ホームをレスした話(13)

ひとつの大きな命を生きている。

ある日、日本在住の女性から「海外に行きたいのだけれど、ひとりで行く勇気がない。よかったら、旅費を出すから一緒に行かないか」と声がかかった。結果、私たちはマレーシアとミャンマーを一緒に巡ることになった。

家なし生活を続ける私を見て、色々な人が、色々な言葉で私を形容した。ある人は「あなたは禅僧みたいですね」と言う。ある人は「アーティストみたいですね」と言う。ある人は「生き方がロックですね」と言い、ある人は「多動症の哲学者ですね」と言う。ある人は「吟遊詩人ですね」と言い、ある人は「現代の建築家ですね」と言う。勿論、お前はただのホームレスだとか、社会不適合者に過ぎないとか、そういう風に揶揄されることもあった。

私と言う人間はひとりだが、私と言う人間に様々な呼称が与えられた。この現象が興味深く、私は、当たり前のことだけれど「人の数だけ世界がある」のだと思った。私は、ただ、私のままで生きている。それだけのことに過ぎなかった。が、そんな私を見て、色々な人が、色々な役割を見出していた。

私は、私の生き方に名前を与えなかった。ただ、何者でもなく生きていた。現代社会において、何者でもなく生きることは許されないのだなと思った。生きているだけでは許されないからこそ、何者かになるために必死になる。社会的な役割を通じて、自分の価値を認識する。これは、逆に言えば「社会的な役割のない人間は、生きている値打ちのない人間」ということになる。

私は、この点において「ちょっと待った!」と言いたかった。

価値と功績について考えていた。価値は存在に宿り、功績は行動に宿るものだ。が、現代社会では、価値と功績がごちゃまぜになっているのかもしれない。価値と功績は別物だ。功績はなくても、生きていることの価値は等しく同じだ。が、功績のない人間は「生きている価値もない」とされてしまう。だからこそ、みな、必死になって功績を求めている(功績こそを価値と見なし、自分の外側に貼り付けている)ような、そんな風潮を感じていた。

私は、この風潮に中指を突き立てたかったのだろう。

生きているだけでは許されない。そんな馬鹿な話はあるだろうか。あなたは、あなたのままでは通用しない。だからこそ、あなたは「あなた以外の何者かになること」を(学校や社会などから)強制される。そんな馬鹿な話はあるだろうか。生きるためには何かしらの資格や権利が必要で、それがなければ生きていることが許されないなんて、そんな馬鹿な話はあるだろうか。

何者でもなく生きることは、私の、反骨精神の表れだった。

そんなんじゃ生きていけないよと言われ続けた。が、私は「そうまでしなければ(自分を殺さなければ)生きていけないならば、そんな世の中を生きていたいとは思わないよ」と思っていた。自分にとって大事なことは、生きることよりも「生きたいと思うこと」だった。生きたいと思う気持ちのないまま、ただ、生きているだけならば、それは『拷問』と同じだと思っていた。

そんな自分の、最後の悪あがきが家のない生活であり、何者でもなく生きる日々だった。これは、言い換えるならば「自分の役割を、自分以外の人々に見出してもらう日々」でもあった。何者でもない自分は、ただ、存在しているだけの石ころと同じだった。が、この、取るに足らない石ころに、何かしらの役割を見出してくれる人々がいた。そのことによって、私の命は繋がれた。自分を生かすものは、自分の存在ではなく、周囲の人々の存在だった。

無限の網の目の中で、ただ、生かされているという感覚。

ミャンマーの首都ヤンゴンには、シュエダゴン・パゴダという黄金の仏塔がある。聖域と呼ばれる場所の空気感は澄んでいて、そこにいるだけで心が浄化される感覚を覚える。海外の仏像は、日本に比べて表情が穏やかなものが多い。仏像を前にすると、日常的に「俺が、俺が」という思考にまみれていた自分を、小さく感じたり、情けなく感じたり、恥ずかしく感じたりする。

ミャンマーが仏教国だからなのか、人口に対する僧侶の数が世界で一番だからなのか、いつの間にか、私は「仏教的な思考(?)」をするようになっていた。発展途上国では、日本のように豊かな生活を送っている人は少ない。おとなたちは道端で眠り、裸足で走り回っているこどもたちも少なくない。

が、瞳の輝きだけを見ると、それは宝石のように輝いていた。着飾る人間は少ない。だからなのか、空間全体に抵抗なく溶け込むことができるように感じた。その感覚は「優しさ」とも「温もり」とも呼べるように感じた。こどもたちは、少しでも話すとすぐに仲良くなる。お腹を減らしているはずの彼らも、お金より、食べ物より、一緒に遊ぶことを求めているように感じた。

幸福とはなにか。豊かさとはなにか。生きるとはなにか。発展途上国にいると、そういうことを否が応でも考えさせられる。私は、やがて「幸福は一体感、不幸は分離感」だと思うようになった。俺が、俺が、という思考を深めるほど、どれだけ金を集めても、どれだけモノを集めても、孤立は深まっていく。不幸は分離感で、俺が、俺が、となるほどにそのひとは分離をする。

