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42歳、格闘技未経験のおっさんがリングでボコボコにされるまで【HATASHIAI参戦記】

1月22日、私の仕事が世に出た。

NHKクローズアップ現代プラス「追跡!“フェイク”ネット広告の闇」に、私が調べ上げたデータを提供したのだ。

私が調べたのは、ニュースサイトの記事下などによく貼られている、レコメンドウィジェット広告内に含まれている違法広告だ。私の調査では、それらの違法広告は、年間100億円くらいの規模で発生しているらしい、と結論付けていた。

私はこのデータを調べるために、1年間を費やした。

この仕事は、誰かから発注を受けたわけではない。私が勝手に問題を認識し、勝手に調べたものだ。私がこれを調べていることをNHKさんが知ってくれて、私に声をかけてくれたのだ。

2018年12月25日。私が借りていた新宿のコワーキングスペース「知恵の場オフィス」に、NHKの記者である田辺さんが取材に来た。私は状況を説明した。違法な広告が野放しになっているために、犯罪者ばかりが儲かり、真面目な企業が損をしている。その構造を話した。

私は、泣きながら話していた。1年間を費やした調査が、やっと日の目を見る。

私は、ずっと、これは本当に価値のあることなのだろうか、と自問自答しながら調べてきた。

これに価値を見出してくれる人が現れた。自分がやってきたことは、やはり価値のあることだった。支えが全くない状態でこれを調べてきた私は、協力者が現れてくれたことに安堵し、目一杯張ってきた緊張が消え、泣いたのだった。

何も変わらない業界

しかし、放送後も、何も変わらなかった。

フェイク広告は、いくらか減った。しかし、まだ残っている。そして、フェイクが減った以上に、別の違法広告が増えたようだった。

私は、NHKの放送に至れば、全てがキレイになり、この仕事は終わるだろうと思っていた。しかし、現実は甘くなかった。ほとんどなにも変わらなかった。

ゴールテープを切ったと思ったのに、成果は出なかった。私は途方に暮れた。

憂さ晴らし

私は、憂さ晴らしをしたくなった。

クローズアップ現代の放送が終わってから数週間。NHKさんからは強く感謝されたが、その他のプレイヤーからは、何の連絡も入らなかった。

私はこの調査に、自分の1年間と、少なくないお金を投入した。それらが無駄になった。

作ったものが役に立たないことは、よくあることだ。これは、自分の勝手でやったことだ。自業自得だ。それはわかっているが、やはり、気分が落ち込む。何をして遊ぼうか、と考えるようになった。

ぼんやりと過ごしているうちに、りゅーちゃんのことを思い出した。

りゅーちゃんは、私が住んでいたシェアハウスによく遊びに来ていた芸人さんだ。りゅーちゃんは、今年の2月2日に開催されたHATASHIAI(ハタシアイ)に参加し、試合に勝った。

りゅーちゃんは、格闘技未経験。身体もヒョロっとしている。

HATASHIAIは、素人格闘技大会だ。普通の格闘技はプロ対プロの試合ばかりだけれど、HATASHIAIでは素人同士が戦う。

HATASHIAIのことは以前から知っていた。同じシェアハウスに、地下ボクサーである蔵人(クラウド)さんが住んでいたからだ。蔵人さんは、このHATASHIAIのメインイベントとなる試合に何度も出ていた。

私も、観客として蔵人さんの試合を見に行ったことがある。鉄格子の中で繰り広げられる殴り合いは、最高に迫力のあるものだった。

りゅーちゃんは、たぶん蔵人さんの顔繋ぎで試合に出たのだろう。

蔵人さんにお願いすれば、私もこのHATASHIAIに出られるかもしれない。おっさんプログラマーという肩書きは、HATASHIAIのコンセプトとしてはニーズがあるのではないだろうか。

