どういう時に泣きますか?

自分は泣くことがほとんどない。というか、大人になると人前で泣くこと機会ってそんなになくないですか? ないよね? そんなことない?

例えば仕事で人から怒られたり、辛辣なことを言われて、今にも泣きそうな情けない顔をすることはあるが(って、めちゃくちゃかっこ悪いエピソードだな)、とはいえ「泣く」ってことはない。

たまに人が死ぬような映画をみて、もう力技みたいなエネルギーで涙することはたまにある。しかし、観終わった後で「あんなベタな展開で泣くなんて......」と、なんだか認めなくないような気分になるのもいつものパターンだ。そして決まって「泣くなんてのはただの生理現象だ。スイッチを押したら水門が開いて水が流れるようなもので、別に本当に心動いているわけじゃないんだ」と言い訳がましく、自分に言い聞かせる。

ある程度大人になってから、ハラハラと泣いてしまった経験がある。未だに強く記憶に残っているので、相当に衝撃的な出来事だったのだろう。ここまで書いて、そういえば以前もnoteに書いたかも、と思いながらも書いてしまう。

それは、新卒一年目の頃、会社で事実上の「リストラ」を言い渡された時だ。会社の業績が悪くなって、大量のリストラをせざるを得ない状況になった。リストラ候補者は上長と何度も面接をさせられて、自分から「退職」を願い出るまでそれは続く。残酷な仕打ちである。

僕は2回目くらいの打ち合わせの時に「これはもしや、自分はリストラ対象では?」と気づいてしまった。まあ、勘のいい人間なら最初の面接で気づくのだろうけど。いくら「続けたいです」「やる気あります」といっても、彼らは満足な顔をしない。「ぶっちゃけ、自分どうなんですか?」とラチがあかないので思い切って聞いて見たら「残念だが......お前をこの会社に残すわけにはいかない」という正直な意見が転がり出てきた。ドラマのようだけど、これ本当の話である。

そして、自分が涙を流していることに気づいた。不思議なことに「悲しい」とかそういう感情ではなく、もうどうしようもなく涙が出てきたという印象があった。泣いているのに、どこか冷静な自分もいた。この涙はなんだ。うわ、ダサい! なんで泣いてるんだ、俺!という感じ。しかし、涙は止まらない。リストラを言い渡されて悔しくて悲しくて泣いてる新卒一年目って感じの図ができあがっていた。

ダウンタウンのまっちゃん(今や保守系のご意見番みたいなクソになってしまったが)が昔、本で書いていたんだけど、長年つとめていた番組が終わることになって、最終回で思わず涙をしてしまったのだという。しかし、その時涙したのは、決して悲しかったのではなく、最終回のクライマックスという場面になって周りを見渡した時に、頭の中にこれからどんどん周りの状況が変わっていくんだという想いが去来して、それで泣いてしまったのだという。意味がわからないかもしれないが、この話が自分的に結構しっくりときて未だにおぼえている。終わることの悲しさとかではなく、変わりゆく現在を予感した時、実感した時に、人はとめどなく涙するんだなあ、あの時の涙もそういうことなんだなあと、そういう理解をしている。

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小野 和哉

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