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番外編 京都牝馬Sを振り返る~1200mの重賞を作る~

酒井学っていうジョッキーは、関西屈指の理論派だ。

たまに関東に来た時にマスクもレース後コメントを取る時があるが、まー、細かい。つい話が長くなる。面白いから全然いいんだが。

『どういう意図があってこうした』という、騎乗意図についてまで話してくれるし、検量室のパトロールビデオが目に入るからより面白く話が聞ける。なるほどそういう意図があったのねと納得する機会は非常に多い。

よく酒井学が大穴を開ける。昨年の中京記念で18番人気のメイケイダイハードを勝利に導くなど、これまでの大穴馬券は枚挙にいとまがない。

不当に人気を落としている場合ももちろんあるが、やっぱり人気が薄いということは実力面で劣る。実力で劣る馬を勝たせるために、学はレース前から研究する。もちろんどのジョッキーも研究している(そう思いたい)が、やはりこの男の研究は深い。

先週、上手いと唸らされた騎乗がある。京都牝馬S、イベリスの騎乗だ。

●21年京都牝馬S
12.0-10.8-11.2-11.7-11.4-11.2-11.7 1:20.0 

俺は確かに◎イベリスだったが、たぶんこのレースで他の馬に本命を打っていたとしても、レース後このペースを作られたら仕方ないと諦めていたと思う。それくらい素晴らしい逃げだった。

一見なんの変哲もないラップに見えるかもしれない。今年は阪神開催の京都牝馬S。過去のこのレースとは比較にならない。

いつもだったら1回阪神は開幕週に阪急杯というレースが存在するから、阪急杯と比較すると、少しずつ今回のイベリス逃げ切りが上手いことが分かってくるんだ。

●阪急杯過去3年 レース前後半3F
18年 34.1-34.8 1:20.3 ベストアクター
19年 34.4-34.6 1:20.3 スマートオーディン
20年 34.2-34.6 1:20.1 ダイアナヘイロー

21年京都牝馬S
34.0-34.3 1:20.0

前半3F自体は阪急杯とそう大差ないんだが、注目したいのは上がり3F。阪急杯より、若干京都牝馬Sのほうが速くなっていることが分かる

●阪急杯 過去3年レースラップ
18年 12.3-10.7-11.2-11.3-11.4-11.2-12.0
19年 12.3-10.9-11.2-11.3-11.3-11.3-12.0
20年 12.1-10.7-11.3-11.4-11.3-11.6-11.9

●京都牝馬S
21年 12.0-10.8-11.2-11.7-11.4-11.2-11.7

1着イベリス 酒井学騎手「戦法としてはハナを主張してとの作戦を先生とも立てていました。ハナに立ってからは行き過ぎても最後の脚がなくなるので考えて行きました。

早めに追っかけてくる馬もいなかったのですが、溜めすぎて瞬発力でキレ負けすることもあると思ったので、直線に向く前に踏み込んでいきました」(競馬ブックより)

前半のペース自体は例年の阪急杯とほとんど一緒だ。注目したいのは太字で記した600m→800mのラップ。阪急杯より少しペースが遅くなっている。

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600m通過点、つまり残り800m付近はこのあたりのタイミング。実は阪神1400mというコースは、残り800m付近から下り坂が始まるんだ。

人間もそうだが、下り坂のほうが当然ペースは速くなる。中山の芝1200mなんていい例だよな。前半ずっと下り坂だからペースは落ちない。イベリス酒井学はその下り坂に入ったところで一旦ペースを緩めているのだ。

自分がジョッキーになった気分で考えてみてくれ。この緩めた地点は3コーナーだ。1400mは短距離に近い分類になると思うが、短距離で3コーナーから仕掛けていく馬はそういない。

まー、ここで緩めるジョッキーはよくいる。これに関してはそこまで特記する話ではない。俺が更に注目したいのはその後。

●21年京都牝馬Sのラスト4F
11.7-11.4-11.2-11.7

残り400m→残り200mで最も速い11.2というタイムを出している。普通だったら逃げている場合、『最後まで持たせること』を考える。しかし今回のイベリスの場合、学が「溜めすぎて瞬発力でキレ負けすることもあると思った」と話しているように、勝負を早めに決めにきているのだ。

イメージとしては、イベリスだけ残り200mをゴール地点と考えた騎乗をしている、そう捉えてみてほしい。

確かに3コーナーで一度息を入れている。しかし残り600m、つまり4コーナー手前からスパートすることで、ついていった先行馬も釣られて早いスパートをせざるを得ない。

残り200mをゴール地点として動いたイベリスについていった先行馬は、イベリス同様残り200mで脚が止まる。完全には止まっていなくとも、前を走るイベリスを捉えられるほどの脚はもう残っていない。先行馬が止まれば、当然差し競馬になる。

●京都牝馬S
1着イベリス 1-1 34.3
2着ギルデッドミラー 11-10 33.9
3着ブランノワール 14-12 33.7
4着アイラブテーラー 15-14 33.6
5着シャインガーネット 7-5 34.4

2着以下は綺麗に差し馬が上位を占めている。しかもイベリスが中盤ちょっと緩めた影響もあって、2~4着馬は上がり3F33秒台の速い上がりを使っているのだ。

差し有利になればイベリスは当然交わされてしまうものなのだが、そこがこのレースの学の上手いところ。『早めに勝負を決めにいっている』。

阪神芝はちょうど残り200m付近から急坂が始まるんだよな。いくらいい末脚を持っていても、平坦、下り坂の部分のほうが当然スピードは出て、上り坂はそこまでのスピードは出ない。当たり前だ。学はこれを利用している。

つまり残り200m地点をゴールと思うくらい早めに動いて、後続に差をつける。差し馬は鋭い脚で差しては来るが、残り200mからの上り坂で脚が鈍る。残り200までにセーフティリードを作っておけば、後続は簡単にその差を縮められないのである。ゴールから逆算した動きだよね。

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こんな感じで、上り坂が始まる地点から、上り坂が終わる地点まで、イベリスと後続の差がそう詰まっていない。

前述したように、2着ギルデッドミラー、3着ブランノワール、4着アイラブテーラーのほうが、イベリスより上がり3Fタイムで0.5秒前後上回っている。でもそれは『残り600m全体のタイム』だ。直線の上り坂からのタイム差ではない。

結局何が言いたいかというと、今回のイベリス学は『先行馬に不利なスローペース』を作ると同時に、『差し馬に有利なスローペースだけど逃げ馬には届かせない』という絶妙なラップを作っているんだ。残り200mに仮想ゴールを設置してね。

本人がレース後コメントで話しているように、偶発性ではなく事前にプランを作って、相手を研究しているからこそできることだ。この手は『自分より強い逃げ先行馬がいては成立しない』し、『強烈な決め手を持つ差し馬がいては成立しない』。研究し、イベリスがどういう馬かも分かってやっている。

まー、一般的に逃げの名手といえば武さんやノリさんあたりが想像できるだろうし、こういうペース配分の話になると川田なども話に上がりやすい。酒井学は穴党の間ではお馴染みだろうが、一般ファン層にそこまでの知名度があるわけではない。メジャーかマイナーかといったら、一般層に限って言えば後者だろう。

それでも、ここまで計算、研究できるジョッキーがいる。話は長くなったが、この京都牝馬Sを通して知っておいてもらいたい事実なんだ。


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