見出し画像

Door18: 旅の終わりに~オアフ島(アメリカ)

旅の最後をハワイにすることだけは、最初から決めていた。
途中いろいろなことがあっても、最終的にハワイに辿り着くことを思えば頑張れるような気がした。

7ヶ月弱、およそ20か国巡った後にやって来た、初めてのハワイ。
空港に着いただけで、気持がリラックスしたことに驚いた。
外に出てみると、どこからともなく、花のような甘い匂いが漂ってきて、光と風にふんわり包みこまれる。
ほんとに、こういう場所だったんだ・・・と、ちょっと感動した。

ハワイに全く興味がなかった人でも、一度行くと、みんな好きになって帰ってくる秘密が分かった。
お店や、食べるものや、暮らす人を見る前に、ただその場所にいるだけで心地良くなってしまう。
リラックスするために絶妙に計算して作られたかのような空気感は、なんだか魔法がかっていると思った。

その反面、わたしの内面はハワイにそぐわない暗さだった。
わたしにはやっぱり旅は向いてないのではないかと、旅の終わりにそんな結論?と突っ込まずにはいられないような気持ちになっていたのだ。

旅をするにつれて、日本で生活してた時には水面下に押し留められていた、自分の嫌な部分や弱い部分が、どんどん曝されて、自分のことが相当嫌いになっていた。
旅をしている方が、日本で働いて生活しているよりストレスフルなことにも気付いていた。

私は人と関わることが嫌いな訳ではないけれど、毎日毎日新しい人と出会い、コミュニケーションをとったり、常に次の移動先に向けて、計画を立てたり、手配をしたり、毎日の宿泊所を考えたりする、そういった旅の醍醐味とも言える事柄に疲れて、これが旅なのだとしたら、わたしはそんなに好きではないかもしれないと思ってしまった。

毎日帰る場所があって、一人で気ままに暮らし、働いた分だけお給料をもらい、気心知れた人達と関わり、どこかに出かけなくても別に罪悪感を感じることもない生活。
そんな日々の方が自分には楽しめるような気がした。
そのことにもがっかりしたし、それにもかかわらず、もうこれで旅が終わってしまうのが残念でたまらない気持ちもあって、心の中がもやもやし続けていた。

和やかで爽やかな日差しのもと、自分の内面のそぐわなさが影のように際立って、今の自分は全然ハワイにふさわしくないなあと落ち込むくらいだった。

とはいえ、ハワイにまで来て、引きこもっていた訳ではなくて、どんよりとした気持ちを奮い立たせては、ダイヤモンドヘッドに登り、眼下の海のきらめきに感動したり、リムジンやディナークルーズ船にも乗り、文字通り天国のようなビーチで泳ぎ、アロハシャツやリゾートワンピースも買い込み、朝から大きなマーケットを見て回ったり、ノースショアで海亀を見たり、ご利益があるという大きなパワーストーンに抱きついたり、パイナップル畑を観光したり、クリスマスを控えてどこもかしこもキラキラのアラモアナを巡ったり、ひなびて味わい深いチャイナタウンを散歩したりもしていた。

この頃に撮った写真を見ると、すっかり日焼けして、笑顔で浮かれた格好をして、どう見ても楽しそうなので、自分のことながら驚き、人ってやっぱり見た目では分からないんだなあと他人事のように思ってしまった。
記憶がすり替えられそうになるくらいで、自分があんなに鬱々としていたことを忘れそうにもなっていた。
確かに、暗かったのはわたしの感情だけで、客観的には楽しそうなことしか存在しなかった。
考えてみれば、当然逆のパターンもある訳で、人の気持ちはややこしいなあと思う。

旅の最後に、わたしはハワイの植物がたくさん見られる所に行ってみたいと思った。
海の美しさだけでなく、違う側面を見てみたかったのと、ホテルの庭や道端に咲いている花に心惹かれたので、野生に咲く姿も見てみたいなあと思ったのだ。
大学の植物園(ということにはなっているが、実際には山)を巡るツアーに申込みをした。

山や森(特に南国の)に行くと、いつも、自然ってこういうものだったなあとはっとさせられる。
都会で、公園や庭に整えられた植木や、小奇麗にアレンジされた花々を見て、和んだ気持ちになるけれど、それとは全く別の世界。

古い巨木に、蔦や苔がまとわりつき、お互いを吸い取り合うかのように共存している。
あちこちに、真赤だったり、つやつやとした白い肉厚の花弁をもつ、色っぽい形状の花が咲いていて、その艶めかしさにドキッとする。
生々しく、エネルギッシュなのに、清浄で静か。
ここで、もし自分が死んでも、朽ち果てて行く体を養分にして、こんな植物達が生い茂っていくのだろうなあと、自然に想像できて、それがそんなに怖いことに思えなかった。
草木も花も、ひとつひとつがまとう空気がなんだか気高くて、もしこれらを植物園ではない山の中で見つけたとしても、簡単に手折って持って帰るような気持ちにはなれなさそうだなと思った。

山の途中で、ここは特別な場所です、とガイドに案内された所があった。
多分、神聖な、とかそういう意味だったと思うのだけれど、残念ながら、ガイドの英語が少ししか理解できなかった。
虹の谷間と呼ばれたその場所は、なにがあるわけでもないのだけれど、遠くに見える山のかたち、目の前で風にそよぐ葉っぱ、いろんなトーンの谷間の緑、揺れる赤い花。
それらの調和が夢のようで、眺めていると、音楽を聴いているような感覚になった。
自分の気持ちの欠けている部分がほんの少し満ちるような。

夕方、ワイキキビーチに行って一人でサンセットを眺めながら、わたしはきっといつかまたハワイに来よう、その時、きっと今のことを懐かしく思うだろうと思った。
世界中たくさんの国を巡って、おもしろいもの、きれいなものをたくさん見た後でハワイにやって来て。
同じ境遇の人を見たら、心から羨ましいと思ってしまいそうな立場の自分が、こんなにも暗く鬱屈した気持ちでいて、それは全部自分のせいだと思い知っていたことを。

3年経った今、わたしはあの時旅に行って良かったと素直に思えるようになったし、旅したことで得たものは果てしない。
昔よりも、日常を楽しめるようになってきているということは、旅も楽しめるようになってきているということだと思うから、いつか、またハワイに行く時はどんな旅をしているのか、楽しみにしていよう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?