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第3回ウェブ付録:小西祥文「新しい環境経済学」

小西祥文先生による連載「新しい環境経済学:実証ミクロアプローチ」も、『経済セミナー』2023年4・5月号で、第3回となりました。

今回からは、いよいよ環境政策の実証ミクロアプローチの分析を本格的に解説していきます。今回は、以下のようなタイトルで、

第3回 効果的な環境政策を考える (1): 環境規制と戦略的行動

環境規制政策の基礎理論から、より現実的な政策課題と実証的な問いを設定し、それに挑んだ研究事例を解説。キーになるのは、政策に対する企業や消費者の反応行動です。今回は、以下のような節構成でお送りしています。

  1. 実証ミクロの視点から考える「環境と経済の両立」

  2. ベンチマークとしての環境規制の基礎理論

  3. 実証的な問い:企業や消費者の反応行動

  4. 欧州自動車燃費規制の政策評価

  5. よりよい環境政策のデザインに向けて

このnoteでは、第3回の内容の補足説明を提供しています。本誌とあわせて、ぜひご利用ください。

  • 以下の補足説明のPDFバージョンが、【コチラ】からダウンロードいただけます。


1 (6) 式について

 ここでは、本文の第4節で挙げた (6) 式の導出について説明する。EU自動車燃費(CO₂排出率)規制では、自動車会社$${i}$$が実際に満たすべき基準値は、次のような式によって計算される。

$$
\sigma + a\left( {\overline{w}}_{i} - w_{0} \right) \hspace{14em} (9)
$$

ここで、$${\sigma}$$は目標年度の基準値(2015年目標の場合は130g/km)、$${a}$$は重量調整因子(2015年目標の場合は0.0457)、$${{\overline{w}}_{i}}$$は$${i}$$社の平均車体重量(販売台数による加重平均)、$${w_{0}}$$は「Reference mass」と呼ばれる基準重量(2015年目標の場合は1372 kg)である。よって、EU規制を数学的に表現すると次のような条件式になる。

$$
\frac{\sum_{j \in J_{i}}{q_{j}e_{j}}}{\sum_{j \in J_{i}}^{}q_{j}} \leq \sigma + a\left( {\overline{w}}_{i} - w_{0} \right), \quad \forall i  \hspace{5em} (10)
$$

次に、$${\sigma}$$以外をすべて右辺に移項して整理すると、以下のように書き換えることができる。

$$
\begin{array}{}
\displaystyle \frac{\sum_{j \in J_{i}}^{}{q_{j}e_{j}}}{\sum_{j \in J_{i}}^{}q_{j}} - a\left( \frac{\sum_{j \in J_{i}}^{}{q_{j}w_{j}}}{\sum_{j \in J_{i}}^{}q_{j}} - w_{0} \right) \hspace{12em} \\\\
\displaystyle = \frac{\sum_{j \in J_{i}}^{}{q_{j}(e_{j} - a(w_{j} - w_{0})})}{\sum_{j \in J_{i}}^{}q_{j}} \leq \sigma,\quad \forall i   \hspace{4em}    (11)
\end{array}
$$

さらに、$${f_{j} = \ a\left( w_{j} - w_{0} \right)}$$と置き換えれば、本文の第4節で挙げた (6) 式を導出することができる。

$$
\frac{\sum_{j \in J_{i}}^{}{q_{j}\left( e_{j} - f_{j} \right)}}{\sum_{j \in J_{i}}^{}q_{j}} \leq \sigma, \quad \forall i   \hspace{10em} (6)
$$

2 (8) 式の最適化問題の1階条件と (5) 式の関係性について

ここでは、本文の第2節の (5) 式で見た、自社がとれる選択肢間の限界費用が均等になるという関係性が、第4節で提示した (8) 式の1階条件においても成り立つことを示す。(8) 式のように利潤関数を定式化することで、(7) 式の利潤最大化問題のラグランジュ関数を (12) 式のように書き換えることが可能である。

$$
\mathcal{L} = \displaystyle \sum_{j \in J_{i}}^{}{\left\lbrack p_{j} - c_{j}\left( t_{j},w_{j} \right) - \lambda L_{j}(t_{j},w_{j},g_{j}) \right\rbrack s_{j}(\mathbf{p},\mathbf{t},\mathbf{w})M}  \hspace{4em}   (12)
$$

ここで、$${L_{j}}$$は (7) 式の燃費規制の制約条件を次のように書き換えたものである。

$$
L_{j}\left( t_{j},w_{j},g_{j} \right) = {\left( 1 - t_{\text{ij}} - g_{\text{ij}} \right)e}_{j} - f\left( w_{\text{ij}} \right) - \sigma
$$

