消えゆくレンタルビデオ店に対する、ごく個人的な回想と稚拙な考察

レンタルビデオ屋の思い出という趣旨の記事を読んで、あー!と色々な思い出が去来した。

アメリカではNetflixなどの動画配信サービスの普及で、レンタルビデオ屋が苦境に立たされているらしい。日本ではどうだろうか。自宅から駅に向かう途中、小さなGEOがあるのだが、賑わっているというほどではないが、まあまあの客の出入りという印象はある。しかし店頭ののぼりに書かれてた「レンタル1本100円」の文句には毎度驚かされる。随分と安くなったものだ。うろ覚えの記憶では、安くても300円くらいはしなかったっけ。いずれにせよ、レンタルビデオ屋の劣勢ぶりはここ日本でも対岸の火というわけではないだろう。

今年で33歳の私は、生まれた頃からレンタルビデオカルチャーが身近にある世代である。TSUTAYAやGEOなどの大手が今ほど幅を利かせていなくて、どの街にもローカルな個人経営風のお店が存在していた。実家近くの商店街には「ニンジン屋」という店舗があって、そこで何度かCDをレンタルした記憶がある。記憶が確実なのは鈴木あみの「BE TOGETHER」。

小学校の頃か、中学校の頃か、なぜだか私はテレビやラジオから聞かれてきたその曲に夢中になり、レンタルしてまで前のめりで聴いていたのだ。また、Dragon Ashの「I LOVE HIP HOP」という曲をこの店で流れるBGMとして聴いたことを強烈に覚えている。僕らの世代がヒップホップなるものに触れた原体験として、Dragon Ashの存在は無視できないはずだ、と個人的には思っている。

自分でも覚えていないほど昔の体験まで遡ると、大学生の頃に母親に聞かされたところでは、幼い頃の私は家族でレンタルビデオ屋に入ると真っ先にアダルトビデオコーナーに駆けていったらしい。そんな話を聞かされて随分きまりの悪い思いをしたものだが、昔っからこのスケベ心は変わっていないようだ。

より能動的にレンタルを利用するようになったのは高校生になってからだ。最寄駅の近くにある「タワー」というビデオ屋によく通った。10代の僕にとってタワーレコードといえば、この地元のタワーだった。中学生の頃に買ってもらったラジカセきっかけで音楽にのめり込むようになり、当時録音メディアとして主流となっていたMDに、タワーで借りたCDを片っ端からコピーしていった。ある時、「SEX PISTOLS」という奇妙な名前に惹かれてバンドの「KISS THIS」というベスト盤を借り、そこからパンクに目覚めていった。流行っていたメロコアの音源も充実していたので、オールドスクールなものから、当世のバンドまで、パンク文化をこの店で色々と学ばせてもらった。

大学生となり、アダルトビデオが借りれるようになった。八王子の大学の近くのアパートに下宿していたのであるが、駅の近くに「むさしの」というレンタルビデオ屋があり、そこで私はAV童貞を卒業したのだ。

今でもよく覚えている。初めて会員証を作りにいった日は、ちょうど「レンタル1本100円セール」で、高揚感も手伝って一気に8本くらい借りてしまった。バカである。当然一週間で8本も観れるわけもなく、2本ほど目を通して満足してしまったが、大学4年で下宿を離れるまで幾度となくお世話になったものだ。スーパーマーケットでのバイトの先輩に18禁コーナーで鉢合わせたこともある。居心地のわるい笑顔を浮かべながら、言葉に詰まった先輩が「いいところで会ったね」となんだかよくわからないことを言っていたのを思い出す。

もちろん、アダルト以外のビデオも借りていたし、CDも随分借りた。大学生のありがちな「映画観るのかっこいい」文化に多分にもれず私も毒されていて、ミニシアターに足を運ぶだけでなく、黒澤明やらゴダールやら、テレビでは放映されないような映画も盛んにレンタルして観ていた。音楽はパンクから、日本のロックへと関心が移り、60〜70年代のものや、ナンバーガールなどの最新のオルタナティブロックにもこの場所で出会った。もっとマニアックな音楽には、都内のレコード屋に通ったり、ネット通販で音源を取り寄せたりして出会っていたが、気軽に手軽に幅広い分野の音楽に触れられる場所としてレンタルビデオ屋は機能していたのだ。

ところで、この時期、メディアはビデオテープからDVDに移行する過渡期ではなかっただろうか。下宿に備え付けのテレビデオで(懐かしい......)ビデオを観た記憶もあるし、パソコンでDVDを鑑賞した記憶もある。

社会人になってから、印象に残っているレンタルビデオ屋は2軒ある。一つは笹塚の「ピープル」という店である。雑居ビルの二階の小狭いスペースで運営していて、しかしてマニアにはよく知られたお店であったらしい。

なんで知っているかというと、学生の頃のバイト先(本の雑誌社という出版社、現在は神保町に移っている)に向かう途中、この店があったのだ。そのバイト先には最初に勤めた会社を辞めて半年ほど無職期間を過ごしていた時期にも復帰させていただき大変お世話になったのであるが、店の窓に張り出されていた手書きと思しき店主のコメントが面白く(店主?一押しの作品をプッシュするコメントなのだが、個人的見解がモロ出しになった異常な雰囲気を醸し出していた)、ずっと気になっていた。バイトの同僚と一緒に町田康だか関連のビデオを借りるために、一度だけ店内に入ったこともある。体感的には四畳半くらいの狭い空間にビデオをがうず高く積まれていた光景が思い出される。ある時、「ピープルが閉店するらしい」という噂が流れた。見に行くと、店の窓には「バイバイ」という張り紙があった。ここら辺の記憶は私の中でいくらか誇張されているかもしれないが、それほどユニークなお店だった。

