男らしいイクメンが存在しない2つの理由

独身女性の皆さんにお伺いします。どのような男性と結婚したいですか?個人差こそあれ、男らしい男性に惹かれない女性はあまりいないでしょう。強くたくましく、頼りがいがある。動物のメスである以上、オスらしいオスに魅了されるのは当然です。しかし、結婚となると話は別です。専業主婦になるのは経済的に厳しく、かといって仕事と育児の両立も難しい現代日本では、男性の家事育児への参加が不可欠です。「イクメン」と呼ばれる育児を積極的に行う男性は、結婚相手として魅力的と言えるでしょう。ですから、「頼りがいがあって子育てもしてくれる、男らしいイクメンが理想的だな」と考える女性がいても不自然ではありません。しかし申し上げるのが大変恐縮ですが、そのような男性はいません。これは確率論的に「出会いにくい」という意味ではなく、生物学的に「存在があり得ない」という意味です。

男らしさとは何か

そもそも男性の「男らしさ」とは何でしょうか?生物学的には、男性ホルモンであるテストステロンの分泌量の多さと関係があると考えられています。テストステロン量が多いと顔や体つきがたくましくなり、筋力も強く、性欲も強くなります。つまりよりオスらしい男性となります。オスらしい男性はモテます。性欲が強いので女性を求め、女性もオスらしい男性に惹かれるので、それを受け入れる傾向があります。

アメリカの三千人以上を対象にした研究では、テストステロン量が多い男性は性的パートナーの数も多く、再婚率も高いという結果が出ています (1)。これは男性だけで、女性では差が見られませんでした。また2012年には、テストステロンは男性に嘘をつかなくさせるという研究も報告されています (2)。この研究では男性の被験者にテストステロンもしくは偽薬を与え、サイコロを振らせて出た目に応じた額のお金をあげるという実験を行いました。サイコロは一人で振り、出た目の報告は自己申告なので、嘘をついてお金を多くもらうこともできます。結果はテストステロンを与えられた被験者は、偽薬の被験者よりも嘘をつかず、手にしたお金も少なかったことがわかりました。つまり、自分に不利な結果でも物怖じせず、堂々と本当のことを言う。嘘をついて金を儲けようなんて姑息なことはしない。なんと男らしい態度ではありませんか。男らしさの基準は人によって異なるかもしれませんが、ここでは便宜的に「男らしい男性=テストステロンの分泌量が多い男性」とします。

理由その1:男らしい男は子育てしない

近年の研究によって、このテストステロンと子育てはトレードオフの関係であることがわかってきました。テストステロン量が多い男らしい男性は育児をせず、そもそも子供にあまり興味を持たないのです。子供を持つ父親70人を調査したアメリカの研究では、大きい睾丸をもつ父親ほど子育てをしないことがわかっています (3)。男性ではテストステロンはほぼすべて睾丸で作られ、そのサイズが大きいと、テストステロンの分泌量も多くなります。またこの論文では、父親に自分の子供の写真を見せ、脳のどの領域が活性化するかも調べています。その結果、睾丸のサイズが小さい父親ほど、脳の報酬系と呼ばれる領域が活性化することがわかりました。つまりこのような父親の脳は、自分の子供を見ると「ご褒美をもらった」と認識する訳です。子供の世話は自分にとってはご褒美なので、苦痛ではありません。しかし睾丸が大きくテストステロン量が多い男性は、子供を見ても脳がご褒美だと思いません。育児をしても特に喜びを感じないので、苦痛に思ってあまりやりたがらないのです。

マウスを使った実験でも、同様の結果が出ています (4)。メスのマウスは、自分がまだ子供を産んだ経験がなくても、赤ちゃんに接すると興味を示し、世話をしようとします。オスのマウスは赤ちゃんに興味を示しません。ところがオスを去勢してから赤ちゃんと一緒にすると、興味を示します。去勢によってテストステロンの分泌量が抑えられたからです。去勢したオスに人為的にテストステロンを投与すると、興味を示さなくなります。これはオスだけでなくメスも同様で、テストステロンを投与するとやはり興味を示しません。性別関係なく単純に体内のテストステロン量が増えると、子供への興味を失うということです。これはマウスの実験ですが、人間でも同様である可能性はあります。男らしい男性 → テストステロンの分泌量が多い → 子供に興味を持たない → 子育てしても喜びを感じない → 子育てしない ということになります。

