したいけどできない。できるけどしたくない。

大学の4年間、大学院の2年間、そして事務所で2年ちょっと。計8年ちょっと建築を学んできたが、今携わらせてもらっているプロジェクトのリーダー格の人ほど、情熱的に真摯に建物を考えている人を見たことがない。

建築はよく“無から有を生む”と言われる。真っ新な土地に施主がイメージしている空間を形にし、実際に建つのだからその通りである。ただ、個人的には隣の家や自然、地域の特徴など「周辺環境」があるから、「“無”ではないのでは?」と思うこともあるが、今回はそれは置いておこう。

9月頃から来年オープン予定のゲストハウスへの立ち上げに関する話を、少しだけ聞いていた。そして、協力隊になったことで本格的に関わっているのだが、冒頭での書いたように、こんなに情熱的かつ真摯に建物について考えている人を見たことがない。建築を学んだ期間は8年ちょっとだが、実際に現場へ出たりしたのは小さなアトリエ系事務所に居た2年ちょっとの間だけで、その間についた知識も素人に毛が生えたようなものでしかない。それに、携わった建物の数も4〜5件と少ない。しかし、打ち合わせで会う施主、つまりお客様の中にこれから長い間関わっていく自分の「建物」について提案してきたりした人は居なかった。

と言うのも、一緒にやっている人の熱用が凄いからだ。この方も元々広告系に居たこともあり、打ち合わせの方法やデザイナーの在り方を知っているのも一理あるが、
・理想とする空間イメージ画像を調べる
・   〃   へ行ってみる
・資料としてまとめる
・提案する
もしかしたら、これらのことをしてくれる施主なら普通に居るよ。と言う人もいるかも知れないが、少なくとも自分は知らないから凄いのだ。もっと具体的に伝えられないのが歯がゆいがとにかく凄いと感心してしまうし、一緒に建物を考えられる設計士は嬉しいだろうと。

しかし、中々思うようにはいかないのが現実だ。
したくても分からないからその道のプロに聞く。プロはそれに応える。そうしてもらいたいが、今回は施主である自分達と設計士の間に行政がいる。行政が居ることで、思うようにいかない。施主と設計士だけなら、連絡を密に取り合うことも可能だし設計士も施主の要望をなるべく汲もうとする。しかし、行政はデザインどうこうよりも“建つこと”や“とりあえず使えること”を優先しているように感じる。更に、今回お願いしている設計士の方もどこか手を抜いているように感じる。今までのも今後のもあくまで個人的な考え及び感想だが、


こんな用途の建物が建てたい

行政が設計士を公募及び選定

仕様書に則って指示

建物完成

利用者応募

といった流れなのではないかと。だから、設計士も特に難しいことは考えずに基本に忠実に設計する。基本に忠実なのは悪いことではないし寧ろ良いことだ。ただ、今回はそうあって欲しくないのだ。施主である自分達に少しだけでも寄り添ってもらいたいのだ。素人が故に、

“こんな風にしたいけど、どうすればいいかわからない。そもそも出来るのか出来ないのかさえも分からない。だからどうなのかを判断して教えてほしい。けど、単にこれは出来るけどこっちは出来ません。で終わってほしくない。出来ないのなら、出来ないけれど、この方法ならあなた方のイメージする空間に近くなりますよ。”

とここまでしてもらいたいのだ。行政が間にいるからなのか分からないが、

“できるけどしたくない。”ではなく“できるならからする。”

であってもらいたいし、自分自身もそうなりたい。


#日記 #エッセイ #写真

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ケイ

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