なにより、私は憂さ晴らしをしたかった。なんでもいいから、荒々しい場所に身を投じたかった。

私は、蔵人さんに相談した。蔵人さんは私の申し出を面白がってくれた。HATASHIAI運営さんに掛け合ってくれ、私は出場が決まった。

月刊サイゾーさんの接触

試合に出ることが決まった数日後、私のtwitterアカウントにDMが入った。月刊サイゾーの記者さんからだった。NHKさんの時と同様に、レコメンドウィジェット広告について取材したい、とのことだった。

月刊サイゾー。正直なところ、あまり良いイメージがない。エロ雑誌じゃなかったっけか。ゴシップ記事も多い印象だ。

ただ、DMに書かれている文章は、この問題について本気を感じる文面だった。迷ったが、受けることにした。

取材場所には、スターバックス茅場町店を指定した。店内の一番奥の目立たない丸テーブルで、取材を受けた。私は、NHKさんの時と同じように、状況を説明した。説明しているうちに、やはりまた、涙が流れた。

この涙は、どういう涙なのだろう。NHKさんの時と同じように、仲間がいたという嬉し涙だったのか、それとも、こんな取材を受けたところで何も変わらない、という虚しさの涙だったのか。自分でもよくわからないまま、涙でつっかえながら、このひどい状況を話した。

この調査は、自分で勝手にやっている仕事だ。わざわざやっているからには、私には何かの動機があるはずだ。でも、それがなんなのか自分でもわからない。

正義感ではないと思う。正義感なら、こんなに長く続かない。

たぶん、創作欲とか、金銭欲とか、名誉欲とかが、私の中で壮大に絡まり合って、私を動かしている。

勝手にやっていることなのだから、私はいつでもこれをやめることができる。それなのに、私は泣いてまでこれを続けている。本当に自分がわからない。

取材は1時間半ほどで終わった。

月刊サイゾーの発売日は、4月18日。HATASHIAI開催日である4月20日の2日前だった。

トレーニング

私は多少なりとも身体を動かそうと考えて、自宅の近所のジムを契約した。

私は、若い頃は運動が嫌いではなかった。大学時代は自転車にハマり、著名レースである「ツール・ド・おきなわ」で8位に入ったこともある。当時の私は、そこそこ運動能力はあったほうだ。

しかし、大学を卒業してからは一切の運動をしなくなっていた。

5年ほど前、私の体重は108kgだった。健康診断で測った血圧は、200を超えていた。不健康そのものだ。

そこから多少の節制をして、体重を78kgまで落とした。マシにはなったけれど、まだ太っているし、今も高血圧の薬を飲んでいる。私は、そういう不健康なおっさんだ。

ジムを契約した時点で、試合日までの時間は3週間。今から身体を鍛えたところで、試合までに劇的な効果を上げることはできないだろう。ただ、何もしないよりはマシだろうと考えた。

ジムの店員さんから入会の目的を聞かれた時には、少しキョドった。HATASHIAIに出るため、と言ったら、いぶかしがられるだろう。とっさに、プログラマーでデスクワークだから肩こりがひどいんです、と答えた。それを聞いたジムの人は、私に肩こりの状況を丁寧にヒアリングした上で、肩こり解消のためのメニューを作ってくれた。

私は、その肩こり解消のためのメニューを日々こなした。それがHATASHIAIで勝つために役立つかというと、とても疑問だ。しかし、多少はマシだろう、と自分に言い聞かせた。

ノリオさん

私がHATASHIAIに出る、ということをSNSなどで書くと、それを面白がってくれる人がぽつぽつと現れた。ノリオさんもそのひとりだ。

ノリオさんとは、以前、同じオンラインサロンに入っていた。しかし、ほとんど接触がなかった。そもそも私はROM専気味であったのに対し、ノリオさんは活発に活動していたので、格が違うようにも感じていた。

