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骨格ストレートのクィアがモッズスーツをオーダーした記録

0. はじめに(おことわり)

 本稿をお読みいただくにあたり、以下についてご了承ください。
①この記事には、
-クィア・スタディーズ、ジェンダー論の専門用語・概念(とくに第1・2・6・7章)
-イメージコンサルティングの専門用語・概念(とくに第3・5章)
-THE COLLECTORS(バンド)関連の固有名詞(とくに第4章)
が登場しますが、記事内での解説はいっさいしません
②モッズカルチャーやスーツ関連の知識は記事内で一部解説していますが、していないものもあります。
③本稿は追記を含め約12,000字あります。モッズスーツオーダーの参考とするためにこの記事を開いてくださった諸氏におかれましては、最低限、第8章のみお読みいただければ充分です。


1. モッズファッションは誰のためのものか

 THE COLLECTORSにハマったのをきっかけに、モッズ文化に興味が湧いた。1960年代前半の英国で花開いた、ユースカルチャーでありサブカルチャーである。彼らがどのように生きたのかは映画『さらば青春の光』(8章で詳述)に詳しい。

『さらば青春の光』メインヴィジュアルのひとつ。記事「When the Who's 'Quadrophenia' Movie Premiered」より。

 どうやら服装が特徴的らしく、モッズスーツなるものを着て、上からモッズコートなるものを羽織るらしい。モッズコート(原義は米陸軍の戦闘用に製造された「M-1951シェルパーカ」だが、文献によっては「こんにちではミリタリー調のアウター全般を指す」としているものもある)は現代日本において人口に膾炙しており、様々な服飾店で入手できるが、モッズスーツの情報は少ない。

 輪をかけて深刻なのは、モッズファッションの語り手のほとんどが(シスヘテロ)男性であることだ。
 書籍『誰がメンズファッションをつくったのか? 英国男性服飾史』(8章で詳述)によれば、「モッド・ボーイ」は自身を美しく着飾ることに強く執着した。それは鏡の前に何時間も佇むナルシシズムを意味し、異性へのセックスアピールは二の次だった。「モッド・ガール」たちは彼らの周りをうろついたが、相手にされなかったという。
 モッド・ガールたちの服装については、どの文献でもモッド・ボーイのそれ(3章で詳述)に比べて詳細に描写はなされない。マリー・クワントによって爆発的に流行したミニスカート、構築的なモンドリアン・ルック、ヴィダル・サスーンによる「発明」であるベリーショート、などのキャッチーなものに軽く触れられる程度である。男である語り手たちが女たちに注意を払わず、払ったとしても「記号」の塊として捉えていたことの証左であろう。

 これらの資料を読みつつ、筆者は、「自分がモッズ文化の渦中に放り込まれたとしたら、生きていけただろうか」と考えていた。言い換えればそれは、「男のような装いを楽しみたい女」たちの居場所はモッズ文化にはなかったのか、という問いである。
 結論から言えば筆者は、そんなことはなかったと信じる。
 モッズファッションを代表する派手な色柄のスーツは、ゲイ男性の文化からの影響が無視できないことが記事「Queer Mods: The untold subculture」にて指摘されている。また、前掲書によれば、モッド・ボーイたちのなかには、多数派ではないものの無視できない割合で同性愛者がいたという。
 ここから類推するに、モッド・ガールたちの服装もミニスカートばかりではなく、ある程度はレズビアン的精神との親和性をもっていたのではないか(日和った表現)。すなわち、「彼氏から借りたスーツ」ではない、自らのために仕立てたメンズスーツを身につけた女たちが(きっと)いた(はずだ)。
 「ダイク」が生き方として確立していなかった時代、性革命直後の英国において、ひとつの試行錯誤がそこでなされていたのではないか。

2. モッズスーツを仕立てようと決意

 筆者は「ダイク」「ブッチ」を自認した/する人々の生き方に私淑している。男女をバイナリに分かつ境界線を飛び越えようと試みたモッズの歴史的な文脈を、筆者がもつクィアネスの現在地に重ね合わせることで、彼らの文化について独自の理解が可能になるのではないかと考えたのが、モッズスーツ制作を行った理由である。

