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2018/5 樫本芹菜選手インタビュー「期成」

 5月13日日曜日、この日は朝から雲が厚い。Duisburg Hbfから北西に位置するPCC Stadionを目指すためバスへ乗り込むと、MSV Duisburgのジャージを着た女の子とおじさんがいた。女の子はMSV Duisburgの選手だった。運転手によると、スタジアムの近くまでバスの最寄り駅がないようで、おじさんと一緒にPCC Stadionまで10分ほどの距離を歩く。おじさんは若い頃、ゴールキーパーをやっていたそうだ。「子供たちに教えたりはしないですか?」と聞くと、「そこまではしないよ」と。どこか穏やかな性格のように見えたが、なにか心の拠り所を求めているようにも思えた。これ以上は彼について記さないでおこう。


 Allianz Frauen Bundesligaはこの日を入れて残り三節。優勝争いでは、首位VfL Wolfsburgは2位Bayern Münchenに勝ち点8差をつけていた。最終的にはどちらもこの日の試合に勝利し、残り二試合を残してVfL Wolfsburgが優勝を決めた。
 MSV Duisburg対TSG 1899 Hoffenheimはキックオフが11時。個人的に、このキックオフ時間はありがたかった。14時キックオフ、Regionalliga West(四部)最終節Fortuna DüsseldorfⅡ対Rot-Weiss Essen、ホームチームは勝たなければOberliga(五部)降格となる。三宅海斗、金城ジャスティン俊樹、橋本峻弥が所属するこのⅡチームは三月下旬から定期的に追っていたので、その顛末をこの目で見るために、樫本芹菜を観るための試合は前半だけと決めていた。
 チケットは€5、観客動員数は565人のMSV Duisburg対TSG 1899 Hoffenheim。試合前の演出は七人のチアダンサーによる演技と男性によるフラッグ隊だった。場内アナウンスでは「とても大事な試合」と少し声高々に響かせる。
 樫本芹菜はベンチスタートで、前半はウォーミングアップもすることなく、ただベンチに座っていた。前半が終わり、ホームチームの控え選手たちも一旦はロッカールームへ入り、しばらくすると体を動かすためピッチに出てきた。樫本はまず一人でボールと戯れて、残りの時間はチームメイトとパス交換していた。一度、樫本のトラップがあさっての方向へ転がった時、「ハッ!」とお互いおどけていた姿が印象的だった。後半が始まり、その直後からゴールライン沿いで控え選手たちは引き続きウォーミングアップをしたところで、PCC Stadionをあとにした。

 Fortuna DüsseldorfⅡ対Rot-Weiss Essenは1-1に終わった。
https://www.dfb.de/regionalliga/regionalliga-west/spieltagtabelle/?no_cache=1&spieledb_path=%2Fmatches%2F2252998  
前半11分にホームチームが先制し、三宅海斗はしっかりシュートを撃っていれば追加点を決められたであろうチャンスが三度あった。しかし86分、FKからのセットプレーで同点。そのまま試合は終了し、Fortuna DüsseldorfⅡはOberliga(五部)降格となった。トップチームは1. FC Nürnbergに逆転勝ちして、リーグ優勝を決めた。まことに皮肉なことである。

注釈:Regionalliga終了後、3.Liga昇格を掛けたプレーオフで、Regionalliga West優勝のKFC Uerdingen 05がSV Waldhof Mannheim(17/18 Südwest 2位)に勝利し、3.Ligaへ昇格。降格チームが4から3に減り、Fortuna DüsseldorfⅡはRegionalliga West残留となった。

18時にDüsseldorf Hbf構内のレストランで再び樫本と会話をすることにしていた。その時間までスターバックス店内にいると、Fortuna DüsseldorfⅡの選手一人が友人たちとフラっとやって来た。一瞬驚いたが、数分経つと彼らの姿はなかった。

さて、ここから再び樫本芹菜と一問に数答が返ってくる三時間の会話を記していく。金曜日の一時間はまだ予習に過ぎない。頭の中は渦が巻き起こっていく。

―残念ながら今日の試合には出場することはなかったので、クラウドファンディングページ上にあるアメリカ時代のプレー動画から伺っていきます。そのプレー動画では股抜きが目立って見えました。
「ただ股を抜くのが好きなんです。普通に抜かれたときのリアクションと、股を抜かれるときのリアクションって違うじゃないですか。相手からしたら屈辱的というか。それがおもしろくて。高校時代はセンターバックだったので、ほとんどなかったですけどね。よく股抜きをするようになったのはアメリカからで、練習の合間とかに歩いていたりすると監督がいつも股抜きを狙ってくるんです。そんな遊びの中から覚えました。相手も股抜きされると『コイツできる』となるし、スペースがなくても股さえ開いていれば抜けるじゃないですか。だからいつも、狙っています。Duisburgでも、鳥かごでセンターバックの選手の股を5~6回抜いてキレられました(笑)。アメリカの時は股を抜いたら盛り上がるので、アメリカの空気は肌に合っていて楽しかった。雰囲気で言えば世界で一番楽しくサッカーができる場所なんじゃないかなぁと思います。」