そのノリオさんが、私のHATASHIAI当日のセコンドを買って出てくれた。

ノリオさんは、#アソ部というゆるいグループを作り、イベントを企画したり、風変わりな店に行ったりして、日々前のめりに遊んでいる。ノリオさんだけではなく、アソ部のメンバーであるあやかちゃんゆかりさんもセコンドとしてついてくれることになった。

ノリオさんから連絡をもらってから気付いたのだけれど、私がHATASHIAI運営さんと結んだ出場契約書には、出場者がセコンドを二人以上連れて来なければならないと記載されていた。ノリオさんが申し出てくれなければ、危うく出場できないところだった。

ノリオさんは、私と強い繋がりがなかったにもかかわらず、手を上げてくれた。ノリオさんをはじめとするこのお三方には、心底感謝している。

やわラボさん

HATASHIAIは、過去の記録があまり残っていない。運営さんのリソースが足りず、試合の様子を撮影する余裕が無いらしかった。

私は、やわラボを運営するやわらかゆーすけさんに連絡を取った。やわラボさんは、ここ1年ほどで急速に実績を上げているライブ配信技術者集団だ。ゆーすけさんは、インターネットを使ったライブ配信技術者としては、たぶん日本一の人だ。ゆーすけさんは私の依頼を快諾してくれた。

やわラボさんが配信したこのHATASHIAIの動画は、こちらで見ることができる。有料だがそれほど高くないので、やわラボさんに興味のある方はぜひ見て頂きたい。HATASHIAIの記録としての意味もさることながら、やわラボさんの技術の高さがひと目でわかる。

この無茶振りな仕事を受けてくれたやわラボさんにも、感謝申し上げたい。

湯川さん

4月3日、私の対戦相手が決まった。湯川高之さんというプログラマーさんだ。プログラマー対決ということか。

湯川さんの体重は55kg。私より20kg以上軽い。ただ、ロッククライミングなどをやっているそうだ。運動能力は高そうだった。

運動している軽い素人の湯川さんと、運動してない重い素人の私の対決、ということなのだな、と感じた。それをFacebookに書き込むと、湯川さんを知る人からコメントが入った。

「がっつり鍛えて下さい!!湯川さんめっちゃつおいから・・・w」

めっちゃつおい?どういうこと?

詳しく聞くと、この湯川さんは、HATASHIAI黎明期である3~4年ほど前に何度も出場しており、HATASHIAIの屋台骨を支えていた人だということだった。長年、キックボクシングのジムに通って鍛えているらしい。プロではないけれど、アマチュアとして熟練者だということだ。

なんだそれは。聞いてないよ。

私は素人同士の対決だと思ってHATASHIAIに申し込んだのだ。いくら20kg以上の体重差があっても、そんな強い人に勝てるわけないだろう。私は少々戸惑った。

しかし、と思い直した。私がHATASHIAIに出るのは、憂さ晴らしのためだ。誰でもいいから誰かを殴るためだ。ボコボコにされて負けるとしても、1発くらいはパンチは当たるのではないだろうか。

それに、可能性は低いけれど、もし勝ったとしたら、それはとてつもなくすごいことだ。やってみなけりゃわからない。

たぶん私はボコボコになるのだろう、と思いつつ、もしかしたら勝てるかもしれない、とも考えた。私はジムで肩こり解消のメニューを日々こなした。

月刊サイゾー見本誌到着

4月17日、自宅の郵便受けを開けると、大きな封筒が投函されていた。開けると、明日発売の月刊サイゾーが入っていた。取材を受けたから、発売日より先に送ってくれたのだ。

ちょうど私は、用事があって家を出て電車に乗るところだった。封筒を持って駅へ行き、電車に乗って月刊サイゾーを取り出す。

表紙には、水着の女性が大きく載っていた。かなりセクシャルな表紙だ。電車で読むのが恥ずかしい。しかし中身を早く見たい。恥ずかしさを押し殺してページをめくり、私のコメントが載っているページを探した。