 日本国内で「モッズスーツ制作」をうたう服飾店は何軒か存在するが、公式ホームページやSNS等を見て回って検討し、AFAB向けモッズスーツの制作実績を強くアピールしていて印象的だったA店に決めた(本記事ヘッダーはA店外観。A店公式Facebookより)。
 連絡をとって訪問の日取りを決め、どのようなスーツを制作するか熟考に入った。

3. モッズスーツを似合わせるための作戦立案(イメコン結果より)

 モッズファッションをモッズファッションたらしめる必要条件とはなにか。
 THE COLLECTORSメンバーがモッズ文化を解説する動画、A店オーナーからの情報(5章で詳述)を含む、さまざまな文献を渉猟して得た情報は以下のとおりである。複数の文献に記載があったものは特に不可欠な要素とみなせるため、太字で示している。

【スーツの生地】
光沢のあるモヘア混紡(ドーメル社「トニック」が代表的)。
【ジャケット】
細身でウエストが良くシェイプされている。ボタン位置を高くしてVゾーンを狭くする包(くる)みの三つボタンサイドベンツ(ダブルベンツ)。襟は多様で、フィッシュマウスラペル、ノッチドラペル、丸襟、ピークドラペル、襟なしでビートルズ風にも。裏地は思い切り華やかに。チェンジポケット、チケットポケット、ダブルフラップのボタン付きポケット、L字ポケット。
【パンツ】
細身。股下が短く、股上が極端に浅い。クリップ式のサスペンダーをつける。裾幅は15cm。
【シャツ】
派手な柄(ドット、フラワープリント)、鮮やかな色。ウエストがシェイプされている。丸襟や襟なしも。
【ネクタイ】
ナロータイ。細い網目のニット地。もしくは極太い幅のネクタイ。
【靴】
タッセルローファー、ハイカットのブーツ、サイドゴアブーツ。色は栗色、辛子色、黒も可。スエード地。
【アウター】
大ぶりなM-1951シェルパーカ(前述)。
【そのほか】
カジュアルなシーンではフレッドペリーのポロシャツ、リーバイスのジーンズを着用する。

 モッズスーツとは、華やかで派手なこと、柔らかく薄いこと、そしてタイトであることを重視したスーツのありようであることが、上記の条件からみえてくる。
 このようなスーツを着こなせる人間は、明らかに限られてくる。この事実は、自意識の肥大したモッズたちに優越感と選民意識をもたらす格好の装置の一部となっただろう(前出『さらば青春の光』で「We are the mods!」と叫びながら暴れまわるモッズたちを見るといい)。

 ひるがえって、筆者はどうだろうか。モッズスーツが似合う側の人間なのだろうか。各種イメージコンサルティングの診断結果から考えてみたい。

【骨格診断】
ストレート→×。首が短く、スタイルアップのためには襟を広げることが必須となるため、狭いVゾーンとは明らかに相性が悪い。また、タイトなシルエットも肉感を拾い、太く見せてしまう。
【パーソナルカラー診断】
ブルべ冬→○。彩度の高い鮮やかな色と相性が良く、定番の黒・グレー・ネイビーも抜群に似合う。一方で、ブラウンや臙脂など深みのある色は顔色をくすませてしまう。
【顔タイプ診断】
クールカジュアル→△。いわゆる「男らしい」アイテムが似合うので、メンズファッションには向いている。しかし、子ども顔なので全身「きれいめ」にかっちりまとめたスーツは合わない。また、直線顔なのでドット柄が完全にダメ。色は黒、カーキ(オリーブグリーン)などが似合うので選びやすい。
【パーソナルデザイン診断】
メイン・ナチュラル:サブ・ファッショナブル=5:5→△。ナチュラルとファッショナブルに共通するクールさはスーツにぴったり合う。しかしナチュラルは「抜け感」がないと息苦しく野暮ったい感じになるため、全身かっちりでまとめたスーツは合わない。大胆なデザイン(ファッショナブル要素)をどこかに取り入れるのはモッズ的な洒落た「遊び」として解釈可能で、容易い。

