ホームをレスした話(14)

横を見るな。縦を見ろ。

昔流行した歌に「涙の数だけ強くなれるよ」という歌詞がある。そのあとの歌詞は「アスファルトに咲く花のように」と続くのだけれど、当時、小学生だった私は「アスファルトに咲く花は別に涙を流したりしない」と思った。この時期から、アスファルトに咲く花側の人間になりたいと思った。涙の数だけ強くなるのではなく、粛々と突き抜けた数だけ強くなるのだと思った。

ある日、イタリアに呼ばれてローマに向かった。

家なし生活は、家を断捨離した日々でもあった。かの有名なブルース・リーは「増やすな、捨てろ」という至言を後世に遺した。自由を求めて我々は物を増やす。が、物を増やしたことによって「物に縛られる」日々を送る羽目になることはあるあるだ。管理費や維持費はバカにならない。自由でありたければ、身軽でありたければ、所有の概念を薄くすればいいのだと思った。

別にローマでなにがあった訳でもない。適当に市街地を散策して、ナポリ方面まで足を伸ばしてピザやパスタを食べたりした。どのお店に入っても、圧倒的に美味しいイタリアン料理の数々に舌鼓を打った。その程度の記憶しかない。が、ひとつ、強く印象に残っている空間がある。それが教会だった。

私は、キリスト教とロックンロールに多大な影響を受けて育った。昔から学校に馴染めなかった私は、周囲の人間とうまくやっていくことができなかった。好きな先生の話なら喜んで聞くが、嫌いな先生の話は「耳が腐る」と思っていた。授業中に耳を塞ぐこともあった。結果、ものすごい怒られたりもしていた。が、私は、どうして自分が怒られているのかがわからなかった。

悪いのは、授業中に眠る自分ではなく「眠くなるような授業をする先生」だと思っていた。ので、そのことを教師に告げると彼らは一様にして怒った。彼らの論理は「教師の言うことは聞くべきだ」というものだった。私は、小学生ながら「それは違う」と思った。この頃から権威を疑うようになった。私は、権威に服従をしたいのではなく真理に服従したいと思っていた。教師の言うことは聞くべきだと言う発言に、私は、微塵も真理を感じなかった。

好きなひとの言うことは聞くが、嫌いなひとの言うことは聞けない。そんな少年がまともな学校生活を過ごせるはずもなく、やがて、私は「おかしいのは自分なんだ」と思うようになった。周囲を見渡せば、みな、愚痴などは言うもののそれなりに環境に溶け込んでいるように見えた。が、自分にはそれができない。小さなこどもにとって、学校は「世界のすべて」だ。学校がダメになると、まるで、自分の人生全体がダメになったような感覚を覚える。

生きていてもなにもいいことはない。そう思った私は、毎日死ぬことばかりを考えるような中学生になっていた。高校に入ってもその傾向は変わらなかったが、ただ、自分の好きな音楽を聞いている時間だけは「自由」を感じることができた。私は、ロックンロールを好きになった。ロックンロールは優しかった。自分みたいな人間はうんこだと思っていた当時の自分に、それでも「生きててもいいよ」と言ってくれているような、温かさを覚えていた。

孤独な私は、音楽と同時に『本』の中にも友達を求めた。

当時、私は三浦綾子という小説家の本を愛読していた。とりわけ有名なのは塩狩峠という作品で、この作品は、北海道の塩狩峠を走る電車のブレーキが壊れ、このままでは乗客全員が死ぬという場面で主人公である車掌の男性が「自分の命を引き換えに」レールに身を投げ打って電車を止める、というものになる。

一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くの実を結ぶべし。

塩狩峠序文にある、有名な聖句だ。口語訳をすると「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。しかし、死ねば、多くの実を結ぶ」というものになる。私は、なによりもこの言葉が印象に残った。そうか。命を守ろうとするから弱くなるのだ。命は守るものではなく「使うもの」なのだと思った。命の使い道を見つけること、これのためなら自分なんてどうなってもいいのだと思えるものを見つけることが、重要になるのだと思った。

キリスト教とロックンロールに共通するもの。そのひとつが「弱い者の視点に立っていること」だと思う。私は弱い人間だ。弱い人間は生きていけない(生きている値打ちがない)と思っていた。だがしかし、キリスト教も、ロックンロールも、弱い人間【自分】に優しかった。誰の命にも価値はある。そのことを、優しく教え諭してくれような雰囲気を感じることができた。

もうひとつの共通点は「死なないために生きている訳じゃない」ことを教えてくれた点にある。自分のために生きるのではなく、自分以上の何かのために生きる者に宿る美しさ、それを教えてくれたように思う。これらがあったからこそ、ギリギリ、どうにかこうにか自分は自分の命を繋ぎ止めることができた。あとは、この命を、残された命を何に使うか。それが問題だった。