私のコメントは、38ページ目から、延べ4ページに渡って載っていた。

取材を受けた時は、私が話した内容はたぶん1ページくらいの記事になる、と説明を受けていた。それが、4ページに渡って載っていた。私の話に、大きな意味を見出してくれたのだ。

電車の中で、私のコメントがたくさん載った月刊サイゾーを読み、私はまた泣いた。セクシャルな表紙の雑誌を読んで泣くおっさんの姿は、周りから見たら、とても奇妙だったことだろう。

翌日、18日に月刊サイゾーが発売された。しかしやはり、広告業界のどのプレイヤーからも反応は無かった。

サイゾーさんにお世話になっておいて言うのもなんだが、NHKの報道で動かなかった人たちが、サイゾーさんの記事で動くとは思えない。私は落胆したが、落胆の度合いは軽く済んだ。

試合当日

少しの落胆を抱えながら、試合当日を迎えた。

私は落胆していたけれど、一方では気持ちが昂ぶっていた。なにしろ、殴り合うのだ。150人の観衆の前で。

実力差は歴然としているけれど、なんとか見せ場は作りたい。そしてあわよくば勝ちたい。

勝ったところで、何か得られるものがあるわけではない。しかし、勝ちたいと感じた。そういう本能が、私にも備わっていたのだろうか。

私は、たぶん人を殴ったことがない。少なくとも記憶の中にはない。初めての経験だ。

一度だけ、PCのディスプレイを殴ったことはある。ほんの数ヶ月前、一連の調査での目視チェックの作業中に、同じ商品の違法広告が何度も繰り返し現れた。それを見て、またこのクソ広告か、と心の中でつぶやいて殴った。

渋谷駅に降り立つ。血糖値を上げるために、はなまるうどん渋谷センター街店で温玉ぶっかけ中を注文し、食べた。私が若ければ、ここは大を注文するべきところなのだろうけれど、40歳を過ぎて、ここ1、2年は食べ物を消化する能力が急激に低下しているのを感じていた。だから中にした。

食べ終わり、会場である東京ファイトクラブに入る。会場に入ると、大きな鉄格子があった。この中で殴り合うのだ。

会場に入ってすぐ、HATASHIAI運営として動いてくれている古賀さん小此木さんに挨拶した。

実は私の出場が決まったあと、HATASHIAIに対する考えの食い違いなどにより、私はこのお二人に強い言葉を投げつけた場面があった。それでもこのお二人は私を笑顔で迎えてくれた。フトコロの深い人たちだ、と感じた。

ほどなくして、アソ部の3人も会場に入った。ノリオさんは格闘技経験者らしかった。ノリオさんは、私が素人であることを考慮し、覚えておくべき最低限のことを教えてくれた。疲れない殴り方、マウスピースを付けた状態での呼吸方法、ヘッドギアを付けている状態での視界の狭さなどだ。

古賀さんも、本番のリングの上で簡単なスパーリングをしてくれた。リングに上がるのも初めてだし、スパーリングも初めてだ。短い練習だったけれど、私にとってはとても価値のあるものだった。

選手ミーティングで、安全上の諸注意を受ける。HATASHIAIは安全面に最大限の配慮をしているようで、いくつかの確認をされた。また、レフリーは日本のプロボクシングで上位ランクを経験した人であるらしかった。リングナースさんも3人体制だ。

そもそもひどいことになる前にレフリーさんが止めるのだろうし、何かあってもナースさんがいる。それほど大きなイベントではないのに、意外ときちんとしている。

19時になり、第一試合が開始された。私の試合は、全7試合中の6試合目だ。

気がはやる。今すぐやらせてくれ、という気持ちになる。他の人の試合も面白いのだろうけれど、それを見る精神的余裕がない。私は所在なく会場をウロウロと歩いたり、アップのようなものをしたり、ノリオさんたちと話したりして過ごした。

