#15現実と決意
「あ、これ……、私の研究校時代の実験データ。懐かしい……」
由実はこのデータから何か読み取るように思案する。
「快楽と射精は連動して行われる……。
ここにストレスが加わると一体どのような変化をもたらすのだろう……」
ストレスと快楽は全く違う、真逆な刺激のはず……。
「う~ん。ストレスが体にとってネガティブな刺激だと仮定すると、体はストレスを緩和するように快楽刺激を求めるようになるんじゃないかな?」
うん。こう考えると勤がストレスで性欲を増大させた理屈は通る。
確かに性欲が高まる思春期に持続的な心理ストレスを与えることは、性欲を高める上で必要なことなのかも知れない。
でも……、別のデータによると、
ストレスと非行による逮捕履歴との相関データがあったはず……。
確かに、別の研究機関によるとそのような研究論文があった。
つまりまとめると……、
ストレスは性欲を向上させはするが、非行に走る傾向も増幅させる……。
えっと、非行に走って逮捕された後の記録はないのかしら……。
もし、その記録が社会的にネガティブなものならば、ストレスを増長させることは社会的に不利益だということが主張できるかも知れない……。
そう思って私は、罪を犯した人たちの記録を探すことにした。
………………
…………
……
あ、あった。
基本的には犯罪者のデータが世の中に出回ることはない。
だから、資料の検索には難航したのだった。
しかし、最高峰の研究機関である「アルカディア・センター」だからこそアクセスできる鍵付きの極秘ファイルに “それ” は書かれていた。
『……若くして牢に入った者(男性)は、精神に異常をきたしたり、社会復帰が難航したりするケースが多いため、そのようなケースにおいては “殺処分” とし、遺族には事故死や病死として説明することとするように規定する……。
……またその精神異常は先天的なものであるため、そのような処置がふさわしいと私たちは断定する次第である……』
この事実に私は……息が詰まりそうになった。
そして、これを読み、私は知った。
ストレスによる後天性の精神異常は全く考慮されないのだ。
私は自身のストレスに悩んだことがあるから理解できる。
ストレスによる後天性の精神異常が存在しないわけがない。
それを全て先天性異常で決めるなんて、なんておかしな結論……。
その上、殺処分なんて酷すぎる……!
私はこんな現実がこの世にあることにひどく怒りを覚えた。そして、男性というものはまさに家畜以下の存在であることをいま知ったのだ……。
……ここは異常があれば全て殺処分で物事を決めつける社会なのだ。
それをこのような鍵付きの極秘ファイルにする意味がわからない。
このような情報を知ってか、もしくは知らずにか、上司の教授たちはストレスによる性欲増長論を議論しているのだ。
私は怒りを覚えながら唖然として、ファイルを読み進めていく……。
もし後者なら……、のちに多くの男性が殺処分されてしまうということに警鐘を鳴らさなければならない。もし前者なら……、私はこの社会と全面的に戦う必要があるのだろうか……。
どちらにせよ『ストレスは害』であると訴えなければならない!
そう私は強く確信をする。
そうだ、同様に生活基盤を持って子供を作り、強制労働者となった男性は、どうなっているんだろう……? 多くの男性は妻を思い、子を思って労働に励んでいるはずだと思うんだけど……。
私はすぐさま別のデータベースに検索をかけた。
………………
…………
……
「あった!」
これらの情報はすぐに手に入った。
そして、こちらは期待を裏切らなかった。
(やや粗雑であるが)ざっくりとまとめると、
法のもと、純然に結婚して家庭を持った場合、妻や子を思って、(多くの場合肉体労働ではあるが)強制労働を懸命にこなしているようだった。
また、政府は労働達成率に応じて第二ないしは、第三子の子作り許可証を発行しており、賃金的にも生活の最小限を保証している。
というものだ。
この点は何ら問題がない……と思う。
(我々の世界でいうと、単身赴任で家族のために頑張っている男性のイメージであろうか……。それでもやや不釣り合い感があるが……)
そこには家族を思って働く男性像があった。
彼らは、国から子作りの許可証が届くまで、汗水をたらして働いているのだ。
この “働く” という概念は社会的にも良い結果をもたらしている。
例えば、このアルカディア・センターの施設の施工も男性労働者の労働の賜物のはずだ。
男性の方が肉体的に “力” がある時点で、文明社会に必要不可欠な存在なのだ。
それをストレスによる精力開発に力を注ぎ、未来の国造りを担う若者男性を非行に走らせるリスクにしてしまうことは、国力の減少に繋がりかねないはずだ。
そのことを科学的に説明しなければならない。
私は使命感を持って再度決意をする。
もしこの説明ができたら、
勤を守れるかも知れない。弟を救えるかも知れない……。
私は信じて上司たちを説得するためのデータ・資料を作成することにした。
もしこのプレゼンが上手くいったら、
世界は……世の中は変わるかも知れない。
由実はそう思うことで
なんとか心の希望を奮い立たせていたのだった。
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