紗を重ね

みんなで連続小説 Advent Calendar 2014、15日目。はるとさんからのつづきです。


仕事を区切り給湯室へ足を向ける。今日はデータ整理が主で人と打ち合わせることがなくてよかった。泣きはらした目が腫れぼったい。
たどり着いた給湯室、お目当ての氷を小さな冷凍庫から取り出し、ハンカチに包んで瞼に当てた。冷やされていく瞳と連動して心までスッキリしていく気がする。

(悪いことしたな……)

思い出すのは昨日のこと。
自分でもみっともないくらいに泣いて泣いて、かけられた言葉に甘えて1人じゃない夜を過ごした。1人にならなくてよかったと思う。あの状態で1人になったとして、今日を無事に過ごせたか怪しい。
現金なものだ。
弱い時に優しくされて、甘えるだなんて。
小さくなった氷をシンクへと落とし、ポケットから取り出したコンパクトミラーで顔の状態を確認する。
幾分かましになった瞼と落ち着いた表情が映しだされ、もう一度現金なものだと、今度は声に出して呟いた。

さて、せっかく給湯室に来たのだ。飲み物でも丁寧に淹れてやるか、と、らしくもない気持ちになり備え付けのケトルへと水を入れる。これまた備え付けのIHコンロへセットして、戸棚に並べられたモノたちへ視線をやった。
コーヒーか、紅茶か……水色の紅茶缶が目について、紅茶にすることに決定。
水の色、薄青いインビテーション。ジャズの音色と、ユウの姿、エリの声。そして、圭一。
ユウのことを思い出しても、引っ越した当初の辛さはなくなっている。
大丈夫だよと告げたほうがいいだろうか。
何に対して?
彼に、それとも自分の気持に。
強がりじゃないのか。
旅立つ彼へのはなむけか。
猫とレッサーパンダの線が踊る。

「亜矢さん休憩ですかー?」

取り留めのない思考はかけられた同僚の声に霧散していった。お湯の湧きはじめる音に瞬きして扉の方へ振り返る。

「紅茶淹れるけど要る?」
「嬉しい!煙草じゃないなんて珍しいですね」
「ん、まあね」

扉から顔だけ覗かせた彼女、ミヤの片手には小さなラッピングの袋。視線の先を感じ取ったのか彼女が誇らしげに袋を掲げた。

「少し早いクリスマスプレゼントに貰ったんです。美味しいって評判のクッキー。ねだって買ってもらっちゃいました」

屈託なく笑うミヤの、無邪気なところが可愛いと思う。引っ越した直後の私なら、無性に苛ついて八つ当たりしていたかもしれない。いや、八つ当たりしたくなる自分を抑えこんで、タバコの本数が増える方が先か。なんにしたってこんなに落ち着いては居られない。

「社内恋愛は青春だねー」
「そんなんじゃないですって。クッキーいらないんです?」
「くれるつもりだったの」
「見せびらかして終わりなんてしませんよ」
「うそうそ。ありがたくいただきます」
「よろしい」

***

思いがけず得られた紅茶のお供は、彼女がねだるのも頷けるほど美味しかった。
教えてもらった店舗は偶然にも引越し先から近く、帰り際に寄ってみると売り切れギリギリの個数がバスケットの中に鎮座していた。

「すみません、この小袋を――3つ」

思い返せばエリにも圭一にも迷惑ばかりかけている。お礼とごめんなさいの気持ちに、このクッキーはぴったりだと思えた。

それから、ユウにも。

クッキーの儚さと甘さと少しの歯ごたえは、ユウのつかみ所のない優しさを連想させる。
レセプションには、きっとユウも来るのだろう。それが自然だ。渡せるかはわからないけれど、手元に何かを用意しておきたかった。

知らず下がった目線がショーウィンドウ内のケーキを見つめているのに店員が気づき、もう店じまいだから安くしますよと声をかけてくる。別に買おうと思って見ていたわけではないのだけれど、このまま廃棄されてしまうのはもったいない気がして残りの2つを買っていた。

(生菓子……)

さすがに今日中に2つ食べるのは、なあ、なんて、買ってから後悔しても仕方ない。
どうしようか、少し迷って、アドレス帳から圭一の連絡先を呼び出した。


明日は ChibaReimi@rechiba3 さんです!正座待機

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