当時、一緒に旅をしていた女性に「マヤ語の挨拶に、インラケチという言葉があるんですよ」と教えてもらった。はじめて聞く言葉だった。言葉の意味を尋ねると、それは「あなたはもうひとりの私です(私は、もうひとりのあなたです)」というものだった。一人一人の人間は、ひとつの大木【生命の巨樹】から生えている一枚一枚の葉っぱのような存在であり、根っこは繋がっている。古代マヤの人々は、すべてをひとつとして捉えていたのだと教わった。

この考え方は素晴らしいなと思った。我々は、別々の命を生きているのではなく、ひとつの大きな命を生きているのかもしれない。が、現代社会では、こんな風に物事を捉えない。個人主義によるものなのか、ひとりひとりは「別々の命」を生きているように思わされる。だからこそ、みんなよりも一歩抜きん出ることがよしとされ、みんなよりも良い会社、みんなよりも良い風貌をすることがよしとされる、俺が、俺が、の競争社会にぶちこまれる。

幸福が一体感と呼ばれるもので、不幸が分離感と呼ばれるものならば、世俗的な考え方は「無意識に分離感を強めてしまう」構造になっているのではないだろうかと、私は、そんなことを感じていた。さみしさを埋め合わせるためにお金を求めたり、さみしさを埋め合わるために社会的な名誉を求めるが、それによってさみしさが消えることはない。本当に求めていたものは、モノではなく、カネでもなく、人間的なふれあいなのではないだろうか。

インラケチを教えてくれた女性は話す。

坂爪さんを見ていると、不思議な言い方になってしまうのですが、自分の代わりに生きてくれているような、そんな感覚を覚えることがあります。一時期は、自分も、坂爪さんみたいに家のない自由な生活をできたらいいなって思うこともあったけど、あ、これは違うなって。坂爪さんは坂爪さんを、私は私を生きることが大事なんだなって、そう感じるようになりました。

この言葉を聞いたときは、私は、なんだかとても嬉しい気持ちになった。私はあなたの代わりに生きていて、あなたは私の代わりに生きている。別々の命を生きているのではなく、ひとつの大きな命を生きている。あなたはもう一人の自分であり、自分はもう一人のあなたである。この感覚は、分離感を遠ざけ、全体感をもたらした。この感覚が、温かさを生んだのだと思う。

考え方ひとつで、きっと、世界は大きく変わる。

この考え方は、嫉妬を消すためにも役立った。嫉妬を消すには「あの人は、もうひとりの自分である」と(事実は一旦無視をして)一方的に決めつけること。じゃないと、自分の方が容姿は優れているとか、自分は絶対に間違っていないとか、くだらない分離競争がはじまってしまう。人間一人一人は大樹の子葉で、根源は同じ。同じ人間なのだと思えたとき、お前はお前を生きろ、俺は俺を生きるから的な広い視野を獲得できる(ような気がした)。

家なし生活の日々のなかで、無論、さみしさを覚えることも頻繁にあった。が、この「ひとつの大きな命を生きている」的な思考は、さみしい時にも役立った。さみしい時、分離型の思考では「さみしいのは自分だけなんだ」などと思って深刻になる。勝手に泥沼にはまって、勝手に自爆をしてしまう。

が、全体型の思考をすると「もしかしたら、いま、さみしいのは自分だけではないかもしれない」と思い直すことができる。自分だけに向けられた視点を、開くことができる。自分以外の誰かのために、祈ることができるようになる。この瞬間、さみしさは「自分だけのもの」ではなくなる。さみしさを通じて『つながり』が生まれ、さみしさを通じて『温もり』が生まれる。

自分はひとりではない。この感覚を、私は、家なしの日々のなかで培うことができた。この感覚こそ、最高の宝だと思った。極端なことを言えば、自分に家【金】はなくても、他の誰かが家【金】を持っているのだから問題はないとさえ思った。もっと言えば「地球に財布はひとつ!」だと思っていた。

あらゆるものに対して「これは俺のものであって、俺のものではない」と感じるようになっていた。所有の概念がよくわからなくなった。自分の金も、いま、たまたま自分の手元にあるだけのもののように思えた。服も、家も、金も、命さえも、全部「預かりものみたいなもの」だと思うようになった。

傲慢なことを言うと、私は、この辺りから「釈迦が出家をした気持ちがものすごいわかる」などと思いはじめていた。金があっても虚しい。異性からモテても虚しい。日夜、贅沢の限りを尽くしても虚しい。そう思った釈迦は、王子の身分を捨てて、出家をする。そして、旅路のなかで、様々な気づきを得て、やがて悟りを開く。その悟りとは一体・・・などと考えていた。

ら、奇跡が起きた。

(つづけ・・・)

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坂爪圭吾

ホームをレスした話

家なし生活(2年間)の日々をまとめました。
2つのマガジンに含まれています
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