2018/2/16 ハイバイ『ヒッキー・ソトニデテミターノ』東京芸術劇場

ずっしり。
終了後はしばらくため息しか出なかった。その後、楽屋に演出家、劇作家の岩井秀人さんに挨拶に行き、「この芝居は、終わった後に『よかったね〜』って言えないでしょう」と言われて、ですよね、いやあ本当にキツかったと話をしていたらいくぶんか気分が楽になってきた。同行していた友人は8歳の娘がいるので、彼女のことしか考えられないという。別に私はひきこもりの体験者でもないし、近親者にそういう人はいない。でも、帰りがけにご飯を食べていても、電車の中でも、いろいろなことを考えさせられて頭の中がぐるぐるするし、胸は締めつけられるしという始末。帰宅後は遅い時間にもかかわらず、夫に、自分はいかに辛い思いをしたかをぶちまけた。なぜにそこまで気持ちが揺さぶられてしまうのだろうか。岩井さんの芝居はいつもそうなのである。

本作は、演出家の岩井秀人本人のひきこもり体験をベースにした戯曲で、初演は2012年である。劇団「ハイバイ」の旗揚げ作品である『ヒッキー・カンクーントルネード』の続編にあたる。ヒッキーは以前に見ていたと記憶していたのだけど、家に帰ってきてカレンダーを見返していたら私がヒッキーだと思っていたのは『『ポンポン お前の自意識に小刻みに振りたくなるんだ ポンポン』のことだった。

↓ここにポンポンにまつわるインタビュー詳細が載っていたのでメモ。
http://www.aihall.com/drama/24_iwai.html
テーマがひきこもりだったり、途中でプロレスのシーンが出てきたよなとか思っていたけど、どの記憶も間違っていそうな気がする。

で、本作。大きなテーマは「ひきこもりだった人が外に出る」ことを巡る話だ。登場人物は、当事者であるひきもりをしている人たち、鈴木太郎(田村健太郎)、斉藤和夫(古館寛治)、その家族、太郎の母(能島瑞穂)、太郎の父(平原テツ)、森田さんの妹(藤谷理子)、寮の入居者(高橋周平)、和夫の父(猪股俊明)、自立支援団体の人たち出張お姉さん黒木さん(チャン・リーメイ)。そして、森田登美男(岩井秀人)という岩井本人が演じる役は、元ひきこもりで現在は自立支援の団体で働いているという、どちらの世界のことも知っていて、どちらにも属さない中間の人物として、物語にひとつの視点を添える。その他、森田さんの母(平原テツ)、寮の所員(藤谷理子)などが掛け持ちしている。

ストーリーは、太郎と和夫の現在の状況が語られ、自立支援団体から派遣された出張お姉さんの黒木さんは彼らを外の世界へと出そうとする。やがて2人は寮へと入り、そこから外に出て行く。というひとつの流れと、すでに家から出ることができた森田さんが家を出るに至った経緯が、時間軸をスライドさせ、間に挟み込まれる形でパラレルに進行していく。

セットはシンプルだ。大きなロの字型に回廊が巡らせてあり、その中にはいくつかのコの字型の机や椅子が重ねられている。それが、時にひきこもりの部屋になったり、寮の中になったり、電車になったり変化する。大きなものと言えば和夫のゴミ部屋を表すしているものと思われるセット(あるいは衣装)だろうか。新聞やお菓子の袋、洋服などで作られたゴミの山は全部がつながっており、ひきこもりの和夫はそれを被って外界との接触を遮断しているのだ。なるほど、と思った。ゴミを溜め込んでしまう人というのは、自分だけのシェルターを作ってもいるのだなと気づかされた。

物語では終始「ひきこもりから脱出ことが本当にいいことなのか」という問いが繰り返される。リストラされてしまう太郎の父(久々に行ったクラブorバーでみんなに祝福されながら踊る平原の姿は今思い出しても泣ける)や、半分外に出ている登美男を見ていると、当たり前だが外の世界の人間たちの人生も楽じゃない。むしろ悲哀と苦悩に満ちあふれている。しかし、登美男は言う「外に出てよかったと思っています。それは今よりも幸せになれる可能性があるから。たとえ、不幸せになる可能性も同じくらいあったとしても、幸せになれる可能性があるということを信じたい」と(うろ覚えの記憶の台詞)。

ヤン・シュヴァンクマイエルの映画『サヴァイヴィング・ライフ ‐夢は第二の人生‐』を思い出した。実生活ではうだつの上がらない男が、夢と現実を行き来するようになり、とうとう夢に生きて行くことを決意する(だったっけ?要確認)。本作であれば、高橋周平演じる寮の入居者であろうか。「リスク高くないですか?」と意味不明なことを連呼する彼はきっと外の世界には出られないが、その言葉はいい得て妙だ。外の世界には高いリスクが存在する。

私を含めて観客はきっと自分は外の世界にいる、と思い込んでいるが、「内と外」を仕切る境界線がどこにあるのかなんて誰もわからないし、自分がいつ太郎の母や黒木さんのようになるのかもわからない。その一歩の危うさを思い知らされるから、岩井作品の観劇後はいつまでも胸のドキドキがおさまらないのだろう。

(予告編映像はこちら)
「どこで生きてたい?」
https://www.youtube.com/watch?v=pdhvvAQ0xS0

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