理由その2:男は子育てすると男らしくなくなる

男らしい男はモテます。テストステロン量が多ければ性欲は旺盛で、生産する精子の数も多いので、子供を作る確率は高くなります。しかしアメリカの700人以上の男性を調査した研究では、子供と一緒に住んでいる男性は、一緒に住んでいない男性よりも、テストステロンが低いという結果が出ています (5)。「一緒に住んでいる」という所がポイントで、子供を作ったかどうかではありません。9人や10人の子供達と一緒に住んでいるビッグダディのような男性はテストステロンが高いのですが、1~5人の子供と暮らす一般的なお父さんは、子供とは暮らしていない男性よりも低くなっています。どうやら男性は子供と一緒に生活すると、テストステロンの分泌量が減少するようなのです。

約360人のフィリピン人のお父さんを対象にした調査では、子供と一緒に寝る男性は、寝室が別、あるいは寝室は同じでもベッドは別の男性よりも、テストステロン量が低かったと判明しています (6)。子供と一緒に暮らすと減少し、一緒に寝るとさらに減少します。また子育てによっても減少し、やはりフィリピン人お父さんを調査した研究では、子供を一日3時間以上世話する男性は、まったくしない男性や1時間未満の男性よりも、テストステロン量が低かったと報告されています (7)。つまり総合すると、男らしい男性 → 子供が生まれて一緒に暮らす → テストステロン量が減る → 一緒に寝る → さらに減る → 子育てする → もっと減る → 男らしくなくなる ということになります。

なぜ子供と関わると減少するのか?

しかしなぜ男性は、子供と一緒に住むだけでテストステロン量が減るのでしょうか?これは、自分の子供を育てるにはその方が有利だからだと考えられています。テストステロンは子供を作るのには必要です。精子を作り、性欲を促進し、女性を求める。しかし子供が生まれた後では、弊害も生じます。テストステロンが多いとギャンブルやドラッグ、アルコールといった危険性のあるものにハマる傾向があり、また競争心が強く攻撃的にもなるので、けんかや暴力といったものにも関わる機会が増えます。さらに前立腺がんのリスクも上がります。つまり死亡率は高くなり、安定した家庭を築く確率は下がるということです。これは子育てには問題で、なぜなら人間の子供は自立するまでに非常に時間がかかるからです。子供が自分だけで生活できるようになるまで、最短でも15~20年程度かかります。これほど長い時間が必要な動物は他にいません。

動物の使命は、自分の遺伝子を受け継ぐ子供を残すことです。人間の子供は養育に時間と手間がかかるので、たくさん子供を作るのは難しく、量より質を取らざるを得ません。大切な子供を大事に育てるには、安定した家庭を築いて父親と母親が協力して子育てすることが必要になります。テストステロンが高くモテてたくさん子供を作っても、生活できなければ意味がありません。子供がまだ幼いうちに自分が死んでしまったら、子供の今後まで危うくなります。男性が子供と関わるとテストステロン量が減少するのは、病気や危険からのリスクを減らし、子供に対して愛情を持って育児を行うために、必要なことだと言えるでしょう。

男性のテストステロン量と子供の泣き声の関係を調べた研究では、男性は関係ない子供の泣き声を聞くとテストステロン量は上がるが、泣く子供を世話しなければならないという状況では、逆に下がることがわかっています (8)。これはつまり、例えば新幹線に乗っていて、誰かの赤ん坊の泣き声を聞くとテストステロン量が上昇して、イライラしたり攻撃的な感情になったりして、母親に対し文句のひとつでも言いたくなるということです。しかし自分の子供が泣いて、それを自分があやさなければならないという時は、そのような感情にはなりません。テストステロン量が下がるので、むしろ子供に興味を持って何とかしよう、という感情になります。これはあくまでも理論上の話ですが、男性も育児をするべき存在であり、そのために有利になるような進化を遂げた、と考えられます。

どのような男性と結婚するべきか?