そして、私の試合の時間が来た。

試合

試合の実況は怪盗銀次郎さんと古賀さんが担当していた。

怪盗銀次郎さんが、湯川さんの名前をコールする。湯川さんは、鉄格子の入り口に立って、何やら精神統一のようなものをしているらしかった。少しの間を置き、湯川さんはリングに入った。そのまま、自然な流れでパンチを打つ動作をした。湯川さんはこの場に慣れている、ということがよくわかる光景だった。

湯川さんの肉体は鍛え抜かれていた。脂肪が一切無いように見えた。

そして、私の名前が呼ばれた。とにかくやるしかない、という気持ちでリングに入る。どういう仕草をすればよいのかわからない。名前のコールに応えるつもりで片手を上げ、頭を下げた。

土橋さん、呼吸が浅くなってるよ、とノリオさんが叫んだ。慣れないマウスピースをしているせいもあり、私は緊張しているようだ。意識的に深呼吸をする。

レフリーが湯川さんと私をリング中央に呼び、最後のルール確認のために話す。キックボクシングルール、肘と膝はナシ。他にも何か話していたと思うのだけれど、よく覚えていない。

説明が終わり、湯川さんと私は鉄格子の両端に移動した。そして、ゴングが鳴った。

ボクシングやキックボクシングでは、ゴングの後、最初にお互いの片手を突き出し、グローブを軽く擦り合わせるのがマナーであるらしかった。しかしそれはマナーであってルールではない。

私は、グローブを合わせた直後、湯川さんに殴りかかった。手応えがあった、ような気がする。衝撃は手に感じた。しかし、どのくらいの衝撃が手に伝わったら十分に良いパンチなのか、さっぱりわからない。

ブンブンと手を振り回す。何回か当たったようだった。しかし、こちらが殴りかかると、必ず湯川さんのパンチが飛んできて、確実に私に当たった。私のパンチは当たったり当たらなかったりだ。

↓赤いのが私

ゆかりさんが動画を撮ってくれていた。


長期戦になればこちらが不利だ。だから、とにかく攻めるしかない。しかし、こちらがパンチを打つたびに、湯川さんのパンチが何倍にもなって返ってきた。

防御の型もノリオさんから教わったはずだが、その型を取ることができない。ガードしても、そのガードの上からガンガン攻められるだけのようにも感じた。

私の思考の速さは、湯川さんのパンチの速さよりも遅いようだった。だから、何も考えずに殴り続けた。しかし殴りかかれば殴りかかるほど湯川さんのパンチが私に当たる。私は押され、鉄格子を背にしてボコボコにされ、ダウンを取られた。

レフリーが湯川さんを引き剥がし、私の方を向いてカウントを始める。まだ、私の身体は大丈夫そうだった。

しかし、こんなのどうすりゃいいんだよ、というのが率直な感想だった。攻めればパンチが飛んでくるし、守ったところで避けきれそうにも思えない。

ノリオさんが、深呼吸して、と叫ぶのが聞こえた。10カウントを数えてくれている時間は、ゆっくり呼吸ができる貴重な時間だ。ノリオさんの声で我に返り、意識的に深い呼吸をした。

カウントが7まで来たところでファイティングポーズを取り、続行の意思を示す。

考えがまとまらないまま試合が再開された。試合再開直後は、こちらの体勢が崩れていない。殴りかかるには絶好の機会だ。私はまた手をブンブン振り回した。何回か湯川さんに当たったが、やはり何倍にもなってパンチが返ってきた。

構わず殴り続けようとしても、殴られてダメージを受けると身体が思うように動かなくなる。打つ回数が減っていった。

もしかしたら、本能レベルで恐怖を感じていて、打つことが怖くなっていたのかもしれない。無数のパンチが飛んできて、私はなすすべなく、また鉄格子際に追い込まれた。そのまま2度目のダウンを取られた。

