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オープンダイアローグが教えてくれる「問題は外にある」


うちの家族の困りごと。

「その言葉には裏の意味があるのではないか」「実は自分を責めているのではないか」と心配になってしまう。

「そうではないよ」と伝えても、伝わらない。

そのうちに「なぜそう思ってしまうのだろう」「そう思ってしまう自分が悪い」「そう思わせてしまう自分が悪い」「そう思うあなたは厄介なひと」「うまくできない自分はダメなひと」という気持ちがそれぞれに生まれてくる。

苛立ち、嫌悪、無力感が漂って、苦しくなる。

でも、ちょっと待って。

それって、あなたの中に原因があるわけでも、家族のなかに原因があるわけでもないんじゃない?

問題は外にあるのだ。
どこからかやってきて、家族みながそれに困っているのだ。

そう考えると、みなが楽になる。

「外からやってくるなにものか」に対して、どう対応しようか、一緒に考えることができる。

なくすことはできないとしても、「大丈夫、みなで一緒に対応すればいい」と思える。

みなが安心する。

ところが、このことに家族だけでは気づけない。頭ではわかっていたとしても、目の前の困りごとに結びつけることができない。
ネガティヴな森に誘い込まれてしまい、自分たちだけでは戻ってこられない。

そんなときに、対話的に介入してくれる第三者がいてくれると、迷いの森から抜け出る道を見つけることができる。一回の場では難しい。場が重ねられることで、道すじがあらわれる。「そうか」と思う瞬間が訪れる。

また森に入り込んでしまっても、きっと大丈夫。そのたびに対話の場にいけばいいのだから。

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