画が好きだと公言しているのを、幾度となく聞いてきた。アニメや漫画だけじゃなく、小説も、映画も、絵本も、日本人は魅力的なストーリーをつくる素晴らしい力を持っている。

これからの日本は、その魅力的なストーリーを、実世界で表現していくべきだと思う。確かに、色々なしがらみはある。サッカー界だってそれは同じなのだろう。前例がないことをするのは、緻密な戦略と根気がいる。

『お前は一体、サッカーで何がしたいんだ?』

でも何も変わらない。大事なのは、これだけだ。そこに、やれるかやれないかの数字が入る隙間はどこにもない。


日本サッカーはこれからどうなるか

日本サッカーは、これから一体どこへ向かうんだろうか…ずっとそれを予測しながら動いてきた。でも今は、それよりも遥かに重要な「どうしたいか」に向けて、前例を壊しにいく時がいよいよきたと思う。

世界には勝てないと誰かが言っている間に僕は世界に勝ちにいくし、日本には娯楽が多すぎてサッカーが云々カンヌンと誰かが言っている間に僕はサッカーで日本人を熱狂させにいくし、かっこいいのが良いかダサいのが良いかと誰かが言っているうちに、僕は日本でクソみたいにかっこいいサッカーを表現するために動き出している。

選手も、指導者も、ファンも、クラブも、日本サッカー全体が問い続けなければならない。僕らには、サッカーをしなければならない理由も、勝たなければならない理由も、ない。その代わり、自由だ。

日本にサッカーがやってきて、しばらく経った。過去の経験や、数字や、前例が溜まってきた頃だと思う。このまま今まで見た景色を頼りに進んでいくのは、僕にはすごく恐ろしいことのように思う。そういう空気が流れ始めたら、日本のサッカーに魅力的な未来はない。

サッカーに関わる日本人は、幸せだろうか。ワクワクしているだろうか。もしもその感覚を失っているのなら、気が狂うほど自分に問うて欲しい。

『お前は一体、サッカーで何がしたいんだ?』



1992年生まれ東京都出身(26歳) / アルゼンチン在住 / サッカーを"非"科学的視点から思考する『芸術としてのサッカー論』筆者 / 監督養成学校在籍中 / サッカーカルチャーブランド「92 F.C.」Founder / NPO法人 love.fútbol Japan 理事 

Twitter:@ka_zumakawauchi
Instagram:@ka_zumakawauchi

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河内一馬

芸術としてのサッカー論

サッカーを"非"科学的視点から思考する
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