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飲まないお酒

数年前のある日、私はバーで飲んでいた。
その時は週末に一人で、ゆっくりとした時間を過ごしたかったのだ。
疲れた頭が心地よく痺れる感覚を味わいながら、客とバーテンダーの会話を聞くとは無しに聞いていた。
バーでは良くある話題で、カクテルについてのエピソードだった。
「マティーニを飲む人って信じられないですよね」
若いバーテンダーは言った。
「あれは強いから、普通バーテンダーは飲まないっすよ」
へぇー、そんなもんかね、と気の無さそうな返事をしながら、中年の客は綺麗な球形の氷と琥珀色のウイスキーが入ったロックグラスを、口元へ持って行った。
「それは無いだろう」
バーテンダーに対して、私は軽い嘲りのような物を憶えた。
当時の私は酔うためにお酒を飲んでいたのだから。

アルコールを摂らなくなった今は、バーテンダーが漏らした言葉の意味がよく分かる。
「お酒を飲んではダメだ」
あの時点でも、気付く事は可能なはずだった。
お酒のプロが、お酒を飲まない方が良いと言っているのだから。

いずれにしても、今はもう、私はお酒を飲まない。

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