枕草子は想像以上にすごかった。

「春はあけぼの〜」ではじまるのが有名な枕草子。
昨日はほぼ日の学校番外編で「たらればさん、SNSと枕草子を語る」というイベントへ行ってみた。

枕草子。記憶にあるのは、

中学校の授業でやったっけ?
枕草子・・といえば清少納言!

くらいで、全然なにも覚えていない。
そんなド素人の入り方からでも十分楽しめた濃密な時間だった。

枕草子は定子に捧げる鎮魂の書

枕草子は清少納言が仕えた定子(ていし)のために捧げた書だって知っていましたか?

お家騒動の真っただ中で悲劇の渦中にいた定子は、どん底な境地にありながらたびたび枕草子を読んで励まされていたそう。

2人の関係性は全文を読んでいないからよくわからないのだけど、作品の規模間からいって計り知れない絆があったんだと想像する。
320章段という壮大な文章を、当時まだ紙や、筆、硯が高価で希少だった時代に描き上げるなんて、そしてそれを後世に残そうと努力した人がいたおかげで今、生きたものとして1,000年経ってもこうやって味わえることにありがたさがこみあげてきた。
また、日本人独特の感受性や風土ならではの作品で、とても歴史と想いのこもった壮大な随筆だと思うと、感慨深い。

果たして、私はいま身近な大事な人のために何年もかけて書けるだろうか。
そんなくだらないことも考えた。


目にうつる情景を対比で描くテクニック

春はあけぼの・・
夏は夜・・
秋は夕暮れ・・
冬はつとめて・・

「目をつぶって聞いてみてください」と言われたので、聞いてみた。

すると、『色』が見えてきた。

春はあけぼの。
夏は夜。
秋は夕暮れ。
冬はつとめて。

季節ごとに情景がグラデーション⇒モノトーン⇒グラデーション⇒モノトーンと表現されている。
しかも、春⇒夏⇒秋⇒冬と対比している、という仕込みがあるというのだ。
文章とは、リズムや韻を踏むことでそれっぽくなるとばかり思っていたのだが、それをさらに上へ行く文章からみえる情景を想像させ、そこに飽きさせない対比というカラクリを入れるなんて。
これは明らかに読者を意識した遊びだろうと思った。そういう繊細な心遣いが文章の端々にあると思うと一気に読みたくなった。

たらればさんはこれを「前後参照の構文」と言っていた。

★★

最近、twitterでつぶやいたことがあって、


1,000年も前の人たちの生活を想像できないけど、きっと「ぼーっ」としている時間が多かったんだろうと思う。
でもただぼーっとしているのではなく、誰かのことを考え、短い文章にぎゅっと想いを込めて伝えていたと思うと、その時間は今のスキマ時間がない現代人に確実にすっぽり抜けている時間なんだろうなと思った。

今回のイベントで、当時のみずみずしく初々しい感性に触れることができたようでとてもうれしかった。

枕草子を学ぶ学校があったら行きたいなぁ


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