冒頭の質問に戻りますが、どのような男性と結婚したいですか?男らしさを取るか、育児への積極性を取るか。女性はどちらかを選ばなければなりません。男性と女性は社会の中では平等であるべきですが、一応は動物のオスとメスです。それぞれがオスらしくメスらしく、且つ平等であるというのは理想ですが、現実にはなかなかそうはいきません。例えば食事の用意や掃除洗濯などは、伝統的に女性の仕事だと思われてきました。また働いてお金を稼ぐことや、大工仕事や車の運転などは、男性の仕事だと考えられてきました。伝統的な男性の仕事をする男性はセックスの頻度が高く、逆に女性の仕事を多くする男性は低いというアメリカ人を対象にした調査報告もあります (9)。つまり、夫が働き妻は家事をするという伝統的な性の役割を演じる夫婦より、共働きで家事も折半する性別を意識しない夫婦は、セックスの回数が減ってしまうということです。もちろん個人差はあると思いますが、性別を意識しない、オスメスの役割を分けないということは、動物らしさを失う、セックスのような動物的行為はあまりしなくなる、ということにつながるのかもしれません。ちなみに、日本人男性はセックスの頻度は世界でダントツの最下位であり、しかも家事育児のために費やす時間も非常に短いという、オスの仕事もメスの仕事もしていない、じゃあお前は一体何なんだという珍しい人達な訳ですが、日本人男性の特異性は別の機会に考察するとして、基本的には男らしさと育児は両立できません。

「男らしくする」とは、言い換えれば「男性の役割を演じる」ということです。それは悪いことではありません。どうしても男らしい男性にしかときめかないという女性もいるでしょう。それはその人の選択です。しかし、男性の役割を期待している相手に対し、都合の良い時には女性の役割まで求めるのは無理というものです。お互いがそれぞれの性の役割を演じるか、性別を意識せず平等にするか、そのどちらかしかありません。そもそも子供ができて一緒に暮らし始めると、夫は男らしくなくなってしまうのです。恋愛時代は男らしくて頼もしくときめくような相手でも、結婚して子供ができ、しばらくすると全然ときめかないおじさんにしか見えなくなるかもしれません。結婚とはそういうものです。自分もおばさんになるのでおあいこです。子育てはリアルな生活であり、そこにときめきはいりません。「男らしいイクメンと結婚したい」という人は、ただ夢を見ていたいだけなのかもしれません。


参考文献

1.            Pollet, T. V., van der Meij, L., Cobey, K. D., and Buunk, A. P. (2011) Horm Behav 60, 72-77

2.            Wibral, M., Dohmen, T., Klingmuller, D., Weber, B., and Falk, A. (2012) PLoS One 7, e46774

3.            Mascaro, J. S., Hackett, P. D., and Rilling, J. K. (2013) Proc Natl Acad Sci USA 110, 15746-15751

4.            Okabe, S., Kitano, K., Nagasawa, M., Mogi, K., and Kikusui, T. (2013) Physiol Behav 118, 159-164

5.            Pollet, T. V., Cobey, K. D., and van der Meij, L. (2013) PLoS One 8, e60018

6.            Gettler, L. T., McKenna, J. J., McDade, T. W., Agustin, S. S., and Kuzawa, C. W. (2012) PLoS One 7, e41559

7.            Gettler, L. T., McDade, T. W., Feranil, A. B., and Kuzawa, C. W. (2011) Proc Natl Acad Sci USA 108, 16194-16199

8.            van Anders, S. M., Tolman, R. M., and Volling, B. L. (2012) Horm Behav 61, 31-36

9.            Kornrich, S., Brines, J., and Leupp, K. (2012) Am Sociol Rev 78, 26-50

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?