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誰かの物語を通じて自分の傷と向き合う。 平野啓一郎さん著 『ある男』の読書会にて。

2018年9月28日に発売となった、平野啓一郎さんの新作小説『ある男』。

「自分の中には様々な分人がいて、自分をまるっと肯定したり、愛せなかったとしても、好きな自分(分人)を足場に生きていくことができる。」

そんな分人主義という平野さんの考え方がまとまっている『私とは何か 「個人」から「分人」へ』という本に感銘を受けた僕は、平野啓一郎という作家について深く知りたいと思い、ここ数ヶ月の間、デビュー作となった『日蝕』から最近の作品まで、貪り読みました。

最新作である『ある男』の発売も「今か今か…」と待ちわびていました。

ただ、残念なことに、僕のまわりにド級の平野さんファンがいないと言うのが、実は最近の悩みです。

「マチネの終わりには読んで、すごく良かったんだけど、他はまだ…。」

こんな感じのことが多く、思う存分、平野作品について語り合えない…。

『決壊』から『ドーン』、『空白を満たしなさい』の一連の流れがヤバいとか、実は『一月物語』のような物語にすごく憧れるとか、そういう話がしてみたい。

唯一語り合える人といえば、平野さんの担当編集者であり、コルクラボのキャプテンである佐渡島さんくらい。

いきなり超スーパーメジャー級のファンになってしまうわけです(笑)

そんななか、コルクラボ主催で『ある男』の読書会を、ラボ以外の方々も招いて、発売約1週間後に開催することになりました。佐渡島さん発案で。

「よっしゃー!!これで、読みたてホヤホヤの『ある男』や、平野作品について思う存分に語り会うことができるぞ!」

こんな意気込みを携えて、先日の10月7日(日)にコルクのオフィスにて、『ある男』読書会を開催してきました。

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ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました!
今回は、その読書会で、僕が感じたことをまとめてみようと思います。

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他人の傷を生きることで、自分自身を保つ。

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この読書会は、前半は参加者同士で『ある男』について語りあい、後半は佐渡島さんから物語誕生の裏側を聞くという二部構成にしました。

前半の参加者同士での語り合いでは、4〜5人のグループに分かれ、こんなテーマで話してもらいました。

・特に印象に残っているシーンと、その理由は?
・特に共感した登場人物と、その理由は?
・もし「ある男」の続編やスピンオフ作品を平野さんが描くなら、どんな物語を描いて欲しい?
・「ある男」を誰かにおススメめるとしたら、どういう言葉で紹介する?

共感した人物の答えで、圧倒的に多かったのは、城戸さん

「現実を逃れて、自分じゃない誰かとして生きてみたいという衝動に自分もかられる時がたまにある。」

「香織との関係がすごくリアルで、価値観のズレを感じながら、どうやって相手との関係性を継続させていくかに自分も悩んだりしているから。」

「人として持っていてほしい正義感や良識を兼ね備えていて、だからこそ色んなことに悩んでしまうというのが、すごくわかる。」

僕自身も、城戸さんに共感することが多くて。いや、むしろ、憧れがあると言ってもいいかもしれません。

弁護士としての矜持を持っていて、家族への愛もあり、被災者や理恵のような人々に対して自分の足で行動ができる、かっこいい大人だと思います。

彼はやはり"人物"なのだった。

まさに、この言葉が的確だと思いました。

でも、そんな城戸さんも、「自分は本当に幸福なんだろうか?」「これでよかったのだろうか?」と悩んでいる。

「強い人間なんてどこにも居やしない。強い振りのできる人間が居るだけさ」

ご存知、村上春樹さんの『風の歌を聴け』の一節ですが、この言葉を思い返しました。

そんな城戸さんが、"X" の物語にのめり込むことで、自分を立て直していく姿を見て、「僕らが小説のような形で、誰かの物語を必要とする理由も、こういうことかもしれない」と思ったんですよね。

「とにかく、他人の人生を通じて、間接的になら、自分の人生に触れられるんだ。考えなきゃいけないことも考えられる。けど、直接は無理なんだよ。体が拒否してしまう。だから、小説でも読んでるみたいだって言ったんだ。みんな、自分の苦悩をただ自分だけでは処理できないだろう?誰か、心情を仮託する他人を求めてる。」

作中の城戸さんの言葉です。最初は里枝のために "X" について調査をしていた城戸さんですが、途中から完全に自分自身のために調査をしていますよね。

「他人の傷を生きることで、自分自身を保っているんです。」

城戸さんが序文で語るこの言葉に、全てが詰まっているような気がします。

そして、そんな城戸さんに僕らも思いを馳せることで、僕ら自身のあり方について、僕ら自身も考えることのできる小説だと思ったんです。

城戸さんは実際、ある男の人生にのめり込んでいくのだが、私自身は、彼の背中を追っている城戸さんにこそ見るべきものを感じていた

ルネ・マグリットの絵で、姿見を見ている男に対して、鏡の中の彼も、背中を向けて同じ鏡の奥を見ているという《複製禁止》なる作品がある。この物語には、それと似たところがある。そして、読者は恐らく、その城戸さんにのめり込む作者の私の背中にこそ、本作の主題を見るだろう

この序文で書かれていることが、読み終わった後の腹落ち感がすごくないですか?

