シリア危機が信仰にもたらした影響

2018年、個人的に友人のツテを借りて、聞いたこと。あくまで、シリア危機のひとつの話として。

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シリア人の友人何人かが、ラマダンのときに断食をしなくなったと聞いた。周りにもいるのかと聞いたところ、シリア危機後、断食をしなくなった人が増えたという。シリア周辺国に非難するシリア人も。これまで宗教的繋がり、また宗教に基づいた氏族の繋がりが濃かったシリアにおいて、それは今後のシリア復興において、何かしら負の影響があるのではと考え、友人のつてをかり、オンラインで10人にアンケート調査を行った。

宗教的姿勢として、お祈りの頻度・回数、断食について質問をした。すると10人のうち6人が、祈りをしなくなり、うち4人は断食もやめていた。理由を尋ねると、興味がなくなったからとのこと。シリア危機後断食を辞めた人は、4人。大きな理由ではないものの無神論者になったことは、ひとつの理由であるという。

無神論者になった理由について、明確な説明をしてくれた人はいなかった。しかし、話を聞いてみると、主に3つの要因が考えられるようだった。

①紛争の長期化
はじめは市民が自由と権利を求める、市民革命の訴えだった。そのため、だれもがすぐに政府が倒れると信じ、またアラーが護ってくれると思っていた。しかし、アサド政権の抵抗に諸外国、武装グループも介入し、宗派対立戦争へと状況が変わった。この変化により、人々は護ってくれるはずのアラーの存在や力を、疑うようになったという。また一部の人は、自分たちの貢献が足りていないからと過激派にも移行した。こうした過激派の存在も、人々がアラーのご加護に疑問を抱く、きっかけにもなったという。

②新しい生活環境
紛争により稼ぎ頭である男性は職を失い、生活が苦しくなった。男性が働く間に、女性が支援団体から支援を受け取りに外に出たり、小さな物売りをはじめるようになった。この女性が家の外で、家族のために何かを得るということは、これまでのシリアでは見られなかった光景であり、女性が知らなかった世界でもあった。そのため、女性は自分も家族のために働けるということを知った。とくに保守的な男性にとって、このような変化は男性のプライドを傷つけることではあるものの、生き延びるため、受け入れるしかないのが状況だ。また、これまでは家庭内暴力にあっても声をあげることができなかった女性は、外部の人と接触することで声をあげることができることを知り、離婚という選択肢を知った。また若者は、これまでタブーとされていたタトゥーなど新しい文化を知った。このような生活の変化を目の当たりにし、人々は信仰の教えの中から、外の世界へ出ることを選択した。

③メディア
欧米でのイスラム過激派にテロ、またイスラム教徒に対する偏った報道から、信仰の意義に疑問を感じ、哲学などさまざまな本を読み、無神論者になったという声が聞かれた。

政府は、土地改革・復興を目的とした10法で、敵対するシーア派地域を対象とし、また人々の宗派に基づいて強制的な再定住計画を行使するといった、法律による暴力ともいえる政策を行使している。このように人々の居住場所をすみ分けすることによって、人々のバックグラウンドが視覚化されることは、シリアの再統合のうえでネガティブに働くだろう。しかし、危機前のシリアが宗派や氏族関係なく共存していたかと問えば、そうは言えない。父親の名前から、どの宗派か氏族かわかり、出身地も分かるため、それにより差別をされてきた人もいる。クルドの人々は公でクルド語を話すこともクルド語の本を持つことも許されず、拘束や拷問をされてきた。キリスト教徒とイスラム教徒間も、平和に共存していたかというと、必ずしもそうでない。互いに偏見を持ち、そういった偏見は親から子どもに教えられていたという。
宗派や氏族による対立が、政策という面からも今後表面化する可能性が懸念される中で、信仰を失った人々も、一定数いる。彼らは互いに、違う信仰を持つことを受け入れるしかない、しかし特に保守的な考えを持つ人々にとっては、受け入れがたいことだろうと言う。家族の中でも、そうだと。ある人は、自分が祈りをしなくなったことに、父親が落胆したといった。父親がするよう訴えても、自分はしないと断っているという。宗教はコミュニティだけでなく、家族の関係の基盤でもあった。そう考えると、シリア危機が与えた信仰への影響は、国やコミュニティだけでなく、家族関係にも及ぶと考えられる。

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後日談:

今年のはじめ、シリアに帰省した友人と会った。どうだった?と聞くと、自分は住みにくいという。海外での生活に慣れ、故郷の保守的な考えを窮屈に感じると。またシリア危機を通して、人々は所属するコミュニティと異なる考えの人に対し、受け入れを厳しくなった気がすると。

「”モザイク”というのはポジティブな言葉だ。シリアは”モザイク”じゃない、分断されてしまっているよ」

友人は、そういった。

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