これらを総合すると、

-狭いVゾーンとタイトシルエットは「事故る」のが目に見えているが、モッズスーツの不可欠なポイントとして諦める。薄めの生地で着太り防止のため多少の足掻きをみせる。
-セットアップスーツの「かっちり感」「大人っぽさ」は息苦しくなるが、スーツとはそういうものなので諦める。
-色:選びやすいが、ネイビーだとビジネス感が出てしまう。原色は派手すぎる。カーキはモッズコートと被る。グレーか黒
-柄:無地だと無難すぎるし息苦しい。ドットは明らかに「事故る」。ストライプかチェックで、多少の遊び心をどこか(裏地とか?)に仕込んで抜け感を出す。盛り耐性がないのでコントラストは控えめにする。

 イメージとともに、A店に出向く覚悟も固まった。

4. テーラー訪問、生地の打ち合わせ

 A店オーナーはたいへん気さくで知識も深く、モッズに関してこちらの質問に当意即妙に答えてくださる素晴らしい方だった。

 まずは生地を選ぶ。大量の生地見本を出され、途方に暮れる筆者。しかし、オーナーが陽気に問いかけてくださる。
「どんなスーツをイメージしてる? うちは『ビートルズみたいにしたい』ってお客さんが多いよ」
「え、ビートルズ?」

 モッズの音楽的側面の象徴であるモッズ・バンドは、ソウル・ミュージック、R&Bなどの古典的なブラック・ミュージックを音楽的ルーツとして重視し、ラウドかつダンサブルな音を奏でる。THE KINKS、THE WHO、SMALL FACES、そのフォロワーとしてのTHE JAM、THE COLLECTORSあたりが定番だ。
 THE BEATLESのモッズスーツ姿は非常に有名だが、スーツを着ているだけであってモッズ・バンドではない。余談だが、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTも同様にモッズ・バンドではない。

「いや、ビートルズ興味なくてもぜんぜんいいんだけど」
オーナーがすかさずフォローしてくださったので、思い切って自分の趣味の話をすることにした。
「ええと、コレクターズが好きで」
「僕も大好きだよ! メンバーのなかだと誰が好き?」
「古市コータローです」(食い気味に即答)

「なるほどね、じゃあ『加藤ひさしっぽい』派手な柄より、『古市コータローが着てそうな』黒とかのほうがいいね」

このフレーズには驚いた。
 本記事ではここまでまったく書いていなかったが、モッズスーツについて考えるときにはいつも、ステージ衣装をまとった古市コータローの写真を視界に入れていた。

加藤ひさし(左)、古市コータロー(右)。冊子『DONUT THE COLLECTORS TOUR BOOK 2014』より。

 「古市コータローのようなスーツを、古市コータローのように着こなしたい」などとは烏滸がましすぎて言えるわけがない、ただ、古市コータローという存在に対して筆者は魂の一部をとうに預けてしまった、それをスーツを通してさりげなく表現できたならと、ぼんやりと考えていたのだ。
 筆者自身にも言語化できていなかったその深層意識を、オーナーに見透かされたようだった。

 そこから堰を切ったように、筆者の好悪をあらわす言葉が口から溢れ出た。
「春に着たいんで秋冬の生地はちょっと」「ブラウンは似合わないです」「派手な色柄は恥ずかしい」「ネイビーはお仕事着っぽくないですか」「コントラストが強いのは避けたいです」「絶対似合うのはストライプなんですが、憧れるのはチェックですね」「細かいチェックより大ぶりなやつがいいです」
筆者がひとこと注文をつけるたびに、分厚かった生地見本の束が一気に数分の一のボリュームに絞られていく。
 あっという間に候補がひとつに定まった。漆黒色、細い線が大きな間隔を空けて走り、のびのびと交差してチェックをつくる、薄い生地。
「これはシャドーチェックっていってね」
無知な筆者にオーナーが教えてくださる。

「遠目や暗所では無地だけど、光の当たるところで近寄ってみるとチェックがわかるんだ。想像してごらん、コレクターズのライヴにこれを着て向かう」

 オーナーに言われるがまま、筆者は想像をはたらかせる。
 黒い裾をはためかせながら、渋谷駅の改札を抜ける。センター街を照らす太陽を受けてシャドーチェックが光る。クラブ・クアトロの薄暗いフロアに入ると、シャドーチェックの光り方は控えめになる。客電が落ちると完全に無地だから、フロアで目立ちすぎることもない。仲の良い友人がきっと隣にいるはずだ。友人の目に、背伸びしたスーツを着た筆者はどう映るだろうか。