レフリーが私に向き、カウントを始める。深呼吸をする。まだやれる。しかし勝てる気はしない。このまま殴り続けたら、何か展開に変化はあるのだろうか。でも、とにかく続けたい。2ラウンドまで行きたい。

試合再開直後、拍子木を叩くような、カンカン、という乾いた音を聞いた。たぶん1ラウンド目がもうすぐ終わるのだ。試合再開後も、私のパンチは当たったが、パンチを出し続けていくうちに私は押されていった。ヤバい、と思った瞬間、クリンチに逃れた。クリンチを引き剥がされたところで、1ラウンド目が終わった。

派手な音楽とともにラウンドガールの人たちがリングに入り、スポンサーのフリップ広告を見せる。

それに続いてノリオさんがリングに上ってくれて、私に水を飲ませた。

↓灰色のパーカーがノリオさん

この時も、呼吸が浅くなっている、と言われたと思う。確かにその通りだった。水を飲み込んだ後、深呼吸を繰り返した。ヘッドギアもズレていたので、レフリーに直してもらった。

どうやっても勝てる気がしない。やはりブンブン振り回すしかない。ラッキーパンチが当たることを祈るのみだ。

レフリーが私と湯川さんに、鉄格子の隅まで行くように指示する。2ラウンド目の開始だ。

ゴングが鳴った。まず私が殴りかかる。湯川さんはそれをかわして、ラッシュをかけた。一瞬のうちに何十発ものパンチを受けた感覚だった。私はなすすべなく倒れ込み、ダウンを取られた。3回目のダウンだ。

レフリーがカウントを始める。そういえば、ダウンって何回までできるんだっけ。ともかく、カウントをしているということは、立てばまだやれるということのようだ。

立ち上がって、ファイティングポーズを取る。レフリーから、まだやれますか、と聞かれた。やります、と答える。

試合再開となって、私はまた手をブンブンと振り回した。たまに当たるけれど、ほとんど当たらない。

次第に、湯川さんは苦笑いを浮かべた。湯川さんの胸中はよくわからないが、ド素人でヘタクソのくせにずいぶん振り回してくるヤツだな、と思ったのかもしれない。

少しの間を置いて、湯川さんは、また真剣な顔になり、ガードを下げ、自身の左足脇をグローブで叩いた。ここを蹴ってみろ、ということだ。私は目一杯蹴った。

次に湯川さんは、自身の右頬を叩いた。ハイキックで当ててみろ、ということだ。私は蹴ったが、顔まで足が上がらない。私の蹴りは湯川さんの腰辺りに弱く当たった。私は身体が思うように動かず、よろめいた。

湯川さんは、もっと打ってこい、と促した。私は湯川さんの顔めがけてパンチを出した。5発か6発打ったが、半分くらいしか当たらなかった。

この時、湯川さんはノーガードで、しかも全く動いていない。動いていない湯川さんにパンチを出しているのに、半分しか当たらない。私が弱っているのは明らかだった。

私がパンチを出し終えたのを確認したあと、湯川さんは私を倒しにかかった。ほんの3秒ほどの間に、目一杯のキックを連続で5発か6発。私の身体は全く動かなくなっていた。何も抵抗ができない。その様子を見たレフリーが割って入った。TKOだ。終了のゴングが鳴った。

勝者インタビュー、敗者インタビューが終わり、リングから降りた。セコンドをしてくれたアソ部の3人が迎えてくれた。

試合が終わった私は、気分が高揚していて、なんだか楽しかった。痛みはあまり感じていなかった。たぶん、脳内にアドレナリンがたくさん出ていたのだろうと思う。

メインイベントの蔵人さんの試合が終わり、HATASHIAIは盛況のうちに幕を下ろした。蔵人さんにお礼を言いに行った。

「土橋さん、良かったっすよ!あれこそがHATASHIAIですよ!!」

本当ですか。ちゃんと見れる試合になってました?

