ヒョットコ星人との共存

ヒョットコ星人と我々地球人が共に暮らし始めてから、15年が過ぎた。

無数の宇宙船が突如として上空を覆ったあの時、
我々は皆「滅亡」を覚悟したものだった。
ひと目見れば、彼の星の科学力が地球文明の遥か上を行っていることが、
誰にでも分かったからだ。

一際大きな円形の船から降り立った先方の代表者はしかし、
至極丁寧な言葉を用い、申し訳なさそうな表情でこう言った。
「巨大な隕石によって母星が住めない環境になってしまいました。
 どうか、我々を地球に住まわせていただけないでしょうか。」

結論を出すまでに、我々が長い時間を要したことは言うまでもない。
各国代表による協議の論点は多岐に渡り、賛否は割れに割れたが、
結局、ひとつの事実が判断を下させた。
「地球文明を遥かに凌ぐ彼らが窮した時、
 どんな行動に出るか分からない。」
こうして彼の星~ヒョットコ星から来た人々との「共同生活」が始まった。

ヒョットコ星人は友好的な人種である。
我々が数か月間も協議している間、彼らは大気圏外に控え、
騒ぎひとつ起こさずに回答を待った。

人間に近い姿をしているが、体が欧米人よりもさらに大きく、
皆、筋骨隆々としている。
表情(と推測されるもの)が柔和で、愛嬌のある出身地名も手伝ってか、
地球人の多くは彼らを生活の中に快く受け入れた。

1億人という少なからぬ移住数に、当初は地球資源の
さらなる枯渇が問題視されたが、彼らは生存効率が良いらしく、
体格の割に食事量や消費資源が極端に少ないので、
じきにその話題は霧消した。

5年も経たぬ内に、彼らは地球人と完全に融和した。
あらゆる分野・職業にヒョットコ星人がいるのが当たり前になり、
誰も違和感を持たなくなった。

メディアに進出し始めたのも自然な流れだった。
何しろ体格が良く、全員が筋肉質で、柔和かつ端正な顔立ちをしている。
アクション俳優として絶大な人気を得る者や、
有力なインターネット放送局でMCを務める者も出始めた。
ヒョットコ星人だけで構成されたアイドルグループも誕生した。

彼らはまた、地球人の文化を共に理解できるほどの存在にもなった。
文学の世界から漫画・アニメまで、
地球人の創作物を当たり前に愛し、彼ら自身も創作した。
地球人が描いた漫画を元に同人活動をするヒョットコ星人、
またその逆も生まれた。
ヒョットコ星人を受け入れたことを後悔したり批判するような声は、
ほとんど出なかった。

10年が過ぎた頃だったろうか。そんな空気に濁りが生じ出した。
いや、ヒョットコ星人全体で大きな変化はなかったのだが、
地球人の生活に馴染むあまり、地球人同様に
「一定数の問題を起こす者」つまり犯罪者が出始めたのだ。

犯罪の発生数は人口の割合で言えば決して多くない。
むしろ地球人の方が犯罪比率は高いであろう。
しかし、自分達より二回りも大きく、筋力で圧倒的に勝り、
あらゆる科学の知識に長けた相手が犯罪者になり得ると知った我々は、
件数以上の恐怖を感じずにいられなくなってきた。

ちょうどその頃、ヒョットコ星人の間で
「飼育愛」というアニメが流行した。
元はネット上で公開していた漫画が人気となりアニメ化したものだ。
内容は、ヒョットコ星人が地球人を監禁し、体格差にまかせて
ひどい体罰(彼らは『調教』と表現している)をするが、
最終的には互いに惹かれ合い、幸せに暮らすというものだった。
このアニメの流行は、我々にさらなる恐怖を与えた。

我々から見れば、そうした表現の流布が
「地球人を虐げることは互いにとっての快楽になる」という
歪んだ認識を形成しかねないと感じた。
そうでないとしても、ヒョットコ星人の中で、
帰り道で後ろを歩いている者が、
エレベーターで同じ密室にいる者が、
もしくはごく身近にいる知人が、
そうした欲求を抱いているかもしれないと想像するだけで
我々にとっては恐怖の対象となる。

そうした指摘に対し、ヒョットコ星人の有識者が
公開するコメントは一貫していた。
「犯罪に走る者はあくまで一部であり、
 そういう者は何を見聞きしようが同じ行為をする。
 それをもって表現内容自体を問題視するのはナンセンスである。」

同じ頃、ヒョットコ星人による地球人へのボディタッチも
問題視され始めた。
職場で、街中で、乗り物の中で、地球人の体に触る者が後を絶たなかった。
触って逃げる者、抵抗がなければしつこく触り続ける者など、
パターンは様々だった。

彼らが性的嗜好でそういった行為をするわけでないことは分かっていた。
彼らには性別がなく、性的な快楽も存在しない。
つまり、地球人が嫌がることをすることで支配欲を満たすのが
主な目的と思われた。
これらのほとんどは、(主に地球人側の恐怖心から)犯罪として
立件されなかったが、我々の関係値に大きな影を落とし続けている。

これらの問題解決は容易ではない。各国首脳と協議を続ける中で、
・表現内容をチェックしたり、表現する場をゾーニングすること
・ボディタッチを明確に犯罪と位置付けること
・地球人専用のスペースを設けること
等を検討したが、いずれもヒョットコ星人の世論から
「危険な思想」「触られたぐらいで」「差別」といった
反論が浴びせられ頓挫した。

明確に自分達への悪意の芽が育ちつつあることを認識しながら
何もできない無力感と苛立ちが、私の心を支配した。

「ああ、おかえり。」
いつの間にか妻が帰宅していた。
ヒョットコ星アイドルグループのライブを観覧し、
打ち上げと称してヒョットコ星人スタッフと飲みに行っていたそうだ。
こんなに色んな問題が出ている中で、怖くないのだろうか?
私は呆れながら尋ねた。

「え??そりゃ怖い時もあるけど…」

「あの人たち地球人の1/50しかいないから、
 彼らが世の中を作ることは無いし。
 何より彼らには生殖能力がないでしょ。 
 最悪、殺されるだけで済むもの。」

彼女が戦ってきたものは私には想像もつかないが、
より絶望的な何かであったようだ。

(了)

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