「……この生地に決めます」
「わかった。じゃあ、裏地を決めよう」

 スーツを着てしまえば裏地はわからないので、表が控えめなぶん華やかにすることを勧められる。
 見本を見て、青と白の爽やかなストライプと、初音ミクの髪色のような鮮やかなターコイズの無地に惹かれた。
 無地とストライプはどちらも、顔タイプクールカジュアル・PDナチュラル的にかなり得意だ。ターコイズはイエベ秋の色であり、ストライプのほうも若干くすみがかったブルベ夏の青で、残念ながらどちらもブルべ冬カラーではないのだが、ブルベ夏のほうがまだ「事故らない」と判断しストライプにした。
 ……つもりだったのだが、帰宅して写真を見返したらふつうにブルベ冬大勝利カラーだった。やったぜ。
「君のイメージ的にそれすごく似合うと思うよ」
とオーナーのお墨付き。

「ぜひ撮っておいて」と言われた生地見本。表地(右上)と裏地(中央)。

5. ディティールの打ち合わせ、試着

 初めてモッズスーツを仕立てるということで、ほとんどオーナーにお任せでオーソドックスなものにしてもらう。サイドベンツ、包み三つボタン、フィッシュマウスラペル。
 店にある白い丸襟のYシャツを着せてもらい、その上から試着用のジャケットを羽織る。試着用のパンツも穿いて様子を見てもらう。
「袖はYシャツの袖がガッツリ見えるくらい短くするのが基本だから、これくらいの長さにしておくね」
「肩もここからもうすこし縮めるよ」
「パンツの股下はとにかく短く(ロッド・スチュワートの写真を見せられる)こんな感じでね」

左端より、ロッド・スチュワート、ロニー・レーン、ロジャー・ダルトリー、スティーヴ・マリオット。記事「HOW TO WEAR YOUR MOD SUIT」より。

「Yシャツにはカフスボタンを付けるのがモッズのルールだよ」
カフスボタンは海外の小説にときおり登場するので、語句だけは知っていたのだが、実物は初めて見た。留め方を指南していただく。

 また、キャスケット、タッセルローファー、ネクタイとネクタイピン、胸に差すポケットチーフを見繕っていただく。「君のイメージにはこれが合う」と出されたネクタイとチーフは色柄が統一されていた。こんな小さな店に、揃いのネクタイとチーフがあることに驚く。
 黒地に、深緑と黄土色で太めのストライプが斜めに入ったデザインだった。顔タイプ診断で勧められるテイストを完璧に抑えており、クールカジュアル的に100点満点である。
 これを完全にセンスのみで出してきたオーナーに脱帽させられた。
 ネクタイを結ぶ際は結び目を小さくすることがポイントで、分からなかったらYouTubeに良い教材が多くあるという。

 すべてを身につけた状態で鏡を見ると、なんと狭めのVゾーンもYシャツの丸襟も「明らかに事故ってる」印象は受けなかった。「そもそもかっちりスーツが似合わない」という大問題を前に「事故」感が相対的に薄まったという線はありそうだ。
 また、骨格ストレートは首を布で覆わなければそれほどひどくなることはないので、スーツは「事故」りにくいのかもしれないとか、写真を見返したらジャケットでYシャツの襟が完全に隠れて直線に見えてるなとか、いろいろ考察するところはある。
 懸念していたシルエットもタイトではなくジャストだった。

 最後にスーツを脱いで元の状態に戻り、「気を付け」の姿勢で胸と腕を合わせた周径を測られ、腕を上げて胸囲を測られて終了。胸周りに直接触れるような計測は女性ジェンダーの店員がやってくださる。