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普通とは、何なのか??

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「強者にならないといけない…。普通ではない、何者かを目指さないといけない。」

そんな風潮が強くなっている現在において、「普通になりたい」と切実に願う "ある男" の物語を届けるのは、すごく意味があることなのではないか。

読書会後半で行われた佐渡島さんの話の中で、『ある男』の物語が誕生する背景の一つとして、お話しされていたことです。

『ある男』の中で、僕が特に印象に残っているシーンが、城戸さんがスカイツリーのレストランで家族と過ごす時間のなかで、幸せについて考える場面です。

そして、原誠の夢であった「普通」であるということの意味を改めて考えた。その観念が、どれほど多くの安堵と苦しみを、人に与えてきたかを
彼はグラスの底に残った、もう気の抜けてしまったビールを飲んで、唇を噛み締めた。そして、今のこの人生への愛着を無性に強くした。彼は、自分が原誠として生まれていたとして、この人生を城戸章良という男から譲り受けていたとしたなら、どれほど感動しただろうかと想像した。そんな風に、一瞬毎に赤の他人として、この人生を誰かから譲り受けたかのように新しく生きていけるとしたら。……

自分にとっての普通は、誰かにとっては喉から手が出るほど羨望の対象であったり。また自分にとっての特別も、誰かにとっては普通であり退屈な日常なのかもしれない。

要は、自分で自分を肯定していくしかない。

逆に「自分はこれでよかったのか?」という自分の心の声に対して、自分で肯定することができないと苦しくなってしまう。

そんな時に、距離の離れた誰かの物語と触れ合うことで、「彼らの視点から見た時に、自分がどういう風に見えるのか?」と感じることは、自分について考えていく上で、すごく大切なことかもしれない。

『ある男』について深く考える中で、「なぜ、僕らが文学作品を通じて、誰かの物語に触れることを求めるのか?」が、なんとなくわかったような気にがしました。

突き詰めていくと、なぜ、文学作品だとか、小説というものが、どうあるべきなのかを。

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「愛とは誰かのことを好きになることだ」。この定義自体はもちろん間違っていませんが、今僕が付け加えたいのは、愛とはむしろ「他者のおかげで自分を愛することができるようになることだ」と、そういうふうに考えてみたいと思います。

(中略)

自分を愛するというのは、なにも鏡を見て「ああ、俺が大好きだ」ということではなくて、誰かのおかげで自分を愛する、他者を経由して自分のことを好きになれるということなのではないでしょうか。おそらくそこが、自分を愛するという入り口なんだと思います。そしてだからこそ、やっぱり我々は他者を愛するのです。かけがえのない存在として。

以前、平野さんがTEDに登壇されていた時にお話しされていた内容で、僕が特に好きな箇所がこちらです。

「誰かのおかげで自分を愛する、他者を経由して自分のことを好きになれる。」

ここでいう誰かというのは、実在する人だけでなく、もしかしたら、自分自身を投影できる小説の中の人物も、その中に含まれるのかもしれません。

僕が考える読書とは、実生活では経験できない「別の世界」の経験をし、他者への想像力を磨くことだ。重要なのは、「何が書かれている」ではなく、「自分がどう感じるか」なのである

こちら、見城徹さんの著書『読書という荒野』に書かれている言葉ですが…

「自分がどう感じたか?」

やはり、この視点を大切にしながら、これからの人生で、様々な物語の作品や、その中に登場する人物たちと出会って生きたいと思いました。


…と長々と書いてしまいましたが、今回、読書会を開催してみて、平野作品について語り合い、また、考えるを深めることができ、単純にすごく楽しかったです。

『ある男』が初めての平野作品という人が多かったり、「マチネに続いて、これが2作品目」という方も多く、このイベントがきっかけで、他の作品にも手を伸ばしてもらえると嬉しいなぁと思っています。

「いつか、『葬送』について、読書会をやりたい」

と佐渡島さんは言いましたが、これに終わらず平野作品や、作品の中で描かれるテーマについて、語り合う場をつくっていけたらと思います。

最後に、改めて、
読書会を一緒に企画してくれたコルクラボのみなさん。
ご参加いただいたみなさん。
発案者であり、当日に裏側をお話しいただいた佐渡島さん。

楽しい場を、ありがとうございました!


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