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映画「MINAMATA」アンドリュー・レヴィタス監督 2021年制作を観て

アメリカを代表する写真家ユージン・スミス(ジョニー・デップ)と水俣病との出会いとその闘いを描く。ニューヨークで酒に溺れていたユージンに、富士フイルムのCМにお願いできないかとの申し出をアイリーンという女性がするが、実は話を進めていくと水俣病の実態を写真に収めて世界中に発表してほしいという依頼だった。ユージンは25年前の沖縄の時に懲りたので断ると言ったが、アイリーンの粘り勝ちで山と海の美しい熊本に降り立つ。

熊本では食事が口に合わなくてウィスキーばかり飲んでいる。一般の人々からは避けられたが、症状のある人々で作る闘いの会に招かれる。そして、その人々はチッソ株式会社に賠償金と医療費と生活保障を求めている。

そんな症状のある人びとの写真を撮りながら、ユージンは「写真家は無傷でいられない、写真は撮る者の命を奪う」という。ユージンとアイリーンは、チッソが経営してる病院に潜り込み白衣を着て病室を回り、患者の写真を撮りまくる。警備に見つかり追われるが逃げながらもラボに逃げ込み、重要書類を手にする。書類や患者の実態に対して怒りに震えるアイリーンにユージンは「感情に流されるな、冷静に撮ることだけを考えるんだ」という。
 
そんなユージンを勝手にさせておくことはできないと、チッソの社長がユージンを会社に招いた。社長は紳士的で流ちょうな英語を話す。社長は静かに「チッソは肥料になり、みんなの食の安定に寄与している。また、写真の現像にも使われている。チッソは浄化装置を設置して流されている水には極微量の不純物しか含まれていない。何千人もここで働いている。この工場が閉鎖したらどんなことになるか想像できるでしょう。あなたにはお金を差し上げるからアメリカに帰ってゆっくりされては如何でしょう」と取引を持ちかける。ユージンは躊躇ったのち、その分厚い札束を突き返す。「患者は微量なPPMに過ぎない」という社長に賛同しかねたのだろう。

闘いの会の人々も割れる。集会で約半数は賠償金が取れれば闘いは終わっていいんじゃないか、というが、賠償金だけでなくその後もチッソが垂れ流しを止めない限り闘いは続けるという人々もいる。その代表格は真田広之が演じている。

アキコという胎盤から有機水銀を摂取して生まれたときから水俣病を発症している女性がいて食事に毎日5時間ついていて食べさせなければならないという。彼女をユージンに見せて、アキコは目が見えずしゃべることもできないが、私たちは買い物に出かけるので一時間一緒にいてあげて、と言われアイリーンとアキコの母は出かけてしまう。ユージンは一時の間アキコを抱いてお守りをするという体験をした。

闘争を主導している活動家の家が、警官に捜査だと言って襲われる。その瞬間もユージンはカメラに収めた。そしてこの光景を国外に持ち出すなという脅しがあり、ある夜、ユージンが食事をしていると外で爆発音がし、言ってみるとユージンのスタジオが放火されすべて燃えてしまった。ユージンは全て終わったと、ライフ社に水俣の写真は送れないと言う。すると長年の付き合いの編集長は、だめだ!もう一度撮るんだ!と叱咤激励し、ユージンはもう一度立ち直る。

1971年3月チッソの株主総会に500名以上の抗議の人々が集まり乱闘になった。それを撮っていてユージンは巻き込まれ左目と右手を負傷して入院することになった。そして不思議なことが起こったのだ。ベッドに寝ているユージンに謎の男が包みを置いて立ち去った。見舞いに来たアイリーンに開けてもらうと、燃えたはずのネガフィルムがそっくり入っていたのだ。

株主総会での住民との対話の席で、社長は要求金額を計算すると会社は払えないとゼロ回答を下した。その間に、住民たちに受け入れられたユージンはアキコの入浴シーンを撮ることを許される。アイリーンの協力で何とか不自由な手で写真を仕上げる。そしてライフ社にその写真が届き、世界中に出版された。それを知って、観念したチッソの社長は住民の賠償金、医療費、生活保障のすべてを払うことを決める。

住民は孫子の代まで闘いは続くと言っている。2013年、首相は水銀事件は解決済みと宣言したが、今も数万人の被害者がいるという。1978年、ユージンは事故で亡くなる。妻となったアイリーンは今も公害の被害者のための闘いをしている。映画の最後には、世界中の公害の被害者のスナップショットが流れ、そこには福島第一原発も含まれている。

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