6. アクセサリ、「モッズファッションは誰のためのものか」はなんのための問いか

 スーツに合わせ、カフスボタンを着脱可能な丸襟Yシャツ、ネクタイ、チーフ、そしてカフスボタンの購入を決めた。
「じゃあ、カフスボタンを選ぼう」
ずらりと数十組のカフスボタンが並ぶコーナーに案内され、圧倒されていると、
「初めてのカフスボタンは、派手なのよりシルバーのシンプルなものが良いよ」
との助言。針金を放射状に並べたようなマークが刻印されたものが多いな、と思っていると、
「それはサンバーストとかスターバーストといって、60年代ふうのレトロなデザイン。当時は宇宙開発競争を背景に、天体などのモチーフが流行した」
とまた新たな知見をいただく。
 筆者は顔タイプも骨格もPDも徹底的に直線の人間なので、長方形の大人しいシルエットのものを選択した。青海波のように細かく筋が入ったデザインで、ギラギラと強く輝くのはPDファッショナブルの大胆さを意識したつもりだ(7.5章に着画)。

 会計をしながら、貴重な資料をお見せいただいたり日本のモッズ・シーンについての貴重な昔話をお聴かせいただくなかで、オーナーが興味深い発言をなさった。

ユースカルチャーっていうのは、ルールを守ったうえで遊ぶゲームなんだ。モッズスーツには、『細身のシルエット』『包みの三つボタン』『カフスボタン』細かくルールがある。『さらば青春の光』で主人公が何度も喧嘩する理由が理解できなかったとしても、そういうモッズスーツのルールを守って『コスプレ』して遊んでいれば楽しいし、モッズを名乗れる。それがユースカルチャーなんだよ」

 筆者が神妙に聴いていると、オーナーはケラケラと笑いながら、「深く考えないでよ、冗談だから」と何度もおっしゃった。しかし、筆者にはこれは示唆的で深遠であるように感じられた。
 筆者は、ユースカルチャーの肝は精神性だと思っていた。モッズであれば、新しい時代に適応するしなやかさ、ジェンダーバイナリの壁を崩そうとするチャレンジ精神、溜まった鬱憤を喧嘩で晴らす攻撃性、10代特有の偏狭な仲間意識と幼稚な選民意識。形のないそれらが、派手でタイトなスーツに落とし込まれ、かたちをもつのだと。
 しかし、オーナーはそうではないという。精神性がファッションのルールを規定したりカルチャーの中核になったりするのではなく、ファッションのルールこそが精神性であり、ファッションのルールのみがカルチャーなのだと。

 そうなると、筆者が最初に掲げた「モッズファッションは誰のためのものか」という問いは、有効なのかすら怪しくなってくる。
 モッド・ボーイがその精神を表現する作法については微に入り細を穿って語られるのに対し、モッド・ガールのための語りが曖昧にすぎる、というのが筆者の問題意識だった。
 しかし、「モッズスーツを着てさえいれば、誰でもモッズだ」という言説が真ならば(内面を問う必要がないならば)、そもそもモッズを「ボーイ」「ガール」(もしかしたら「どちらでもない人々」)に分類すること自体が無意味であり、したがって「モッズファッションはモッド・ボーイのためのものでしかない」などの批判もすべて無効である。

 オーナーがお見せくださった、市井のモッズを捉えた写真集『Mods!』では、モンドリアン・ルックの女たちと同じくらい、「ダイク」と呼んで差し支えないようなスーツ姿の女たちも存在感を放っていた。

右端の被写体から「ダイク」的なアトモスフィアを感じられる。『Mods!』和訳記事「Richard Barnes Mods! 5」より。

 彼女たちは、ジェンダーの壁に隔てられた世界で、狭いVゾーンのジャケットがその壁を軽々と飛び越えてすべての若者を覆ってしまうことを、知っていたのだろう。
 しかし、彼女たちは歴史の闇に消え、タイトなワンピース姿の女だけが人々の想像力の中に生き残った。押し付けられた「女性」規範に強く抵抗した女が(共同体の記憶からすらも)爪弾きにされてしまうという、この社会全体の病理を根こそぎ改革できるほどには、モッズというユースカルチャーは力を持てなかった、ということなのだろう。