「プロじゃあんなの見れないですからね!ああいうのをやるためにHATASHIAIがあるんです!」

お世辞混じりかもしれないけど、ともかくそう言ってくれた。蔵人さんと握手を交わした。

他の選手の人たちや、運営の古賀さん、小此木さんも同じようなことを言ってくれた。私の試合は、HATASHIAIとして意味のあるものだったようだ。それを聞いて安堵した。

HATASHIAIは21時で終了したが、その後も会場はバーとして開放されていた。私は湯川さんとソフトドリンクを飲みながら少し会話した。湯川さんは旅をしながらリモートでたくさんの仕事をしているらしかった。フリーランスになったばかりの私としては、湯川さんの働き方はとても新鮮に感じた。

会場には湯川さんの登山仲間が20人ほど来ていた。それだけ人望があるのだろう。格闘技も強くて仕事もできて、友人もたくさんいる。この人は本当にすごい人だ、と心の底から感じることができた。

この人に負けたのならしょうがない。負けたけれど、私は何発か、この人にパンチを入れた。多少は誇ってもいいかもしれない。

帰り道

湯川さんと、そのお仲間とも別れ、家路についた。ひとりで渋谷駅から電車に乗る。

電車の中の私は、ずっとニヤニヤしていた。電車に乗った頃にはアドレナリンが切れていたらしく、身体じゅう痛かった。しかし、爽快な気分だった。殴り合うのって、こんなに楽しいものだったのか。あんなにもボコボコにされたのに、楽しさだけを感じていた。

顔を腫らしながらニヤニヤするおっさんの姿は、電車の乗客の人たちから見たら、やはり、気味が悪かっただろう。

これからどうするか

そして、これからどうしようか、と考えた。憂さ晴らしは終わった。これから何をするかを考えなければならない。

私は、それまでの自分があまりにも悲観的だったことに気付いた。私の仕事は、確かにまだ、世の中を動かしていない。でも、全てが終わったわけではない。

殴り合って負けても、命があれば次の戦いを挑める。

瞬殺できなくても、次のラウンドがある。試合に負けても、次の試合がある。

私は、一連の仕事を細々と続けていくことに決めた。企業が出しているたくさんの違法広告を、デジタルタトゥーとして刻み続ける。

私ひとりでは、社会にインパクトは出せないだろう。でも、このデータに興味を持つ人はいる。実際に、NHKさんとサイゾーさんは動いてくれた。協力者が現れる可能性も、ゼロではないだろう。

そもそも仕事ってそういうものだ。勝つのが確実なら、それは仕事にならない。不確実だからこそ、それが仕事になる。

気長に他の仕事もやりながら、そしてたまに気晴らししながら、地道にやっていく。気晴らしには、またHATASHIAIを使わせてもらうつもりだ。

<終わり>

↓HATASHIAI公式Facebookページ

↓HATASHIAIの無料動画はこちら
https://youtu.be/9VV88AC2GPk?t=3913
※動画の途中から再生するようになっているが、これでOK。これより前は準備中の時間帯。

↓HATASHIAIの高画質な動画を見たい方はこちら(有料):

※上記リンクはやわラボさんがライブ配信したもの。その上のYouTubeと同じイベントの動画だがカメラアングルが違う。ライブ配信でこのクオリティを出せる技術者集団は、たぶんやわラボさんの他に存在しない。録画編集したものではなく、ライブ配信だということを頭に入れて見て頂きたい。技術の高さがわかると思う。

ノリオさん主催のアソ部:
たぶんツイッターでハッシュタグ #アソ部 を追うとよい。


私がインタビューを受けた月刊サイゾー:
↓紙媒体の購入

↓kindle ※単品買いなら783円、Kindle Unlimitedならタダで読めます。

↓私のインタビュー部分のみが100円で単品売りもされています。月刊サイゾーさんのnote。


おしまい。

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スキして頂ければ充分幸せでございます!!

スキありがとうございます。今日も頑張ってドヤります!!!
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kazuo dobashi

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