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歌舞伎の楽しみ 〜衣裳の色と柄〜 その2

先回は色悪や粋な二枚目の立役の着る衣裳の「黒」についてお話ししました。
今回はさらにハンサムな立役の着る着物の色に見られる「浅葱色(あさぎいろ)」の事を書きます。
浅黄色とも書くことがあるようですが、これは正しくありません、正式な日本名は古くから「浅葱色」が一般的です。
「浅葱色」はもともと藍染から出来た色です。
江戸時代に流行した色といえば、青系統の藍、それに、茶、鼠の三つです。
特に藍色は好む人が多く、男女問わず用途も広かったようです。
 藍色は古く、藍染から出来るのですが、その染色時間によって微妙に色合いが変わることでよく知られていました。糸や布を何回も藍瓶に浸しては絞りながら染めを繰り返す方法で、その回数にしたがってだんだん濃い青になり、やがては紺色になってゆきます。
   瓶覗 →  水浅葱 → 浅葱色 →  納戸色 →  縹色 →  紺色
とじょじょに変わって行くのです。ちょっと説明を加えましょう。

瓶覗(かめのぞき)     染色する甕に少しだけ浸けて染めた淡い色で、「ちょっと瓶
       を覗いた程度の色」

水浅葱(みずあさぎ)       浅葱色になる少し前に亀から取り出した 瓶覗と浅葱の中
      間程度の色

浅葱色(あさぎいろ)  ネギの葉のような緑がかった色

納戸色(なんどいろ)     納戸の幕の色で納戸の暗さが由来という

縹色(はなだいろ)      藍色より薄く、浅葱色より濃い中間で「花色」ともいう
        ほんのりくすみがかった薄青色で露草の花から命名した

紺色(こんいろ)       さらに繰り返し染めた濃い藍色

このように、藍色でもその色合いによって呼び名も違うのです。古来の日本人の感性がこうした微妙な色を生み出したといえます。

 さて、本題に戻りましょう。
繰り返しになりますが、浅葱色は藍染の明るい色調の、緑がかった藍色で、浅い藍染とでも言っていいと思います。
 この浅葱色の御紋服を着用している歌舞伎のヒーローが「仮名手本忠臣蔵」の六段目、「勘平腹切りの場」の早野勘平です。
原作に比較的忠実な上方での方式の勘平は浅葱色の御紋服は着ませんが、江戸の菊五郎型で上演される勘平は浅葱色の御紋服を着ています。

江戸風の勘平と上方風の勘平

「仮名手本忠臣蔵」六段目は、勘平が居候をしているお軽の実家、京・山崎の「与市兵衛の家」の場面です。

六段目・与市兵衛内 勘平腹切りの場


 幕が開くと、この家に祇園のお茶屋一文字屋の女房お才と判人(女衒)の源六が来ています。女衒というのは、遊女を廓に斡旋する仲介人のことです。お軽は、夫の勘平に金の要ることを察し、内緒で自分の身を祇園町に売ろうと決め、その直後のある夜、父親が祇園町へ行って金を受け取っていたのです。そのため、翌日祇園町からお才と源六が来てお軽を連れて行こうと来ているのです。
 そこへ猟に出ていた勘平が帰って来ます。雷雨で真っ暗闇だった昨夜、猪を仕留めたと思っていたのが誤って撃ってしまった旅人(実は、祇園町からの帰り道のお軽の父親から娘の身代金を強奪し、挙げ句、殺した犯人である定九郎)から奪った金をかつての朋輩に急ぎ渡し、これで主君仇討ちの仲間に入れたと意気揚々と帰って来たのです。
 足を洗い、上にあがり見知らぬお才と源六に怪訝な様子を見せますが、濡れた着物を代えようと、お軽に大小と御紋服を持ってくるように言います。
 この時の御紋服というのが、浅葱色で、前にふれた音羽屋・尾上菊五郎の家の型なのです。

 勘平の着た御紋服がなぜ浅葱色、しかも水浅葱だったのでしょう?
色々議論されているところですが、、、
この色は、写実を離れ、勘平の性格から薄幸の運命までをも象徴しているような見事な色調なのだからと言われているのが一般的です。
 元々、菊五郎型の勘平の御紋服の色は納戸色でした。
しかし、その地味な色調には若い色男の勘平には似合わない。逆に、水浅葱の派手な色の紋服が、悲劇を暗示しながらひときわ目立つ一方、萌えいずる早春を思わせる色が浅葱色ということなのです。
二枚目の勘平が、猟師のままの姿ではどうにも美しくないし、哀れさが引き立たちません。こののち悲劇への道を歩む勘平には、くすんだあばら家の中で、一人だけ水浅葱の紋服を纏った姿に観客の目は集中するとの目論見だったのです。

 さらに、歌舞伎で浅葱色といってすぐ思い出すものがあります。
    「浅葱幕」です。
浅葱幕は歌舞伎の開演で定式幕が開いた直後、よく見られる浅葱色の幕です。
定式幕は、ご存知の通り、開演前や終演の際舞台正面に引かれてある薄い木綿の三色(普通は黒、萌黄、柿色)の縦縞の段幕で、下手から上手(逆の場合もあります)へ引いて開け閉めする引き幕です。

定式幕

開演で定式幕が開いた直後、その奥に一面に薄い青色で無地の幕が吊ってあることがあります。これを「浅葱幕」といいます。
浅葱幕は前もって幕を吊るしておき、柝が「チョン」と打たれるのをきっかけに振り落とす(切って落とすといいます)のです。定式幕は「切って落とす」とは言いません、必ず引いて開閉します。

浅葱幕が切って落とされると、背景が現れる

浅葱幕は場面の変化を際立たせる効果があって、一瞬のうちに新しい場面が観客の目に飛び込んできます。
また、「切って落とす」方法のほかに、歌舞伎では舞台上にたくして絞りまとめてあった浅葱幕を一瞬のうちに下に落として被せ、全景を遮断してしまうやり方もあります。「振り落とし」といっています。
どちらも柝の打つのを合図に実行されます。

このように、浅葱色は歌舞伎のいろんなシーンで見られる切っても切れない関係があるといって過言ではないのです。

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