【書評】『僕の人生全て売ります』ジョン・フレイヤー

ふと「そういえば、あんな面白い本があったな」と思い出したタイトルがあり、ネットで検索したら数年前に書いた自分の書評が出てきた。歳月が経つと、まるで違う人が書いた文章のような違和感を感じる。ともかく、いまの時代に読んでも面白い本だと思うで、ぜひチェックしてほしい。

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出勤前に部屋を見渡していたら、とある懐かしい本が床に転がっていた。なにかのきっかけで押し入れから出てきたらしい。『僕の人生全て売ります』ジョン・フレイヤー。なにやら不吉な予感を抱かせるタイトルだが、発売してから8年、数度の引っ越しを経てまだ僕の手元に残っているお気に入りの一冊だ。

僕が持っている本書の表紙の帯には2ちゃんねるのアスキーアートがあしらわれている。もちろん原著にはないデザインであろうが、この本が発売された2005年当時、日本では2ちゃんねる発祥のアキバ系オタクを主役としたシンデレラストーリー『電車男』が大流行の時期で、アンダーグラウンドだったインターネットの世界がムクムクと頭をもたげて一般化していった過渡期であったと記憶している。mixiが浸透しはじめたのもこの頃からだったろうか。

インターネットの可能性に注目が集まる社会的空気にまとわれてこの本も登場した。「僕の人生全て売ります」という日本語タイトルは、アメリカのとある大学の研究員の男が、eBayというオークションサイトですべての所有物を売っぱらってしまうというバカげた試みを表現したものだ。灰皿やキーホルダーにはじまり、入れ歯や何の役にも立ちそうにないコンクリートブロック、自身が手がけたミニコミ、はたまた使いかけの洗浄液まで!(もっとも洗浄液は最後まで買い手がつかなかったようだが……)。とにかく何でも出品してしまう、そして売れてしまうのだ。

本書の構成は著者が売りに出した商品の写真をカタログ形式で掲載するというもの。それぞれの商品の来歴、そして商品が売れた後の行方も丁寧に書かれている。これが読んでいてすこぶる楽しい。どんなつまらない商品でも、エピソードが語れることで魔法がかかったかのように魅力的な商品となる。オークションの落札者は、有り体の言い方をすれば、そのマテリアルに付随する著者の物語も込みで商品を買ったということだろう。それは単に物を入手したという以上の特別な体験だ。ただの読者である自分も、本を読んで行くうちに不思議なトリップ感を味わう。別に旅の本でもないのに、この感覚は面白い。

人によっては本書をとてもメッセージ性の強い作品だと感じることもあるだろう。どんなつまらない物にも物語は宿る。だから物を大切にしよう。そういうことだろうか。著者はこの暴挙に至った理由として、部屋にあふれる荷物を見てすべてをリセットしたいという衝動に駆られた、というようなことを述べている。大切な物ならキレイに整理して、棚に並べておけばいい。しかし、ジョン・フレイヤーはすべてを売り払ってクリアにした。そして新しい街に引っ越した(旅立った)のだ。ここからいろいろな意味を読み取れるだろう。

僕も人生において様々な物を所有し、様々な物を手放してきた。最近はどちらかというと、所有を減らしたいという方向に傾いている。荷物を減らしてできるだけシンプルに生きたい(そんなことを言いながら、引っ越したばかりの部屋も随分散らかってきているのだけど)。そんななかでも手放せない物がある。この本もまだしばらくは手元に残ることになりそうだ。

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小野 和哉

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