 けっきょく最後には、ヴェスパは崖から投げ捨てられてしまうのだ。

7. おわりに

「スーツの合わせは右前にしてほしいんです」
 オーナーにそう伝えたとき、「そう言う女の子はけっこう多いよ」と応えられ、あっさりと了承された。このリクエストをした「最初のひとり」とその後続者のおかげで、筆者はストレスなく希望を通せたが、ファーストペンギンがどんな気持ちだったのか、想像するだけで胸が縮むような思いがする。

 社会から「女である」ことを強要され、そこから少しでも外れた生き方をすれば糾弾される。もう21世紀なのに、まだそんな時代を我々は生きている。モッズスーツを身につけるとは、かつて規範への異議申し立てを行った女たちへ、時空を超えて連帯を表明することだ。それが、ジェンダーバイナリな社会へ中指を立てるための力に、少しでもなってくれればいいと思う。

 完成したスーツは2024年3月上旬に自宅に到着予定である。

7.1. 完成品を着用(2024/03/12追記)

 完成したスーツが到着したため、着用、撮影した。

着画。チェンジポケットのフラップが裏返ってしまっている。背景は筆者自室だが、あまりにとっ散らかっているためモザイクをかけてある。また、画質の低さを許容されたい。
別ブランドのM-1951シェルパーカをばさっと羽織ってモダニスト気取り。
カフスボタン着画。

 覚悟していたほど「事故って」いないな、というのが第一印象だった。スーツにしてはタイトシルエットなのかもしれないが、直線的な肩やセンタープレスのパンツは決して肉感を拾ってはいない。Vゾーンもそれほど狭くない。骨格ストレートのウィークポイントが白日に晒されずに済んだ格好となった。
 顔タイプ、パーソナルカラー的にも申し分ない。今までの人生で着た服のなかで、いちばん筆者の魅力を引き立ててくれていると言っても過言ではない。
 パーソナルデザイン的には、スーツだけだとややお堅く感じてしまう。オーバーサイズのモッズコートを羽織る(袖は通さない)ことでPDナチュラルの抜け感を足すことができるようだ。

 スーツをオーダーする経験自体が初めてだったため、自分の身体に合わせて設計された服を着用したことへの感動が大きかった。
 どれだけ長時間着用しても「重い」「窮屈」と感じさせることなく、自分の一部となってくれる。どこへでも行ける気にさせてくれる。モッズたちがスクーターに乗って遠くへ旅することを好んだのは、このスーツがあってこそだったのだろうかと、彼らの時代に思いを馳せた。

 結びになるが、多大な示唆をくださったA店オーナーをはじめ、モッズについてさまざまご教示くださったすべての方に感謝する。

7.2. モッズスーツ+モッズコート+デザートブーツでライヴ参加(2024/04/15追記)

 2024年4月14日、THE COLLECTORS「ロックンロール イースター」千秋楽公演となる日比谷野外音楽堂公演にモッズファッションで参加した。

当日の服装。筆者Twitterフォロワーによる撮影。

 モッズコート(M-1951シェルパーカ)は、日本国内で入手可能ななかでもっとも大きなものを羽織った。PDナチュラル・ファッショナブルの大ぶりで動きのある感じと、骨格ストレートに要求される丈感(膝下を出してすっきり見せる)の両方に応えられたと思う。

 モッズの伝統に則り、靴はクラークスのデザートブーツとした。スエードはPDナチュラルが最も得意とする素材のひとつであり、ゴツいシルエットは骨格ストレート・顔タイプクールカジュアルにもよく合致する。筆者は日常生活で革靴をほぼ履かないため、履き始めてすぐの靴擦れにたいへん動揺させられたが、ライヴまで1週間程度毎日履き続けて柔らかくした。
 モッズたちがデザートブーツを履いた理由としては、アッパーは柔らかくソールは滑りにくく、「踊りやすかった」ためと考察されている。筆者はランニングスニーカーでほぼ同じセットリストの別日の公演にも参加しているが、じっさい、特にモータウン・ビートの楽曲はスニーカーよりデザートブーツのほうが圧倒的に踊りやすいと感じた。その理由を深く考察するのは筆者の力量を超えるが、足裏の各パーツを爪先、かかと、土踏まずと順に地面におろしたとき、それと楽曲のリズムとがかっちりと噛み合う快い感覚があった、とでも言えようか。

