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軸を持って学び続ける

先日、at Will Work主催の「働き方を考えるカンファレンス2019」というイベントに参加した際に体験した、タニモクというワークショップの記事を書きました。

実はこのイベントではワークショップ以外にも非常にたくさんの講演があり、私もいくつか拝聴しました。今回はその中でも株式会社虎屋(羊羹で有名なあの和菓子屋さんです!!)の黒川社長の講演を聞いて感じたことを書いていきます。

(このイベントの講演はすべてグラフィックレコーディングで記録されており、それらはat Will WorkのFacebookページで公開されています。今回テーマにする黒川社長の講演のグラレコはこちらです。)


500年続く企業の叡智

今回の「働き方を考えるカンファレンス2019」のテーマは「働くをひも解く -これまでの100年、これからの100年を再考する-」というもので、「働き方改革」という流行りのバズワードに踊らされることなく、長い歴史を踏まえた巨視的視点に立ったうえで、改めて「働く」とはどういうことなのかを捉えなおそう、という意図がありました。

黒川社長の講演はこのイベントの最初を飾りました。虎屋は500年続いてきた企業であり、これは現在の世界経済の頂点に立つアメリカの国家としての歴史よりも遥かに長いものです。そんないわゆる「老舗」において「働く」ということがどういう風に捉えられてきたのかが、Business Insider Japanの滝川氏とのセッションで紐解かれていきました。

私自身は「老舗」がこういった新しい時代の働き方について考えるイベントに登壇すること自体がちょっと意外で驚きだったのですが、講演を全部聞き終わった今は、ご長寿企業が多い日本にいるからこそ考えることができて、世界に対して提示することができる、新たな働き方・生き方があることを感じました。それは一つの企業が500年も営みを続けるという実践の過程で蓄えられてきた叡智の結晶であり、人間の生き方や組織の本質を衝くようなものでした。


歳を重ねるほど柔軟になる

黒川社長の言葉でまず印象に残ったのは、「自分のこれまでの経歴を考えると今が一番柔軟性がある」というものでした。

人は往々にして、歳を取れば取るほど自分の思想が凝り固まっていき、頑固になっていきます。私の身の回りにもそんな歳のとり方をした大人はたくさんいました。

しかし、黒川社長はそうでないと言います。彼が語ったエピソードは次のようなものでした。

自分が若い頃、先代の社長(父親)が「和菓子の自動販売機を作ろう」というアイデアを出したのに対し、私は「和菓子の自販機なんてありえない」と反対した。ところが今は私が「和菓子の自販機を作ろう」と言っていて、息子に反対されている。

「和菓子の自販機」なんてなかなか突拍子もないアイデアが何十年も前から語られていたことにも驚きましたが、当時は「和菓子の自販機なんて」と頭ごなしに反対した現社長が今になってその新しい挑戦をしようとしているということは、彼はこの数十年の間に「和菓子の自販機なんてありえない」という固定観念を脱して、その可能性に目を見開くようになったということです。

ではいったい彼はどのようにしてよくいる大人のように固定観念に凝り固まらず、柔軟性をもってアイデアを考えることができるようになったのでしょうか。

学び続けることと軸を持つこと

彼はこの登壇でその答えを明確には語りませんでしたが、私は表題に掲げた「学び続けること」と「軸を持つこと」の2つを彼の話の中から感じることができました。

「学び続けること」というのは世界の情勢や人々の価値観は常に変わると捉えた上で、今の時代に人々がどのようなものを求めているのかを、しっかりと見つめ、感じ取り続けるということです。一例としてあげられていたのは、50年前は「豪華」で「速い」ことが価値であったのに対し、今は「自然」で「ゆっくり」なことが価値になっているという時代洞察です。実際、最近虎屋の新しい社屋を作った際にも、高層ビルを立ててテナント収入を見込むのではなく、若い人の意見を参考にしながらあえて低層にして、自分たちが和菓子とおもてなしの心ををお客様に提供することにこだわることのできるデザインにしたそうです。そこには最近の人々の価値観をきちんと観察した上で取り入れるという学びの力が働いています。

一方、「軸を持つこと」は変わりゆく時代の中でも変わらない大切なものを見極めて、それを大事にするということです。虎屋には500年の間に築き上げてきた文化・伝統・技術があり、それらはどれだけ時代や価値観が新しくなったとしても、リスペクトし続けなくては虎屋が虎屋であり続けることはできないのです。虎屋がその存在目的である美味しい和菓子をお客様に提供するためには、この文化をないがしろにしてはならないのです。


安定・着実を求める多くの人の受け皿となる

逆にこのような軸を持たずに「学び続ける」だけでも、時代の最先端を行くスタートアップ企業を作ることはできるかもしれません。もしそれが大衆に飽きられてしまったらまた違ったサービスでスタートアップを立ち上げればいい、そんなが考え方もあると思います。

しかしそんな時代だからこそ、虎屋のような「軸を持って学び続ける」企業(個人)が、重宝されるのかも知れない、と私は思います。というのも人間は程度の差はあれどこかで安定・着実を求めており、変わらない文化が存在することでその気持ちを掬い取ることができるからです。

実際、虎屋も堅い企業イメージがあることから、多くの社員が安定・着実を求めていると言っていました。黒川社長はそうした人々の思いを否定することなく、安定・着実な軸を持った上で学び続けているからこそ、500年続く企業を本当の意味で安定させられているのではないかと思いました。

それは今の自己を肯定しながら、少しずつ否定していくことと言ってもいいかも知れません。分断を起こす革命ではなく、少しずつ調和を深くしていく変化です。

軸を持ちながら学び続けること、変わらないものを持ちながら少しずつ変わっていくこと、というのは長寿企業の多い日本の得意分野ではないかと思います。これからはVUCAの時代だ、どんどん変化せよ、どんどん挑戦せよ、失敗を恐れるな、という声が強まっていく中、こういった企業のあり方を提示することは意義あることなのではないでしょうか。

【特別企画】一般社団法人at Will Work代表理事 松林大輔さんよりコメント


Keynoteの黒川 光博氏(株式会社虎屋 代表取締役社長)の講演について、とても深い考察をしてくださっていて、カンファレンスに参加できなかった方、やむなくこの時間には会場で聞けなかったという方にとっても、このkeynoteの主要メッセージを捉えていただける記事をありがとうございます。
歴史から学び、今の社会や企業を作った人々からその歴史を聞き、そして次の新しい世界をどうやって創っていくのか。
黒川社長の口から語られる内容は、働き方改革が目的ではなく、手段であることがわかりやすい内容でしたね。

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