もう一つ、無職の頃によく通ったのが神保町の「ジャニス」だ。知る人ぞ知るレンタルレコード屋だと思う。そう、ビデオではなく音楽を主体にした老舗のレンタルだ。

http://www.janis-cd.com/

とにかくマニアックすぎる品揃えが売りで、CDだけでなく、レコードも借りることができた。またまた町田康なのであるが、この店でINUの「牛若丸なめとったらどついたるぞ」を借りれた時は本当に嬉しかった。レコード屋ではたまに見かけるのだが、最低でも1万円を出さなければ聴けない音源だったので。発売当時(80年代)から脈々と受け継がれているであろう利用者カードのようなものがレコードに付されていて、作品に対する様々な感想が手書きで書かれていたのには衝撃を受けた。マニアな作品では、くるりのインディーズ盤「もしもし」も借りれることができたし、当時流行っていたポストロック系の音源も国内海外問わず、豊富に揃っていた。バイト帰りにこの店に通うのが本当に楽しみだった。場所は少し移動したようだが、ジャニスは現在でも(2018年7月)営業されている。僕が本格的にレンタル系のお店を利用していたのがジャニスが最後である。

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なぜ、レンタルビデオ屋を利用しなくなったのか。この原因に関しては火を見るより明らかがであろうが、考えてみると、やはり週一回、お店に足を運んで返さなくてはいけないというめんどくささは、いかんともしがたい(今では郵送したり、ポストに投函したり、昔よりも返却システムはより手軽になっているであろうが)。

動画配信の存在ももちろん大きい。僕はiPodを使うようになって、その流れからiTunes Storeを利用するようになり、以降映画を配信で視聴するようになった。CDも最初はジャケット(モノ)がない配信音源には抵抗があったが、聴きたい時に深夜でもサクッと購入できる手軽さから、どんどん躊躇なく利用するようになっていった。むしろ、大量のCDを自宅で保管すること自体がわずらわしくなってきた。大学の頃からレコードも聴くようになったので、モノとして手元に置いておきたい音源はレコードで購入するようになった。パソコンからディスクのドライブが消え、CDという存在はどんどん遠のいていっている。

レンタルビデオ屋は、NetflixやApple Musicなどのサブスクリプションサービスにどんどん置き換わっていっている。はじめに紹介された記事によれば米国のレンタルサービスの最大の競合は、やはりNetflixだったようだ。僕自身もNetflixやAmazon Primeなどに登録している。盛んにコンテンツを視聴しているわけではないが、話題の作品はたまに目を通している。映画に関して言えば、圧倒的に映画館に通うようになったと思う。多少、お金がかかっても、あの映画館の大きなスクリーンを前に、ゆったりとシートに腰を沈めながら、コーラやポップコーンを手に映画を楽しむ、そういった体験を含めて映画を楽しむようになった。背景にあるのは動画配信サービスで映画が「いつでもどこでも楽しめるモノ」と体験ハードルが下がったことである。自宅で見る映画の価値が下がったことで、むしろ時間とおかけをかけて楽しむシアターでの映画鑑賞の娯楽価値が高まった。

ごく個人的にはYouTubeの登場が大きかった。僕にとってのレンタル店の利用目的は、最終的には「よりマニアックな、尖った作品に触れる場所」となっていった。つまりそれはジャニスの存在なのであるが、YouTubeが現れると、マニアックな音源や映像が違法で大量にアップロードされるようになった。昔は、海外の昔のパンクバンドの映像を見るために、通販サイトからブートレグも甚だしい中身がよくわからない怪しいコンピビデオを5000円くらいで購入してこっそり視聴していたものだが、そんなレアな映像がYouTubeにはゴロゴロ存在している。80年代のニューヨークハードコアの代表格で、そのアルバムタイトルが現ZOZOの旧社名「START TODAY」にも引用されたGORILLA BISCUITSというバンド、僕は高校生の頃からこのバンドが大好きなのであるが、彼らの実際の動いている映像をYouTubeで観れた時は、本当にションベンちびるほど嬉しかったものだ。もちろん、いずれもほとんどが違法でアップロードされた作品なので決して褒められたものではないのであるが、最近ではApple Musicでもそれなりにマニアックなアーティストの作品がラインナップされるようになっているので、現在ではほとんどApple Musicで済ませている。

レンタル店と配信サービスを対立的な構図で見てしまっているのが、考えてみればどちらも「所有しない」ことでは一致している。レンタルビデオ屋でビデオを借りるときに、そのビデオテープそのものに愛着があったりするだろうか。そうではなく、あくまで目的はビデオの中身そのもの、ソフトの部分である。そもそもレンタルする作品にはジャケットは付いてこないし、借りるのはむき出しのただのテープか円盤で、さらに一週間でそのビデオとはサヨナラだ。ビデオに関して言えば、DVDが登場するまで、ビデオ作品は鬼のように高価で、そもそも映画を自宅で所有することなど(録画したり、ダビングした作品は別として)一般的なことではなかったような気もする。ただ、「所有しない」という価値観は昔とは段違いだろう。レンタルビデオ屋について考える上で、シェアリングサービスが台頭する中で、僕はこの「所有しない」とはなんなのか、ということに一番興味があるし、これからも考え続けたいテーマではある。

最後に、記事から下のコメントを引用しよう。

「金曜や土曜の夜にお店に行って映画を借りるのが楽しかった。あの頃のことを、みんな今でも覚えています。今でも、週末にお店を訪れると楽しい気持ちになりますよ。」

ノスタルジーに満ちた一文である。なんだか10年後には古いレンタルビデオ屋を舞台にした映画が生まれそうではないか。

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小野 和哉

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