生きろ。生きてお前を見せてくれ。
なまけもののT様が看病に来た。なまけものだから、私よりずっと横になっている。私がT様の布団を敷き、私がT様の料理を作る。「逆だろ」と思うのだが、愉快になる。元気になる。昔からめちゃめちゃな人が好きで、正解じゃないことをやる人に正解を感じる。T様にも一応人間の心はあるから「悪いね」と謝罪をしてくる。私は「別にいいよ。だけど、そろそろ洗濯をしなくちゃいけない」と言った。T様は「ジャンケンで負けた方が洗濯しよう」と、横になりながら言った。やる気の無さが凄いので、それだったら俺がやるよと言った。お前は何をしに来たのだと聞いたら、照れ笑いを浮かべながら看病と言った。結果、T様も風邪を引いた。
老老介護の様相を帯びた私たちは、一緒になって横になった。共倒れも楽しめば娯楽になる。T様が「大学の同窓会に呼ばれたけど、今の自分のままでは恥ずかし過ぎて参加できない。来年こそは生まれ変わりたい」と言って、手帳に目標を書き始めた。そこには「メールの返信をする」とか「毎日運動する」とか、基本的なことばかりが書かれていた。私が「お前の目標は固くて重い。おそらく、すぐにまた全部を投げ出して自己嫌悪に陥るだろう。俺が手本を見せてやる」と言って、好き勝手なことをメモ帳に書いた。すると、さっきまで真面目なことばかり書いていたT様が「ちやほやされたい」と言いはじめた。T様の本音が出た。いいぞ。いいぞ。ちゃんとできない人間がこの期に及んでちゃんとしようだなんて無理な話だ。それができたらこんな人間にはなっていない。大事なことは堂々とすることである。堂々としていれば、どんな生き方でも案外受け入れられる。コソコソしたりジメジメしたりビクビクしたりするから、厄介者扱いされたり殻に籠るのだ。ハッタリをかませ。毛皮を着て、勝負パンツを履け。戦闘服を手に入れろ。ドレスアップするのだ。
大事なことは、ちゃんとすることではなく「楽しく、充実した日々を過ごすこと」だと思う。好きなことを書こうということになって、私は笑いと音楽と小説と書いた。その横に「面白いこと」「美しいこと」「カッコいいこと」と書いた。書きながら思った。お笑い芸人もロックンローラーも小説家も、犯罪者予備軍が犯罪をしない(社会不適合者が自殺しない)ための最後の手段みたいなものだ。私のデフォルトは犯罪者(社会不適合者)で、どうにか犯罪を犯さない(自殺しない)ための何かを求めている。現実世界で人を刺すと犯罪になって捕まるが、言葉を通じて人を刺すと感動が生まれて英雄になる。涙腺を崩壊させたい。頭をおかしくさせたい。腹が捩れるくらい笑わせたい。こんな、ある意味暴力的な願望も、笑いや音楽や小説を通じて行えば、芸術になる。感動になる。そのようなことを思っていたら、隣でT様が早速横になって意識を失っていた。寝ている。凄い。さっきまでまともな人間になりたいと言っていた、あれは嘘だったのか。だが、寝顔はキュートだった。いびきをかきながら眠るT様を見ていたら「怠けている人も頑張っているのだ」という思いが腹の内から湧き上がり、涙が出た。ダメなところも含めて好きとか言うけれど、あれは嘘だ。好きなら、全部、好きになるのだ。
東京から冷蔵の小包が届いた。封を開けると、大量の肉団子スープと手作りのおでんと手紙が同封されていた。驚いたことに、底にびっしり缶ビールが敷き詰められていた。病人にビールを送るのは正解ではないが、私は「大正解」と思った。粋だ。いなせだ。笑うと元気になる。病人の見舞いとなると、どうしても波動重めな言葉を添えてしまう。あなたが辛いと私も辛いとか、あなたがいない人生なんて考えられないとか。だが、一緒に重くなっても仕方がない。大事なことは、笑うことだ。笑わせることだ。笑えば元気。愉快な気持ちになり、人間っていいなと思うことができる。人生の素晴らしさに感動していたら、隣にいたT様が「いただきます」と言ってビールを飲んだ。すぐに飲んだ。俺の許可なく飲んだ。その姿を見て「君はめちゃくちゃいいね」と思った。T様は「え?」とか言いながら、恥ずかしそうに笑った。恥ずかしがるならやるなよと思ったが、恥ずかしいけどやめられないことがその人なのだと思った。俺たちの約束は、百点満点のテストで一万点取ることだ。はみ出すほどに、素晴らしいのだ。
小包の中には「親子丼代」と書かれた封筒が添えられていて、中身を見たら一万円が入っていた。前回の記事で「とり肉も卵もたまねぎもないのに親子丼を作ろうとしてしまった」と書いた。それを見て、送ってくれたのだ。T様は、はるばる九州から私を看病するために熱海まで来てくれた。仕事を投げ出し、家事もほったらかして、実際に足を運んでくれたのだ。実質的な働きはゼロだったが、T様が側にいてくれただけで、私は愉快な時を過ごすことができた。親子丼代に貰ったお金を、T様に渡した。T様は「え?」と言いながら、それはやっぱりあなたがもらうべきだと言って受け取ろうとしなかった。だが、私は「親子丼に負けずとも劣らない力を貰ったので、受け取ってください」とお願いして、受け取ってもらった。同封されていた手紙を読んだ。素晴らしい内容に感動した。T様に「すごい良い手紙だったよ」と言って、差し出した。手紙を読んだ後、T様は泣いた。
バッチ来い人類!うおおおおお〜!