「そんなつもりじゃないのに」はなぜ起こるのか

店で男と女が談笑している。お互い見つめ合い、笑い、そして話は弾む。十分に時間を楽しんだ後、二人は店を出る。男が何か話した。女はすぐに理解した。セックスの打診だ。女の顔が曇る。そして誘いを断った。今度は男の顔が曇った。楽しかった時間が、突然張り詰めたものになる。男は女に問いただす。明らかに怒りを含んでいる。女は言う。「そんなつもりじゃないのに」と。

男女間ではよくある光景ですが、これはどちらが悪いのでしょうか?勘違いする男性でしょうか?それとも、思わせぶりな女性でしょうか?二人はそれぞれ自分にとって自然な行動をとり、そしてすれ違ってしまったのです。なぜ男性と女性はこんなにもすれ違ってしまうのでしょうか?まだ明確なメカニズムはわかっていませんが、近年の研究で男性と女性は、特に性行動で大きな違いがあることがわかってきました。

男はセックスと思い、女は友情と思う

アメリカの大学生200人余りを対象にした研究では、男性は女性から受け取るサインを過大評価しやすいことが報告されています (1)。女性が男性と接している時、自分は相手をただの男友達だと思っていて、友達用の態度しかとっていないのに、相手の男性はそれを性的なサインだと受け取る。「俺とセックスしたいんだろ」と勘違いされてしまうということです。逆に女性が「私を抱きたいんだな」と勘違いすることもありますが、男性の勘違いの方が多く、また女性が相手の男性に性的に興味があり、「あなたに抱かれたいな」というサインを送った場合は、男性はそれを逃しません。「この人は俺に気があるんじゃなくて、ただフレンドリーなだけだろう」と過小評価することはあまりありません。つまり平たく言えば、男性は女性からのどんなサインでも、「この女俺に気があるな。ヤレそうだな」と思いやすいということです。

勘違いは社会によらない

ノルウェーの大学生300人余りを対象に行われた同様の調査でも、まったく同じ結果が出ています (2)。ノルウェーは世界で最も男女平等が進んでいる国のひとつで、2014年の世界男女平等指数では、142カ国中第3位(アメリカが第20位、日本は104位)です。男女共に働き、賃金格差は少なく、家事育児も平等に分担。国会議員の40%、大臣では47%が女性という、社会の中で男女差はもうほとんどなくなりつつある国です。そんなノルウェーでも、女性が「彼はフレンドリーで良い友達になってくれそう」と思っている時、男性は「彼女は俺に気があるからヤレそう」と思っているのです。このことから推測されるのは、この男女の考え方の違いは社会的な通念や文化などによるものではなく、動物としての本能的性質なのではないか、ということです。

日本は先進国の中では104位と男女格差が大きい国、男尊女卑の国とも言えますが、女性の中には「まったく興味がないただの男友達だと思っていたのに、相手には恋愛対象、もっとはっきり言えば性的対象として見られた。しかも相手は私にその気がないことも気づいていない。むしろ俺にホレてると思っている」と困惑した経験を持つ人もいるでしょう。そしてこの現象は、女性差別から来るものではないということです。日本男性が女性を下に見ていて、人間ではなくモノ、俺の所有物と思っているからでも、日本社会が男尊女卑で、女性の意思を無視して男性の希望を優先することが許容されているからでもありません。どの国のどの男女間でも起こり得るということです。女性を対等の人間として尊重することと、「こいつ俺に気があるな」と勘違いすることは、まったく関係ないそれぞれ独立した行動なのです。

しかもこの二つの調査では、男性の勘違いと、その人の経験や現在の交際状況には関係がないこともわかっています。つまり、童貞だから経験不足で思い込みやすく勘違いしやすい訳でも、セックスする相手に困っていて、もっと言うと溜まっていて、「ヤリたい」という気持ちが先走って都合よく勘違いする訳でもなく、どの男性でも勘違いします。

自己評価が高い男性は勘違いしやすい

別のアメリカの調査でも同様で、男性は相手から友達としか思われていないのに「彼女は俺に気がある。性的に興味がある」と過大評価しやすく、反対に女性は相手が性的な興味を持っているのに、「彼はただ私にフレンドリーなだけ」と過小評価しやすいことがわかっています (3)。この調査で興味深いのは、「男性による魅力の評価によって勘違いしやすさ・されやすさが変わる」ということです。「俺って良い身体してるし、イケてるよな」と自己評価が高い男性ほど勘違いしやすく、男性から見て魅力的と評価が高い女性、つまりモテる女性ほど勘違いされやすいことが報告されています。自己評価が高い女性、あるいは女性から見て魅力的な男性が勘違いしやすい・されやすいということはあまりなく、あくまでも男性による魅力の評価です。ナルシストで自信満々の男性は、自分のタイプの女性に対して、非常に勘違いしやすくなるということです。

