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動物病院のカルテ ヒトにワクチン

「高志、知ってるか!?」
ニヤニヤしながら院長が声をかけてきた。
こんな時はたいてい嫌なことを言ってくるに決まっている。
「何ですか?」
なるべく尖った声にならないように気をつけながら、羽尾先生は一応聞いた。
「海外では獣医が人に、コロナウイルスのワクチンを打っているらしいぞ」
「あぁ、はい。そうらしいですね」
そのニュースは聞いたことがある。
なるべく早くワクチンを接種するために、医師の手だけではなく歯科医師や獣医師まで動員して、コロナウイルスの終息に努めているそうだ。
「日本でもそうなったら、お前も働いてみるといいんじゃないか?」
「それはぜひ協力したいです」
社会的に意義のあることだと思っているので、休みの日を返上してでも協力したいくらいだ。
「だろ!お前は人に注射するの得意だもんな!」

数日前、犬にワクチンを接種をしようとしたときのこと。
急に暴れたので、注射の針が看護師さんに刺さる、という事故があった。
「得意」とはそのことを言っているのだろう。
「はは、そうですね。人は暴れないでしょうし・・・」
羽尾先生はひきつりながらもなんとか笑った。

ー数日後ー
院長はこの日もニヤニヤしながら近づいてきた。
「高志、知ってるか!?」
「何ですか?」
「医師会の会長が、利権を守りたいから歯科医にも注射はさせたくないって表明したんだってよ!」
院長はまだニヤニヤしている。
「だから獣医がワクチン接種なんて、とてもじゃないが出番はないだろうな」
真面目な顔になってさらに付け加えた。
「せっかく練習してたっていうのにな、高志」

何もかもが嫌になる気持ちって、こういうものなんだな。
羽尾先生は愛想笑いを浮かべながら思った。
色々なことに色々な意味で、本当に・・・。


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