2/1 ウエアハウス 感想

冒頭、ナイフを見つめるルイケ。美しくきらめくナイフ。あれは抜かれた牙なんだろうか?残酷さの象徴。三日月。鏡。暴力の象徴だと思うにはきらめき方がきれいすぎる。

先週末より今週(31日と1日)のほうがルイケもヒガシヤマも私の思う「普通」に近い。「普通」というより「自然」かな。
今週のほうがルイケには常識が感じられる、一般社会で生きていくためのバランスをちゃんと備えている(まだ失っていない)感じがする。本人にその気があれば今からでも「普通」の人として生きていけそうに見える。
ヒガシヤマも、先週末のほうがキャラクター味が強いなと思っていた。いきなり英語で話しかけたりしてくる奴にはそうそう警戒心解けるものじゃない。先週末は間抜けなインテリ感(人は好いけどいけすかない、インテリだから)が強かった。今週はもっと現実に即したヒガシヤマだった。生活者の疲れみたいなのも。先週末が経理か総務だとしたら昨日は営業(次点で法務)だった。今日はもうちょっと現場の人間感が強かったな。物流か情シスかな。

「吠える」の暗誦がまた先週とも昨日とも違って良かった。前半は感情を抑えるために敢えて坦々と読もうとしているのかなと思った(昨日、割と早い段階で感情が溢れ出しててすごいつらそうだった)。照明が変わるところでいつもより間を取っていた。あそこで感情をチューニングしてたのかな。
「下着のことなど忘れてしまえ」の声のわななき。「俺達は」の静かな震え。そして叫ばれる「自由だ」。ヒガシヤマは自由になりたいんだなあ。肉体から。自他を隔てる境目から。
こんなに関わりたいと思っているのに関わりたくないとも思うのはなぜだろう。

最後の一節の読み方は毎回ブレが少ないように感じる。最後の一単語「泣きながら」の言い方が最高すぎる。優しくて、悲しくて、さびしい。
というかこの翻訳が全体的に最高すぎる。思潮社から出てるギンズバーグ詩集はこの翻訳じゃないよね(増補改訂版でも)。どこかで読めるのかな?

ルイケがヒガシヤマに抱きつくクライマックスのシーン。今日は抱きつきに行くルイケの顔がよく見える座席だった。抱きついて抱き締める、あんなに穏やかな顔をしていたんだな。聖母というか…目を閉じて、あの大きな体でヒガシヤマを抱き締めていた。あのシーンでは照明が印象的なつき方をする。壁や天井に大きな裂け目が現れるみたいに明るくなる。今日はなんかすごく宗教的に見えた。宗教画だった。
あの照明はほんとなんなんだろう。想像の壁が崩壊した?世界にひびが入った?
ヒガシヤマが心の底で求めていたのは、人と関わり合うこと、理解し合うこと、一つになることだったと思う―――ただし、痛みなく。でも彼も、一つの痛みもなく本当に人と関わることは不可能だってわかってるはず、人間の本能的にも、これまでの経験からも。だから彼は会社で人と関わらないし、必要なことしか話さないのは楽だと思ってる。
そんな生活を送っているからあそこまで心の奥底に触れ合う抱擁は、気が遠くなるくらい久々の甘く温かい感覚だったんじゃないかなと思う(寒い冬に熱い露天風呂的な)(ここにきてのサウナ?)。先週も今週もB・D列側から見てるので、クライマックスシーンではヒガシヤマの背中を見ているのだけど、私は彼の背中から、恐怖・緊張・それらからの解放・反動・安堵だけじゃなくて、ようやく求めていた人の温かさが手に入ったこと、それが本当に温かく甘美だったこと、そしてこんなにも恐怖して嫌悪していた一連の顛末から、そんな甘美さを感じてしまったこと自体への絶望を感じた。

ナイフが刺さったか刺さらなかったかはそんなに大事なことじゃないと思うけど、今日の席から見たらまあギリギリで刺さらなかったのかなと思った。
刺さった説もありだと思う。ヒガシヤマはその手の感触と、ルイケに抱擁される温かさと、両方を忘れないでしょう。ナイフが刺さる世界線は愛と残酷さがそんなふうに同時に現れるんだってことを身をもって知るバージョン。
刺さらなかったとしてもヒガシヤマの精神は既にズタボロなので、残酷さと愛についてはもうこれ以上彼への教育はいらないはず。

最後の動物園物語の暗誦、「僕のほうが長くね。」の言い方に狂気が詰まりすぎててシンプルに怖い。
暗誦を聞いているとルイケと犬がだぶる(動物園物語読んでません)。ルイケは野良犬の喉をかき切って雑音をシャットアウトした。ヒガシヤマもこれ以上ルイケの話を聞きたくないと思ってその雑音をシャットアウトしようとした。最後にはヒガシヤマ自身が望まなかった形で、ルイケが犬にしたのと同じことをなぞりそうになった。ヒガシヤマはルイケの行為が愛だったのかと考え込んでるように見える。どうして愛はこんなに残酷なのか。
ルイケと犬がだぶる、冒頭のナイフを眺めるルイケが、月を見上げるさびしい犬に見えないこともない(見えません)。


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