エラーマネジメント理論

では、なぜこのような男女の違いは存在するのでしょうか?進化心理学の分野では、エラーマネジメント理論という学説が知られています (4)。これは、人類は生き残るために、エラーつまり失敗を避ける術を進化の過程で獲得したのではないか、という仮説です。現代人の社会は高度に発展したので、私たちは自分が動物であることすら忘れてしまいがちですが、太古の昔は人間も野生動物と変わらぬ生活を送っていました。動物にとって子供を作り自分の遺伝子を残すことは、非常に大切なことです。現代社会では子供を作ることがすべてではありませんが、野生動物同然の古代人類にとって、子供を残さないことは是が非でも避けたいエラーだったはずです。

男性は子供を産まず母乳も出ないので、ひどい言い方ですがヤッたら仕事は終わりになります。よって男性にとって避けるべきエラーは「子供を残せない = 交尾できない」ということになります。そこでそのエラーを避ける戦略として「とにかくヤレそうだと感じたら行く」と進化してきた、と考えられます。男性としては複数の女性と交尾できればそれだけ自分の遺伝子が残る確率は上がります。そして誰とも交尾できないのは致命的エラーとして避けたい。だから女性からのサインを過大評価し、少しのことでもチャンスだと勘違いし、相手の女性を性的対象として見るのです。

一方、女性は子供を産み、その赤子に母乳を与えて世話をする必要があります。特に人間は子供の成長に時間がかかるため、女性は一生涯にたくさんの子供は産めません。古代人類の出生率はわかりませんが、犬や猫のようには産めません。複数の男性と交尾しても、一度に産める子供は一人だけなので、あまり意味がありません。むしろ一人の優秀な男性に気に入られ、子供を育てている間もその男性の庇護や協力を得た方が有利になります。となると父親となる男性は慎重に選ぶ必要があり、軽々しく交尾に応じるのはリスクが高くなります。古代では病院もなく、出産は命がけで、新生児や幼児の死亡率も高かったでしょうから、優秀な遺伝子を持ち、自分と子供を守ってくれる男性の選択は、死活問題だったはずです。よって、軽く言い寄ってきたまだよく知らない男性との無計画な交尾は、避けるべきエラーになります。そこで女性は男性からのサインをむしろ過小評価し、「この人はフレンドリーなだけ」と簡単には性的対象として見ず、慎重に男性を見極めるよう進化したのだと考えられます。

動物的性質は暴力の言い訳にはならない

このエラーマネジメント理論はまだ仮説のひとつです。現在も検証する研究が行われていますが、一応理屈として辻褄は合います。しかし私は、「浮気やセクハラは男の本能だから仕方ない」などと言いたいのではありません。人間も動物なので、進化の過程で得た本能的性質をまだ持っているかもしれませんが、「俺に気があるな」と思うことと、実際に誘ったりちょっかいをかけたりすることは別の事柄です。「やれると思ったからやった」では、野生のサルと同じです。現代では社会のルールに従って行動するべきであり、そのためには欲求や感情を抑える必要があります。「色んな女に手を出すのが男の本能であり、自分の遺伝子を残すための戦略じゃないか」と言う人がいたら、それは野生動物のオスとしては正しいのですが、現代社会で生活する人間としてはただのバカです。セクハラを訴える女性に、「お前が誘うような態度をとるからだ」なんて言い訳は通用しません。

はっきり伝えるのはお互いのため

日本人ははっきり主張しない場合が多く、これは勘違いの原因になります。「察して欲しい」「言わなくてもわかるだろ」ではわかりません。男女はそのままではすれ違うものなのです。どう思っているのか、どうしたいのか、お互いのためにきちんと伝えるべきです。女性ももし男性に迫られて嫌だと思ったら、はっきり嫌だと言うべきです。「ここまで来てどういうつもりだ」などと言われても、あなたがただの友達だと思っていたら、セックスしたくないと思ったら、はっきり断りましょう。勘違いが生まれたのはあなただけの責任ではありません。男性が「ヤレそう」と思うのも、女性が「ただの友達」と思うのも、お互い動物としては自然なことであり、どちらが悪いとは言えません。女性だけがリスクと責任を背負う必要はないのです。例えば仕事上で付き合いのある男性に、プライベートな話題を振られたり誘われたりした時も、「はっきり言うのは失礼かな」などと気を使う必要はありません。はっきり言わなければ「ヤレそう」と思われるだけです。「興味ありません」「仕事と関係ありません」とビジネスライクに感情を込めずに言いましょう。それがお互いのためなのです。

男性も女性の気持ちを勝手に解釈して、相手の意向を無視するべきではありません。イケると思ったのに誘って断られたら怒りが湧いてくるのもわかりますが、まず男女の違いを理解するべきです。あなたから見て「どう考えても俺に気がある」と思っても、彼女は友達としか見ていないかもしれませんし、そしてそれは自然なことなのです。彼女を責めてはいけません。男女は違うことを前提として認識し、相手の気持ちは自分とは違うかも知れないと想像し、誠実に気持ちを伝えて向き合えば、男性と女性はお互いもっと幸せになれるのではないでしょうか。


参考文献

1.            Haselton, M. G. (2003) J Res Pers 37, 34-47

2.            Bendixen,M. (2014) Evol Psychol 12, 1004-1021

3.            Perilloux,C., Easton, J. A., and Buss, D. M. (2012) Psychol Sci 23, 146-151

4.            Haselton,M. G., and Buss, D. M. (2000) J Pers Soc Psychol 78, 81-91

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