イタリアを経由して、北欧のヘルシンキに向かった。

北欧のライフスタイルは日本でも人気が高い。事実、ヘルシンキに散らばる生活用具は非常にスタイリッシュで「洗練された余裕」を感じた。とりわけ印象的だったのはBGMが極端に少ないことで、ホテルも飲食店も無音の空間ばかりだ。無音の心地よさを思い知る。物質だけではなく、テレビの音やラジオの音など「自分がいかに無駄なものに囲まれていたか」を痛感した。

ヘルシンキ在住の日本人女性と共に動いた。彼女いわく「フィンランド人は、自分のような日本人が暮らしていても基本的にはほっといてくれる。この距離感が、自分には心地が良くて気に入っている」とのこと。ほっといてくれることのありがたさは物凄いよくわかる。フィンランドは(冬の気候の影響だと思うけれど)自殺率が非常に高い。アルコール中毒者も多い。この点も、私の地元である新潟県に通ずるものを勝手に感じて親近感を覚えた。

フィンランドは超絶個人主義の国だと聞く。元気ですかと尋ねても「わたしが元気なこととあなたの人生は関係ない」みたいな感じでぶった切られることが多い(らしい)。が、街中にはいたるところにキュートな細工が施されているためツンデレ感がすごい。世界には様々な国がある。みんながフレンドリーな国もあれば、みんながツンデレな国もある。当たり前のことだけれど、日本だけが世界ではない。日本があわないならば、他の国で生きるという選択肢もある。ヘルシンキは、自分にとって好きな街のひとつになった。

移動は続く。

様々な世界を巡れることはとてもありがたかったし、断捨離生活の恩恵だとも思っていた。が、正直に言うと、自分は「本当はどこにも行きたくない」のだと感じていた。自分の中に矛盾がある。どこかに行きたいと思う自分もいれば、どこにも行きたくないと思う自分もいる。誰かに会いたいと思いながら、誰にも会いたくないと思う自分がいる。何かをやりたいと思いながら、もう、何もやりたくないと思う自分もいる。多分、疲れていたのだと思う。移動をする理由は、必ずしも行きたい場所があるからではなかった。ただ「ここにはいられない」という後ろ向きな思いが、自分を動かしていた。

ヘルシンキの海を眺める。カモメが目の前を飛び交う。

この時、私は「横を見るな。縦を見ろ」と思った。横のつながりだけを求めると辛くなる。横とは人間関係のことだ。さみしい時、苦しい時、私は理解者のような存在を求める。そして、理解者があらわれないことを悔やんだり、時には世界を憎むような思考さえすることがある。しかし、横にすべてを求めることは無理がある。だからこそ、縦が必要になるのだと思った。

横のつながりが人間関係ならば、縦のつながりは「神」とか「自然」とか、そういうものとのつながりになる。理解者はいなくても、神様は俺を見ている。太陽は俺を見ている。自然は俺を見ている。人間とのつながりではなく「人間以外とのつながり」を感じることができるのならば、たとえ、仲間も理解者もいないとしても、この世界を生き抜くことができる。そう思った。

イタリアの教会に立ち寄った際、私は、こころが浄化をされていくような感覚を覚えた。誰もいない空間。整理をされた空間。聖域のような凛とした空間。神様は、ここにいるのだと思った。神様とはなにか。それは自分の外側にあるものではなく、自分の内側に常にあるもの。自分は神であり、神は自分であるという感覚。自分もまた、神の創造物のひとつなのだという感覚。

横を見るな。縦を見ろ。

十字架のモチーフを思い出す。十字架は、横の線と縦の線がクロスをしている。その中心に神がいる。生きていると、どうしても「横のつながり」だけを求めてしまう。横のつながりだけを意識してしまって、他人と比べたり、周囲から疎外されているように感じたりして、一喜一憂を繰り返す。そして、縦の存在を忘れていく。天と地と繋がっている感覚を取り逃していく。

真理は叫ばない。ただ、常にささやいている。

縦の感覚を忘れないため、十字架のモチーフを見るたびに「ああ、そうだ。横だけじゃない。縦もあるんだ」と思い出すように意識をした。教会の側を通り過ぎる度に、やがて、ちょっとした安堵感を覚えるようになった。横だけじゃない。縦もある。だから、きっと、大丈夫だ。そう思うことで弱気になった自分を励まし、事実、そう思うことで湧き出してくる力が実際にあった。自分はきっと大丈夫だ。この感覚があれば生きていける。そう思った。

ら、奇跡が起きた。

(つづけ・・・)

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坂爪圭吾

ホームをレスした話

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