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教育という洗脳を解いていく

教育という洗脳を解いていく

ぼくたちは良くも悪くも教育という名の洗脳を受けている。それは図らずも価値観のない人間に価値観を埋め込み、あたかも自分がもとからそういう考えだったかのように思い込ませること。

それは悪い場合と良い場合、どちらもあるといえる。しかし日本で22年間受けた教育は僕のこれから生きたい人生にとっては必要でないものであった。

むしろ大いに妨げになるものだった。好きなことを仕事にする。フリーランスとして旅を仕事にしていく生き方だ。日本の会社社会で人に揉まれて規則正しい生活をしていくことは心の奥では無理になっていた。窮屈な自分に気がつき、もっと開放的に、そしてもっといろんな挑戦をしたいと思っていた。

しかし洗脳というのは怖いもので、それをしたいとわかっているのにそれをできないもどかしさがずっとあった。好きなことをしたいのに、22年間「好きなことをしてはいけない」「うまくいかない」という洗脳をかけられ続けていた代償は大きかった。

すぐには行動に起こせなかった。得体の知れない不安と周りからの目にプレッシャーを感じたり、自信を持つことができず、やりたいのにできないという吐きそうな気分をずっと味わってきた。でもそれから逃れようと懸命に毎日もがいた。自分と戦った。泣いた日もあった。めげそうになっても諦めなかった。いや諦められなかった。そうやって生きてきた。

どうしても旅に出たかった。どうしても世界を見たい気持ちを曲げることはできなかった。就職して窮屈な社会に身を置くことに身の毛がよだつ気分がした。吐きそうだった。

人に相談せずにずっと一人で抱え込んでいた。人に話しても意味がないことがわかっていたからだ。むしろ気圧される。自分の行きたくない方へ引っ張られるのを極力避けたかった。恐れた。

誰にも話せなかった。家族にさえ。むしろ家族が1番話したくなかった時期もあった。

誰にも言えないのなら、自分で戦うしかない。そうやって何度も何度も自分を自分で洗脳した。だんだんと新しい考え方にアップデートしていった。1年かかった。

あの時の1年を無駄だとは思わないが、あの22年がなければあの1年は必要なかったはずだ。

でももうブレない。影響されても良いところだけを抜き出して自分のプラスにすることを覚えた。しっかりと自分に軸ができた。自己分析をし続けた結果だ。

数年前から見たら、見違えるほどはっきりと自分の意見を言えるようになっただろう。

その時期は暗い暗い、暗黒の時期だったが、これから80年続く人生のことを考えたら安いものだ。そこでかけた1年を取り戻しにこれからは倍速で歩を進めていく。

誰よりも倍速で。そして濃密にだ。もう迷わない。吹っ切れた。

教育という洗脳を解き、己の道を選べ。

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