―観る人からすれば、やっているサッカーがつまらない、という意見があったりする。いまの話を聞くと、その人のプレーを観に行く、というのがアメリカにもあると。
「テクニックといった部分はアメリカも伸びていると思います。大学のクラスメートでも、『小さい頃はサッカーをしていたよ』という女子は多くいました。アメリカはmore than sportsの文化なので、ひとつのスポーツじゃなくて、この時期はサッカー、冬は陸上と偏らない。女子代表の試合があったらテレビ観戦する人も多いので、女性のスポーツといえばサッカーという認知があるのかなぁと。というのも、アメリカには『タイトルナイン』という、教育における男女平等の法律というかルールがあります。奨学金とかでも、男子にもこれだけの比率を与えるのなら女子にも全く同じ比率を与えなければいけない、というルールがある。なぜアメリカで女子のサッカーが人気かと言うと、四大スポーツにおいては男子が支配している。じゃあどこで女子をプッシュするかと言った時に、サッカーになった。男子のサッカー代表も強くないし、今でこそMLSが伸びてきていますけど、当時はメジャーじゃなかったので、何で女子を平等に持っていくかとなった時にサッカーになったのかもしれないです」

―ご自身のブログに、コーチに何をしても否定されるであるとか、意図と違えば怒鳴られると。 まぁ、大人ってそんなものかと。
「自分に関して言えば怒鳴られやすいキャラクターなのかもしれないですけど、 今季一人目の監督(在任時、開幕11連敗で解任)には名指しで怒鳴られて、チームメイトにも『あそこまで言うことないのにね』 とは言ってもらった。彼らからすれば私は外人で、ドイツ語は喋らないですし、そういった部分もあってそうされたのかと。別の話をすれば、ミスにも種類があるじゃないですか。 意図はわかるけどミスしてしまったんだなとか、監督の意図と違っていればとりあえず努鳴ったりが多くて、そこから選手の反応を見ても気落ちしていたり、いい雰囲気でできていたのにシーンとなったり。そういう雰囲気になると、ミスを恐れるようになる。いつも伸び伸びやっている子がイージーミスを連発してしまうとか。でもおもしろいのが、見に来てくださった金曜日の練習で、 年配組と若手組でゲームをしていて、監督は一言も喋らなかった。そしたら特に若手組が伸び伸びといいプレーをしていた。『もう監督、黙っててくれればいいのに』 というくらい。引き締めるという意味では厳しい一面も要所で必要ですけど、必ずしも毎回ガンガン言われると、心では声が聞こえるだけで『あーどうしよう』みたいな。見てて分かるんですよね、『今この子迷ってるな』と。今はそういう雰囲気があるんで、それを感じつつ、もし自分がコーチとして活動することがあれば、この場面ではどう声をかければいいのか、どう言われれば立て直せるか考えています。必ずしも、マイナスな経験ではないですね」

―練習でできないことは試合ではできなくて、ではその練習では何を習得させようとしているのかが問われる訳で、では今の練習についてお聞きしたいのですが。
「ディフェンスがいない状況でパス回しが、ほぼメインですね。セット・ピース(プレー)も、 直接FKを担当する選手は、他の選手がミニゲームをしている間、30分間も蹴っていたりする。今の監督は、二部か三部で監督をされた経験がある方なんですけど、どうなのかなと。Butlerはプロチームではないですし、3人しかいませんでしたけど、 GKコーチ、守備、攻撃それぞれ専業して、そこから統括してチームとしてストラテジーを練習して、チームとして戦う形がある。では今はどうかと言うと、ディフェンダーがほとんどいない状況でパスコントロールばかり。一か月前に、4対4か5対5を何ヶ月かぶりにやって、みんな嬉しかった。特に若手組はやりたかったので。それでも、ある日の練習では11人対11人いるのに、 ボールを持っているチームはただボールを回して、ボールを持たないチームはただ見ているだけで、ちゃんとしたゲームはしない。一体何の意味があるんだろうと。実戦に近い練習がほとんどないので、どうやって戦えばいいのか聞きたいぐらいです」

