見出し画像

憂鬱を乗り越えた美容室で、私はちょっぴり救われた。



美容室に行くのが憂鬱な時がある。

陰キャなのか、コミュ障なのか、人見知りなのか。よくわからないが、美容室はとても緊張する。中学生の頃は、大人になったら美容室くらい卒なくこなせると思っていた。でも違った。問題の本質はそこじゃなかった。根本的に、苦手なだけだった。

初対面の人との会話が苦手なので、基本は眉間にシワを寄せてスマホを触っている。どれだけ画面に髪が落ちようと微動だにしない。またその間、画面を覗かれているんじゃないかと心配になるので、できるだけ画面は暗くしている。

そんな状況が続く中、気を利かせた美容師さんは眉間のシワに話しかけてくる。

「この後どこか行かれるんですか?」

来たぞこの質問。

少しだけ伸びたシワが答える。

「ちょっとこの辺をふらふらして、カフェにでも行こうかと。」

「えー、いいですね!この辺いいカフェ多いですもんね!」

ちなみに私が美容室の後に行くのは普通のサンマルクカフェだ。そこでお堅いビジネス本を読んで、やはり眉間にシワを寄せてパソコンを叩く。おそらく美容師さんが想像してる「いいカフェでの過ごし方」とは相違があると思う。


それなのに、いつも私はこう答える。

「そうそう。ちょっと路地に入ったところに、いい感じのカフェがあるんですよ。」

あたかもそこへ行くかのような空気感を醸し出し、無難に話を合わせてしまう。確かに美容室付近には、テーブルの高さが膝くらいのおしゃれカフェがたくさんある。ただ、仕事向きではないのであまり行かない。あくまで私が好きなのは、サンマルクカフェの隅っこだ。

美容師さんとの会話は以上で、私はまた、眉間のシワに引きこもる。初めていく美容室はいつもそんな感じで、気難しい雰囲気を醸成する。そのくせ、一丁前にヘッドスパなんかを頼み出す。頭ほぐす前に空気をほぐせ。

ところで私は、予約の時すら眉間にシワが寄っている。いつの何時に予約を入れれば、一番スムーズかつ無駄のない休日を過ごせるかを真剣に考えているからだ。

『きっと土曜日の朝は金曜日の二日酔いで死んでいるから、逆に美容室とかで酔いを覚ましつつリフレッシュして、そしたら午後は・・・』

みたいな感じで、色々とシミュレーションを行う。あらゆる可能性を想定して、ベストな日時を予約する。ぶっちゃけこの段階で結構疲れる。

極めつけは、美容室で読みたいKindle本や記事を、行く前に慎重にチョイスし始める。眉間にシワを寄せながら、現地で何を読むのかを事前に決めておく。できる限り無駄のない40分が過ごしたいので、事前準備には余念が無い。

お分かり頂けたかと思うが、私にとって美容室で髪を切る行為は一大イベントである。頭がさっぱりするのは気持ちがいいけれど、それ以外のハードルが色々と高い。だから初めての美容室は、いつも憂鬱なのだ。


・・・



...と、ここまで散々言ってきたが、実はそんな私にもかつて心を開いた美容師さんがいた。そして心を開いてからというもの、美容室という空間が全く別の場所となった。

会話のハードルやら、考える手間やら、色々と障壁はあるけれど、コミュニケーションの課題さえクリアしてしまえば、実はあの空間自体は心地よい。椅子は柔らかいし、良い香りがするし。

たしかに、初めて行く美容室は緊張する。これは間違いない。会話も続かないし、神経がすり減っていく。

でもそれはあくまで”最初のうち”だけなのだ。慣れさえすればどうってことないし、むしろ救いとすら思うこともある。そんなエピソードをひとつ紹介したい。

・・・



5年前、私は初めて一人暮らしをした。その頃の私はとにかく思いっきり働いていたので、土日も基本仕事の頭。私の人生から、仕事以外の会話が減っていった。


休日の話し相手は、衝動で飼いはじめたインコだけだった。


私は、インコに「かずま(私の名前)!」「おかえり!」という2つの言葉を覚えさせた。1ヶ月程度で覚えたので、なかなか頭のいいインコだと思ったが、もちろん会話と呼べるようなコミュニケーションは取れない。ほぼ独り言である。


そんな生活の中、唯一、ゆっくり人間と会話ができる場所が美容室だった。


当時、新宿のとあるお店で、ずっと同じ人を指名していた。もちろんそこでも、はじめは緊張していたが、何回も何回も通っているうちに、さすがの私でも慣れていき、少しずつ居心地がよくなっていった。


価値観は全く合わなそうな陽キャの美容師さんだったが、それが逆に新鮮でよかったのかもしれない。なにより、私の休日の会話に「かずま」と「おかえり」以外の言葉が戻ってきた。危うくカオナシもびっくりな語彙力になるところだったので、ずいぶんと助かった。


その美容師さんには、約4年ほどお世話になった。トータルで何十センチも、身体の一部を切ってもらったことになるが、その長い長い時間の中で、仕事の話も、プライベートの話もした。かなり色々と打ち明けた気がする。


冷静に考えてみると、会社以外の人間と月一で会話をするって、意外とないものだ。会う頻度で言えば、学生時代のマブダチよりも多い。しかも一回40分程度なので、街コンで異性と話す時間よりも長い。友達以上恋人未満の関係って、もしかしたら、美容師と自分くらいの距離感じゃないかと思った。それは違うか。


まあ、それだけ長いこと髪を切ってもらうと、話しかけて欲しくない時は空気感でわかってもらえる。阿吽の呼吸とはまさにこのことで、だんまりの日もあれば、会話をする日もある。だからすごく気が楽だったし、美容室に行くのが楽しみだった。


頑張って仕事して、月一の楽しみに美容室へ行く。もはや、その瞬間のために根を詰めて仕事をして、その分、思いっきりリフレッシュしていた。正直なところ、そのおかげで、仕事もちょっぴり頑張れていたと思う。そんな癒しの空間である美容室は、大切な場所だった。


だから、少し大袈裟かもしれないけれど、私は美容室に救われていたと思う。もちろんそれは、美容師さんのおかげである。当時は当たり前だったので気づけなかったけど、なくてはならない存在だった。


ちなみにその美容師さんは、今年、北海道に帰ってしまったのでもう会うことはできない。突然だったので、どこで何をしているかすらわからない。元気にしているだろうか。


そのため、私はまた次の美容室で慣れていく必要があった。それまでは憂鬱だな。ちょっと嫌だな。そんなことを思った。

とはいえ、冒頭で話したような憂鬱はあくまで最初のうちだけ。そこさえ乗り越えれば、また大切な場所となるはず。私のように頭の堅い仕事人間には、美容室くらいの柔らかい空間がとても新鮮で、心地よい。張り詰めた日常のなかの、緩急として、大きな役割を果たしてくれる。


私が美容室に行く理由。それは単に髪を切るためだけではない。毎日をちょっぴり頑張るためであり、心身ともにリフレッシュするためであり、日常会話を取り戻すためなのだ。眉間のシワは治らないけども、しっかり心は癒されている。その域にたどり着くために、早いところ慣れないと。


昔に比べると、休日の過ごし方も大きく変わった。以前のように仕事ばかりではないので、すっかり忘れていたけれど、思い返せば、私にとって美容室は特別な場所だった。だから次も、きっと大切な空間になるはずだ。


そんなことを思う今日この頃。次の予約は1月8日。新しい美容室にはまだ慣れない。



小木曽
Twitter→小木曽




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?