このようなモデルの構造を所与として、各車種の消費者需要(市場シェア)$${s_{j}}$$のパラメターと限界費用$${c_{j}}$$のパラメターが推定されていれば、企業の利潤最大化問題からベルトランド競争におけるナッシュ均衡を解くことができる。(12) 式を使って各企業の価格戦略および燃費技術戦略に関する1階条件を導出し、車種の集合$${J \equiv \left\{ J_{i} \right\}_{i \in I}}$$($${I}$$は企業の集合)についてまとめると、次のように表記することができる。

$$
\begin{array}{}
\displaystyle \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial\mathbf{p}} = \mathbf{s} + \Phi \circ \bigtriangleup_{\mathbf{p}}\left( \mathbf{p} - \mathbf{c} - \lambda \circ \mathbf{L} \right) = 0   \hspace{9.5em}  (13a)
\\ \\
\displaystyle \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial\mathbf{t}} = \left( - \mathbf{c}_{\mathbf{t}}^{\prime} + \lambda \circ \mathbf{e} \right) \circ \mathbf{s} + \Phi \circ \bigtriangleup_{\mathbf{t}}\left( \mathbf{p - c -}\lambda \circ \mathbf{L} \right) = 0   \hspace{3.5em} (13b)
\\ \\
\displaystyle \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial\mathbf{g}} = \lambda \circ \mathbf{e} \circ \mathbf{s} + \Phi \circ \bigtriangleup_{\mathbf{g}}\left( \mathbf{p - c -}\lambda \circ \mathbf{L} \right) = 0  \hspace{7.35em} (13c)
\end{array}
$$

ここで、$${\Phi}$$は企業間の所有構造を表す$${J \times J}$$の行列($${j,j^{\prime}}$$が同じ企業に保有されている場合に$${1}$$、そうでない場合に$${0}$$をとる)、$${\bigtriangleup_{\mathbf{k}}}$$は市場シェア($${s_{j}}$$)の変数$${k}$$に関する導関数を表す$${J \times J}$$の行列($${k = \mathbf{p},\mathbf{t},\mathbf{g}}$$)、$${\circ}$$ は行列の要素・成分ごとの積(Hadamard積)を取る演算子である。

たとえば、ある企業iの車種jの価格戦略を簡単な例で考えてみよう。同企業が2の車種($${j = 1,2}$$)を保有している場合を考え、$${p_{1}}$$と$${p_{2}}$$に関する1階条件(13a)を書き下してみると、次のようになる。

$$
\begin{array}{}
\displaystyle \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial p_{1}} = s_{1} + \frac{\partial s_{1}}{\partial p_{1}}\left( p_{1} - c_{1} - \lambda L_{1} \right) + \frac{\partial s_{2}}{\partial p_{1}}\left( p_{2} - c_{2} - \lambda L_{2} \right) = 0 \hspace{3em}(14a)
\\ \\
\displaystyle \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial p_{2}} = s_{2} + \frac{\partial s_{1}}{\partial p_{2}}\left( p_{1} - c_{1} - \lambda L_{1} \right) + \frac{\partial s_{2}}{\partial p_{2}}\left( p_{2} - c_{2} - \lambda L_{2} \right) = 0 \hspace{3em}(14b)
\end{array}
$$

つまり、価格$${p_{1}}$$を微増させることでマークアップの上昇による追加利潤($${q_{1} = s_{1}M}$$)を得ることが出来る一方で、販売台数の減少による損失を被ることになるが、その車種のCO₂排出率が基準値をクリアしていない場合、排出率規制の限界価値(制約条件のshadow price)$${\lambda}$$分だけ企業利潤に寄与することになる。その一方で、車種2が車種1の代替財である場合、$${p_{1}}$$の上昇によって車種2の販売台数は増加するため、その分の利潤が増加する一方で、もしその車種の排出率が基準をクリアしていない場合、規制の限界価値分だけ利潤が減少することになる。同じことが車種2の価格戦略$${p_{2}}$$についても言える。

また、(13a)~(13c) 式における排出率規制の限界価値(制約条件のshadow price)$${\lambda}$$は一定であるため、各戦略($${\mathbf{p}, \mathbf{t}, \mathbf{g}}$$)の限界価値が$${\lambda}$$に一致するような戦略こそが企業にとっての最適戦略となることが分かる。たとえば、(14) 式を$${\lambda}$$についてまとめると次式が得られる。

$$
\begin{array}{}
\displaystyle \frac{s_{1} + \frac{\partial s_{1}}{\partial p_{1}}\left( p_{1} - c_{1} \right) + \frac{\partial s_{2}}{\partial p_{1}}\left( p_{2} - c_{2} \right)}{\frac{\partial s_{1}}{\partial p_{1}}L_{1} + \frac{\partial s_{2}}{\partial p_{1}}L_{2}} \hspace{10em}  \\\\
\displaystyle= \frac{s_{2} + \frac{\partial s_{1}}{\partial p_{2}}\left( p_{1} - c_{1} \right) + \frac{\partial s_{2}}{\partial p_{2}}\left( p_{2} - c_{2} \right)}{\frac{\partial s_{1}}{\partial p_{2}}L_{1} + \frac{\partial s_{2}}{\partial p_{2}}L_{2}} \hspace{5em} (15)
\end{array}
$$

同式は、価格$${p_{j}}$$を変化させたときの(市場競争を通じた)限界利潤の変化(分子)を(加重平均された)排出率への影響(分母)で割ったものがすべての車種で一致すること、すなわち、(5) 式で議論した限界費用均等化の原理が、規制遵守一単位当たりの限界費用がすべての車種で一致するという形で成り立つことを意味している。


「新しい環境経済学」ウェブ付録のご案内

連載第1回の紹介はこちら:

連載第2回は、誘導型推定、構造推定に関する参考文献を紹介:


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