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百物語『いちばんこわいもの』

kean
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百物語『いちばんこわいもの』 #note百物語2017

――え、ああ、私の番ですか。
いやもう、皆さんのお話が怖くてね。耳を塞いじゃってました。
何しに来たんだっていうね、ほんと。

すいませんね、なんか。見た感じ若い人たちが多くて。
私らみたいないい歳のおじさんはあまり多くないみたいだ。
これ、どういうアレで召集されてるんだろう。なあ田中?

ああ、ごめんなさい。怖い話でしたね。怖い話。
うーん、実は私、そっち方面の体験はあまり縁がなくって。まあ幸せなことなんでしょうけど。
うーんん、どうしましょうね――ああ、そうだな。そんな大層な話じゃあないんですけど。

先週ね、会社の帰りにスーパーに、あ、まあこれは毎日寄ってるんですけどね。
そしたら通話アプリでメッセージが届きまして、まあこれもいつものことなんですけど。
内容はと言うとね。

「アイス 忘れず」

これだけですわ。はは、これ、Google検索とかじゃないですよ。私へのメッセージです。まったくねえ。
私はもう、この「命令」だけはいつも、何が何でも守るんですよ。だって忘れたらどんな目に遭うか!

そう、いつもこの「命令」を第一に考えてるんですけど…
ほら、アイスクリームって時間が経つと溶けるから、最後にカゴに入れるでしょ?
その間ね、私なりに良かれと思って、色々買い足すんです。

アイスが好きだけど、体が冷えすぎないように入浴剤を買ってやろうとか、
腰を痛がってるから、湿布を切らさないようにしてやろうとか、
たまにはちょっとお高めの食材を買ってやろうとかね。

そうすると、歳は取りたくないもんですね…ひとつやるとひとつ抜けちゃうと言うか。
絶対買おうと思ってたアイスクリームをうっかり買わずに帰ってしまったんです。
自分でも嫌になりますよ。ほんとに。
家のドアを開けた瞬間、ようやく思い出しましてね。大慌てでした。

これが、私が一番怖いもの。もう分かっちゃいましたかね。
そう、妻ですよ(笑)


――え?奥さんは3年前に亡くなってるだろうって?
何言ってるんだ田中。現に私はこうして毎日、妻からのメッセージを受け取っているじゃないか。

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