 驚いたのは、当日の最高気温が25℃であり、筆者は最初から最後まで大興奮して飛び跳ねながら踊り狂っていたにもかかわらず、かけらも「暑い」と感じなかったことである。爽やかな風の吹く好天の野外だったから、という理由もあろうが、ぴったりとフィットした薄いスーツが、まるで自分の身体の一部のようになってくれた感覚も確かにあった。

 Twitterのフォロワーやフォロワーでない方々にも、スーツや本記事について過分なお褒めの言葉をいただいたり、拙姿を撮影いただいたり、たいへん思い出深い一日となった。また、A店オーナーに当日の写真をお送りしお礼を申し上げたところ、「ヤングモッズ感溢れてて素晴らしいです」と聞いたことのない語彙でお褒めいただいた。改めて、THE COLLECTORSと筆者にお声をかけてくださったすべての方に深く感謝する。

8. 付録・モッズスーツ資料集

 これからモッズスーツを初めて仕立てようとしている読者諸氏のために基礎資料を付す。

Barnes, R.『Mods!: Over 150 Photographs from the Early '60's of the Original Mods!』1989, Plexus Publishing Ltd.

『Mods!』書影。

 ピート・タウンゼントの友人であった写真家・文筆家リチャード・バーンズによる、モッズ文化を回想する写真集。世界的に著名なモッズ・バンドのメンバーから名の残っていない一般市民まで、無数のモッズたちの姿が収められた第一級の資(史)料。日本国内においては、かつてはヴィレッジヴァンガードで容易に入手可能であったが、現在は専らオンラインで古本としての流通が中心である。

Roddam, F. 『Quadrophenia』1979, The Who Films Ltd et al.

『Quadrophenia』メインヴィジュアルのひとつ。

 1960年代モッズ文化の隆盛と終焉を、ひとりのモッズ青年・ジミーの目を通して描く映画。邦題『さらば青春の光』。THE WHOによるアルバム『Quadrophenia』(邦題『四重人格』)を原作とし、THE WHOメンバーが製作総指揮をとった。1979年に公開されると、THE JAMとともに世界的なネオ・モッズ・ブームを巻き起こした。ブームは日本国内にも波及し、各地でクラブイヴェント「MODS MAYDAY」が発足、こんにちまで続いている。モッズファッション、彼らの生きざまなどの基礎が2時間で一通りわかるため、初学者に最適な資料として評価が定まっている。

高村是州『ザ・ストリートスタイル』1997, グラフィック社

『ザ・ストリートスタイル』書影。

 英米を中心に、各時代のユースカルチャーにおけるファッションを図解した書籍。A店オーナーいわく、不正確な情報も多いらしいが、モッズファッションについてこれ以上に細かい解説のある和書は望めないであろう。

Cohn, N. 『Today There are No Gentlemen』1971, Weidenfeld and Nicolson.
奥田祐士(訳)『誰がメンズファッションをつくったのか? 英国男性服飾史』2020, DU BOOKS

『誰がメンズファッションをつくったのか? 英国男性服飾史』書影。

 戦後イギリスのサブカルチャーが形成されていく過程を、同時代人の証言や著者自身の述懐から捉えた書籍。写真は少ないが、モッズ文化の内部にいた人々にほかのモッズがどう見えていたか、非モッズはモッズをどう見ていたかを赤裸々に知りたいなら、格好の資料である。原著は10万円くらいするので、日本語話者の諸賢はこの内容を母語かつたかだか3000円で読める僥倖に感謝すべし。

竹内絢香『60s UK STYLE』2021, 徳間書店 + 著者SNS

『60s UK STYLE』書影。

 まずはオンラインで、手軽に知識を得たい諸氏へ。ただ、著者の目線は「細身の者がタイトなスーツを着る」ことへの表層的な「萌え」に偏っており、自らの身体やアイデンティティとモッズ文化との擦り合わせについて真剣に考えたいなら、別の資料が必要になるだろう。

『まるごとモッズがわかる本(エイムック)』2004, 枻出版社

『まるごとモッズがわかる本(エイムック)』書影。

 筆者未読。読了次第追記予定。大胆不敵なタイトルだが、内実はどんなものか。

お金ほしい!