―高校時代、中盤センターでのプレーに「才能がない」と指摘されたことがあったそうですが。
「小学校から、中学校でも、高校入学の際のトライアルもそこでプレーして、一年生の最初の時期もそこでプレーしていました。でも、センターバックでプレーしていた先輩が怪我をされて、コンバートされたんです。それがハマって、 当時年代別代表の監督をされていた吉田和さんが静岡県大会の決勝での対戦時に私のプレーを見て、U-15なでしこチャレンジに私を推薦してくださった。後でその理由を話してくださって、自分たちが狙いたいスペースをことごとく先に潰すプレーを見て、呼んだということで。そこから高校卒業までずっとセンターバックでプレーしていました」

―どの時期に「才能がない」と言われたんですか?
「自分の中では絶対、中盤センターだと思っていたんです。というのも、社会人リーグやいまはフットサルをしている父の影響や、憧れている選手もジダンで、 コンバートされましたけど絶対中盤をやりたいという気持ちが強かった。当時は天狗というか、『絶対負けないでしょ』と、『何でやらせてくれないんですか?』と尋ねたら『お前には向いていない』と。詳しく理由も言われましたけど、その言葉が強く印象に残っていて。まぁ代表があったので―」

―外圧プレッシャーとか。
「う~ん、U-17ワールドカップまでプレッシャーは感じていませんでした。でも感じていなかった部分が本番で出て、不調になってしまった。若かったですね」

―自分が想定していたのは、その中盤でのプレーであまりにもボールロストしていたのかなと思ったのですが、そういうわけでもなく。
「ボランチって相手を背負うことが多いじゃないですか。センターバックにコンバートされて、そこは相手を背負うことが少ないから、それが身に染みた。背負うこと自体も苦手で、できるだけ動いて剥がしてから受けることが好きという、そう意識してプレーするように父からは言われていたので、背負うプレーには慣れていなかったですね。その点ができないから中盤でのプレーは無理と言われて、 ということです」

―アメリカでは、アメフトのラインが入っているピッチで試合をしていた。「5レーン」「アタッキングサード」などと言われるように、ピッチを細分化して認知の手助けをするアイデアがあるけど、当時はそのアメフトのラインはそのために使ったりはしていたのですか?
「それはなかったです。Butlerではラクロスのラインもあるので、相手チームが間違えたりはしていましたね。自分はラインとかは何も考えないというか、俯瞰的に見ているわけではないんですけど、パスでいえば顔上げて、「あ、コイツここに走り出したな」となったら、そこに届くための軌道が見えるのでそれに沿って蹴るだけ。いまは見えないですけどね、周りが全然動かないので。それがいま見えないから苦労しているんだと思います。同じ絵が描けない。タイプが合わないんですよね。守備で言えば、オーストリア代表のVirginia Kirchberger (CB)が前にガンガンステップアップしてぶつかっていく潰し屋なプレ―スタイルですけど、自分はそういう選手と組むのが好きで、なぜかと言うと、攻撃に関して走ることは厭わないですけど、守備になるとめんどくさがり屋のスイッチが入るので、味方を動かして自分のお膳立てをしてもらって最後美味しいところをいただくのが好きなんですよ。だから彼女のプレーを見て、『組んだらチョー楽だな』と。高校の時もそればっかり考えていました」

―それって、ゾーンディフェンスと言えるのでしょうか?
「う~ん、どうなんですかね。いかに自分が持っていきたいシチュエーションにコーチングできるか。ゲームを支配している感がすごく楽しいし、周りが頑張って動いて、自分は大して動いていないけど、美味しいところをいただくことがすごく目立つし、旨みですよね。ピッチ内では人を小バカにしているので(笑)。ピッチ外でそんな態度じゃ困りますけど、ピッチ内ではそれくらいじゃないと、周りは我が強いですし、できないと思う。相手をいかにキレさせるかが好きなんですよ。メンタルゲームみたいな。ファールをもらえるように巧く転んでいたし。今はそういうとこが出せていないというか、今は何をしても否定されているから、どの部分を出せばいいのか分からないです」

―もしコーチになれば、誰が得点しようがいいという部分があったりするだろうし、 距離感を取っていればそこまで身体のパフォーマンス差は出にくいから、抜かれにくくするのがゾーンディフェンスであって。ただ、芹菜さんが言う、自分の利益を考えて、自分が美味しいところをもらうという考えは、自分ははじめて聞きました。
「結局、目立ちたがり屋なんです。自分がチームを勝たせた、という選手でありたいから。一対一の守備、大嫌いなんですよ。つまんないじゃないですか。高校時代に恵まれていたのが、中村ゆしか(AC長野パルセイロ・レディース) とセンターバックを組んでいたんです。彼女はめちゃくちゃ足が速いので、前にガツンと当たっていただいて、 抜かれたら自分がカバーに入るとか、美味しくボールを奪えたりとか。自分がここで奪えそうだなという展開が見えるので、そのために一手二手前から、ディフェンスを動かして、相手より先にコントロールしていました。逆に、スピード勝負で挑まれると嫌なんですよ。結局U-17ワールドカップでは、外人相手だとそういう状況が増えるじゃないですか。それに加えてプレッシャーに押しつぶされました。調子を崩したのはそこが原因です。賢すぎるではないですけど、世界を意識するのであれば、もっとトレーニングすべきだったんだろうなと思いますけど、自分に酔いすぎていたんでしょうね。日本だったら十分それでやれるんですけど、 海外だとスポーツ全般的に身体能力に頼るプレーが増えるじゃないですか。自分が最も苦手な部分が世界では増えてきて、タイミングが重なってしまった結果かなと思います」

