育児とは...~初めてだから~

おやすみ🌃また明日ね✋

彼とそぅ言葉を交わすようになって
4月が来れば15年目となる。

約15年前4月8日に生まれた彼は本当に本当に優しい子に育ってくれた。

反抗期… 

確かにその年代だし、彼自身も心と体のバランスに悩んでいて苛立っている時がある。
が、彼の反抗期は4歳までに終えたのではないか❔❔と言う程凄まじかった。

 生後7日目に母子ともに退院。妊娠期間を殆ど入院していた私は、里帰りをし損ねてしまった。
体を少しずつ動かしながら里帰りせず、息子とのんびり過ごしてみよう。そぅ思った時には既に遅かった…

 何で泣いているのか分からない。
 授乳してお腹いっぱいなのに寝ない。
 やっと寝たと思ったら20分程で泣き出す。
 置くと泣くからずっと抱っこ。

まさかの。これが約半年続いた。
夜も長くて30分寝る泣くを繰り返す。こんなに寝ないのは母乳が足りていないの?昼夜逆転しているの?私が悪いの❔❔

悩んだ…
思っていた育児とは違う。

夜遅く仕事から帰ってきた夫に話すも
「そんなもんだろ」とゆっくり晩御飯を食べていた。

相談する相手もいない不安。
何か原因があるのではないかの恐怖。
そしてまた泣かれることへのストレス…

私は壊れかけていた。
そして、日々が過ぎ…

気づいたら抱っこしてソファーに腰かけて寝る術を覚え、抱っこひもに息子を入れ
話ながらご飯を作ったり洗濯干したり家事をこなせる様になった。歩行器に入れると私の後ろを喜んでついてきてくれた。
離乳食も楽しみながらできていた。
ただ、少しずつ出てくる息子のこだわりが気になっていた。

夫が休みの日は外に出掛けると夫が息子の面倒は見てくるので休みの日はとにかく出掛けた。
歩ける様になると息子は活発でチョロチョロしたりクルクル回ったり大声で叫ぶ様になった。

おかしいのかな

 そぅ思っていた矢先、言葉の遅い息子がお友達に突き飛ばしたり噛んだりする様になってしまった。外に出ると頭を下げる日々。何かしないか?と見張る日々。悩んでいた。
気がつけば妊娠期間に8キロ増えた体重から13キロ減っていた。

周りからは愛情不足だとか散々言われた。
何よりも辛かった言葉。
あなたが体外受精なんかして無理矢理作ったからこんな変わったのができたんじゃないの❓️
義母からの言葉だった。

 一生忘れることはできないと思う。

そんなある日。
幼き頃から大好きだった叔母が亡くなった。離れて暮らす叔母だったが、私には本当に心安らげる存在だった。泣いた。泣きまくった。
泣きすぎてボーっとする日々。でも、怪獣の様な息子とほぼ二人きりの日々。
 辛いとか楽しいとか少し感じにくくなっていた。

ただ、心が穏やかにいられる瞬間があるとしたら住んでいたコーポの下に住んでいる、息子と3ケ月違いの男の子と遊んでいる時だけだった。

叔母が亡くなって数ヶ月。
生理が来ていないことに気がついた。
同時に凍結してもらっていた受精卵の凍結延長のお知らせも来ていた。

また赤ちゃん欲しいと思うかなぁ?
この子の分身達だから愛しいし。
夫婦で話し合い、凍結延長をお願いした。

また赤ちゃん欲しいと思うかなぁ。

1年前の自分が聞いたら驚くような事を思っていた。子どもを育てるには私は未熟だったんだ。と痛感した。

私ならできる。子ども元々好きだし✨

そぅ思っていたが、思い過ごしだと思った。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?