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『だからビリーは東京で』感想


公演名:だからビリーは東京で 
公演期間:20220108-30
公演会場:東京芸術劇場 シアターイースト
主催:一般社団法人 モダンスイマーズ


※ネタバレを含みます

1.
1月9日に観劇して以来、「だからビリーは東京で」にハマれなかった理由をずっと考えている。
いや、ずっと考え続けているくらいだからしっかりハマったと言って良いのかもしれないけれど。
なんだか素直に作品からのメッセージを受け取れず、モヤモヤしている。
今日まで結局、そのモヤつきをうまく言語化することはできていないけれど、いったん吐き出して自分の中で整理をつけたい。


2.
わたしはあの物語から優しさを感じ取ることができなかった。
色々感想を検索していると「優しさ」や「未来への希望」を感じたと述べている人が多く、作・演出の蓬莱竜太さんもフライヤーの中で

「現実は依然シビアだ。だから今は優しいものを創りたいと思っている。」

と語っている。だから観劇後の感想として「厳しい中に優しいまなざしを感じた」といったものは作り手の狙いとばっちり合致した見方だと言える。
作品から受ける印象なんて人それぞれで当たり前だしそれで良いとはわかっていながら、作り手の本意と違う受け取り方をしてしまうとなんだか不安になってくる。
ただ、蓬莱さんは前述の文の後に

「何をもって優しいかが難しいのだが、挑戦したい。」

と続けていた。わたしの「優しさ」の定義付けが作り手と食い違っていたのかもしれない。
(ちなみに、公演初期の特典として台本データをダウンロードできたのだけど、そこにはBプランとして別バージョンのエンディングが載っていた。わたしはこちらの終わり方のほうが優しさを感じられて好きだった。)


3.
「助けてください!僕はこんなところにいたくはないんです!どこかへたどり着きたいんです!ここはまだその途中のはずなんです!」

このセリフに共感できなかった。
違うよ、あなたに「途中」なんて地点は存在しないんだよ。
あなたに、わたしたちにあるのはいつでも「今、ここ」だけなんだよ。
どこかにたどり着くための「途中」の場所なんて存在しないんだよ。
…と思ってしまった。
このセリフを肯定的に受け取ることができたなら、作品全体から受ける印象も

「生きていく中で、うまくいかないことも、足踏みしてしまう時期もある。でも、焦るな。そのもがきは物語として昇華できるほどに、祝福されるべきものだから。人生はまだ続くから。」

のようなものになり、優しく、人生の背中を押すような話だったと思うことができただろう。頭ではここまではわかる。


4.
上記のようなメッセージを素直に受け取るには、劇団員の全体的な行き詰まり感が邪魔をする。

「ここはまだその途中のはず」

これを信じ続けた結果があの劇団ヨルノハテの体たらくではないだろうか。

いつかどこかにたどり着けると信じて、現実を見ようとしなかった彼らにタイムリミットは刻々と迫っていたけれど、誰もそれを指摘しようとしなかった。新しく凛太郎という団員を入れて、延命を図ろうとさえしていた(団費!)。あの劇団はコロナ禍によってダメになったのではない。ただコロナが時計の針を少し早めただけの話。

漠然と夢見るだけ、飲んで肩組んでカラオケして青春くずれの日々を送るだけで何もできていなかった四十すぎの中年たちが、二十歳前後の凛太郎にあのセリフを言わせるのは、なんだか酷じゃないだろうか。
彼らは変わりたいとすら思っていなかっただろう。なんでそれでどうにかなると思ってこれたんだよ。

話の冒頭に繋がる形式のあのラストを見ながら、わたしは優しさや温かさよりも、「失われた時間の取り返しのつかなさ」を感じてしまった。


5.
(先ほどBプランの終わり方のほうが好きだったと書いたけれど、そちらの終わり方では、凛太郎はまだやり直すことができること、今まで続いたことがなくても、たった今夢折れたばかりであっても、もう一度挑戦できること、挑戦は何度したっていいこと、「お前はまだ終わりじゃない」というエールがよりはっきり込められているように思えた。)


6.
進が真美子と別れようとするシーンで笑いが起きるのも恐怖だった。
真美子の役者さんが少し取り乱した感じでやや大げさに床に大の字になったりするけれど、あれは人を笑わせようとして常識的な行動から外れた表現を取ったのではなくて、現実的にギリギリあり得るラインを見せているだけのように感じた。
四十まで事実婚みたいな感じで同棲して別れようと言われたらそりゃああなるだろうと思ったけどな…彼女が失った時間は笑えるものではないと思った。


7.
凛太郎の父は本当にどうしようもなくて、かわいそうなんだけど許しがたくて、見ていて本当に胸が痛かった。

この父は劇団と違い、コロナがなければ真っ当な人間に戻れていたのではないかと思う。
いや、そんなことないか。劇団と同じでコロナがその本質をあらわにしただけで、コロナがなくても別のきっかけでああやってアルコール依存を再発して、息子に暴力を振るう怪物になったのだろうか。
その体でこの人物を描写しているのだとしたら、こんなに救いのない描き方をする必要があっただろうか?つらすぎる。

コロナ禍が始まる前は、居酒屋の店主として客に酒を出しながら自分はちゃんと禁酒して息子のことも気にかけていた様子を見ると、このお父さんはコロナがなければまともなままでいられたはずなのに、コロナが彼を完全に悪魔にしてしまったように思う。(アルコールがいかに人を変えるかの表現がリアルすぎて、彼が凛太郎の頭を雑誌ではたくシーンは心の底から怖かった。)

彼に対しては「まだ人生は続くから大丈夫」なんてとても思えない。「残念ながらあなたは終わりです、少なくともこのままでは」という感じ。この後彼が断酒して更生する線が読めない。彼から家族は永久に失われたと感じる。

人を社会から切り捨てたくないのだけど、劇中では彼が切り捨てられるべき人間として描かれているように見えてきて、この点でも優しさとは…と悩まされた。


8.
加恵にはかなり共感できた。
不誠実と責められるやり方であっても、彼女は人生において「途中」の場所なんて存在しない、自分には「今」しかないという考えを持って行動しているように見えた。
彼女が劇団に抱えているであろうもどかしい思いを想像できるような気がした。


9.
わたしがこの作品に対して、想定されるよりもいびつな見方をしてしまっているとしたら、今わたしが自分自身の怠惰さやバイタリティのなさにイライラしていて、劇中の人物に激しい同族嫌悪に似た感情を抱いてしまったからとか、そういう個人的な事情も関わってくると思う。というかそれが大きい気がしてきた。
わたしは彼らの生き方を見ながら苛ついて、怒っていたのかもしれない。何やってるんだよ、そうじゃないだろと。心の底から嫌いなわけではなく。


10.
見終わって2週間経ってから感想が書ける時点で心に残るすばらしい演劇体験だったのは間違いない。
あと2019年〜2021年は1万円前後のチケ代を払い続けてきたので、このクオリティで3000円はあり得ないと思った。安〜。良心的がすぎる。高校生以下1000円?U25でも2500円???
大丈夫?ペイしてる?価格破壊で訴えられない?

1月30日が千穐楽。残り1週間、無事に走り抜けられますよう祈っております。

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