―筋トレをすれば、身体のキレが落ちると聞く。まず、身体のキレとは何でしょう?
「わからないですね。自分について言えば、高校卒業時から5kgくらい体重は増えています。しっかり計測しているわけではないですけど、スピードにしても体幹部分の強さにしても明らかに増えていますし、動きづらいとか試合中の運動量が減ったとかは思いません。そもそも体重が増えているのは筋肉で増えているのか脂肪で増えているのかどうかで、脂肪で増えているのなら、サッカーには向いていない身体になります。最近おもしろいアプローチでいえば、クリスティアーノ・ロナウドなどは、 筋トレをした後に身体を動かして、鍛えた筋肉にこうやって使うんだよと教えるために、ラダーをやったりとか身体を動かして筋肉に教え込む必要があると言われていて、そういうことを怠っているのではと思える。使えない筋肉、例えばボディビルダーのような筋肉の付け方をそっくりそのままコピーしたら凄いアスリートになるかと言えば違う。違う方面に努力しているのが原因ではないかと思います」

―トレーニングについて他に取り組んでいることは何でしょうか?
「テクニックで言えばいろんなスポーツから学ぼうとしていて、例えばアメリカの最後のシーズンからはラグビーのハンドオフに取り組んでいて、ドリブルしながら手で相手を押しのけていく方法がある。南米の選手なんかは腕の使い方がすごく上手くて、抜けきれなくても相手を剥がせるテクニックがあるから、それが使えたらいいなぁと思って。あと、杉本龍勇先生からも走り方を学んでいて、それまで走り方を気にしたことなんてなかったので、今となっては走ることそのものにも、おもしろいなと感じるようになりました」
serinakashimoto.com/blog/346/  杉本さんトレーニング

―身体の柔軟性について取り組んでいることは何でしょうか?
「ブラジル体操について言えば、杉本先生のレッスンにも組み込まれていて、 脚を上げた時にもきっちり上体がまっすぐ保てるようにとか、股関節の開きを意識したり、お尻を使って脚を上げることを意識しています。柔軟性については毎晩30分間フォームローラーで筋肉をほぐしてから柔軟体操をして寝るようにしています」

―自分はデュッセルドルフで日本人だけの水泳教室で指導しているのだけれど、最近の子供は身体が固いし、可動域も狭い。
「びっくりしますよね。デュッセルドルフに住む方に、杉本先生のやっているメニューはどんなことなの?と訊ねられて、その方の子供たちと一緒に、自分の自主練の延長線みたいなことを一緒にやってもらいましたけど、最後ストレッチとかを見てみると自分より固いんですね。今時の子供ってこんなに固いのかと。一人の子は膝を怪我していて、子供の頃にそんな怪我をした覚えがないから、大丈夫かな?!と思いました」

―アメリカでのピリオダイゼーションはどのように取り組んでいたのでしょうか?
「アメリカの女子リーグの場合、シーズンとオフがはっきりしていてやり易かったです。ドイツではシーズンがほぼ一年を通してやっているので、 間休憩もなかったのでアメリカの頃よりはやりづらさを感じています。アメリカでのシーズンの始まりは8月頭からプレシーズンで、中旬から開幕して、チームの成績次第では12月の頭まで試合があれば、11月末で終わるチームもあります。 そこから一ヶ月クリスマスブレイクがあって、 1月から5月の頭までオフシーズンで、その間はNCAAのルールで全体の練習時間はかなり規制されています。最初の頃はボールを使った練習はほとんどできなかったり、オフシーズンの間はトータルで5試合しか組めないようになっています。 この間は増量期として、摂取カロリーを敢えて増やして、筋トレもどんどん重いウェイトで筋肉肥大に繋がるようなメニューにしています。3~5月頭に強度を落として、試合に向けて準備していくようにしていました」

―代表チームはそのオフシーズンの間にガッツリ活動している。
「プロリーグ(The National Women’s Soccer League)も半年(今季は3月下旬から9月上旬まで)しかないです。だから代表の活動数が半端ないので、一つのチームみたいになっているので、だいぶアドバンテージになっている。ただ対戦相手のレベルが毎回高いチームとやれるわけではないですけど、場数はかなり踏んでいます」

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