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私は君のお店に恋をしたいんだ

我が家の近所に大手流通企業の運営する輸入食品店がオープンしたのは最近のことだ。

私が日頃使っているスーパーは、プライベートブランド(PB)の商品が安くて品揃えも豊富で、とても便利なのだけれども、ベーシックな商品が中心で変わった商品はほとんど置かれておらず、時々物足りなく感じることがある。

毎日80円のPBの食パンを食べていると、ときどき反動でメゾンカイザーの200円のクロワッサンを食べたくなるように、「おもしろい商品を見たい、食べたい」という欲求は定期的に訪れる。

そんなときに発散のはけ口になるお店の一つがカルディコーヒーファームだ。見たこともない国の不思議な食材。安くて美味しそうで、つい必要がないものまで手にとって、購入してしまうこともしばしば。

ぎゅうぎゅうに詰められた陳列、狭い通路。そこをすりぬけて、新しい何かを探し出すのは本当に楽しいひとときだ。もちろんそれを食卓に提供しておいしければもっと嬉しいし、その料理が定番化するとさらに嬉しい。

だから近所に新しい輸入食品店がオープンすると聞いたときには本当に期待が高まった。美味しいワインにチーズにクラッカー。タイや韓国の調味料、イタリアやフランスの食材…。レシピの種類がひろがる妄想を楽しんだ。
ところが、オープンしたその店を楽しみに、そそくさと訪れてすぐ、その期待は失望に変わった。

なぜかわからないのだけれども、つまらないのだ。整然と陳列された商品。買い回りしやすそうな店内レイアウト。つまりは優等生なんである。色気がさっぱりない。生真面目で性格もいいのだけど、こういうお店とは恋に落ちることはできない。

仕事の視察で、先日はじめてニューヨーク郊外のWegmansを訪れた(こういう仕事をしていて恥ずかしいことだが初めての視察だった)。視察を許されたのはごく短い時間だったけれど、恋に落ちるにはじゅうぶんすぎた。

入口で出迎えてくれるクリスマスシーズンの装飾、新鮮で美味しそうなフルーツは市場の雰囲気を醸し出す。

かわいらしいアイシングクッキーを目の前で作っているコーナーでは、思わず足を止めてカラフルさに見入ってしまう。

舌を巻いたのは青果コーナーのプレゼンテーションだ。平台の中心にモッツァレラチーズ、ズッキーニとトマト。さらにとなりにはニンニク、ハーブと続く。その棚を見れば、Wegmansがズッキーニとトマトのイタリア風の煮込みや、トマトとモッツァレラチーズとバジルのサラダを提案していることは一目瞭然だし、今日の夕食はイタリアンにしよう、なんてアイデアも湧いてくる。それを店の一部で小さく提案しているのではなくて、青果売場の中心に、大きな平台で「さあ見て!」と言わんばかりの大きさで展開している。売場効率だとかは気にしないアピールという印象を覚えた。

花屋では見たこともない花に目を奪われた。水をやらなくても育つという球根には、ご丁寧にPOPに「ほっておいても育ちます」と書かれてて、ズボラな私にぴったりね!と他のお客さんと会話がはずんだ。クリスマスシーズンにむけたポインセチアは、全体的にオレンジ色のラメがかかってキラキラしている。生花のはずなのに、不思議な色合いだ。

天井には電車のおもちゃが走っていて、手書きの看板のプレゼンテーションもうつくしい。商品の陳列やプレゼンテーションを通じたおもてなしであり、色気がむんむんだ。

一方、店の奥の方には日用雑貨やグロサリーがゴンドラで整然と陳列されている。こちらは価格訴求をしているようなトマトソースやトイレットペーパーのような商品が中心で、色気などはあまり感じない。

手をかけるところには手をかけ、そうでないところは効率性を重視しながら販売する企業なのだなと感じた。

Wegmansで一つの店舗中に、華やかな雰囲気と、整然とした雰囲気の両方の売場を体験し、ふと気付いた。

店から色気がなくなったのは、みんなが真面目な理屈にこだわり過ぎているからではないか。本部からの指示の徹底や、売場販売効率という数字、作業効率。もちろんそれらも大切だけれども、そこにはお客さんを楽しませようという視点は全く欠けている。

店というのは、理屈だけでなく感性やアート的なものも求められる場所だ。
商品にとっても、働く人にとっても、店はステージだ。優等生的な演説をされても誰も振り向きはしない。色気や怪しさ、サービス精神、笑いやアートがそこにほしい。

お祭りの夜店がなんであんなに魅力的に見えるのか。どうして屋台でキラキラ光るあやしいおもちゃを泣いてまで親にねだって買いたくなるのか。それは色気やあやしさからくる魅力のように思う。

「恋したくなる」ような店こそ、忙しい毎日の中でも、少しの安らぎを求めて、時間を割いてでも訪れたい店になる。

私はあなたの店に恋をしたいんだ。そう気が付いた。

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