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ステップマザーの孤独

ケイトがお母さんと言わないでくれと言ったから、それ以降娘の前でお母さんと言わないようにしているけど、ふたりの関係がおかしくなったのはその頃からじゃないかな。

夜、またしても娘が不機嫌に部屋に籠ってしまった後、夫婦で話し合いをしていたとき夫に言われました。


再婚する際、当然のように養子縁組の手続きをしました。夫はそのことに触れ、ケイトは間違いなく母親なんだよ。と言い切ります。

養子縁組をしてしまったことなど、とっくに後悔しています。この先、どこかのタイミングで養子縁組を解消できたらお互い気が楽になるだろうなぁ。とさえ思っています。

だからと言って、社会的な保護者の役割を放棄するつもりはないし、将来的にこの子が何か問題を起こしたときには、自分も社会的な制裁を受けるんだと覚悟しています。それも、実親である夫よりも、継親である私の方に落ち度があるように言われることも。


夫は、自分はお母さんではないと言いながら、注意をしたりするじゃないか。こっちがぶれるから、娘が混乱するんだよ。母親ではない大人に注意されたら嫌な気持ちになるよね?と続けます。

一緒に暮らしているんだから、母親じゃなくても注意はするよ。

私の中での線引きは、母親であることをやめようと思った時から、娘の将来に自分の理想を乗せないようにしたこと。宿題をしなくたっていいし、テレビばっかり見ていたっていいし、私の趣味を一緒に楽しむことも娘から望まれなければ必要ないか。と。

但し、人のことを避けるように部屋に籠るとか、話をしても聞く耳を持たないとか、ダンマリを貫くとか、食事のマナーが悪いとか、一緒に暮らしている中で、こちらが気分が悪くなることは注意します。

家の中が暗くなるのは嫌。
ずっと不機嫌でいられるのは嫌。
一緒に食事をしているのにだらしがないのは嫌。

それは家族だろうと、家族じゃなかろうと、一緒に暮らしていたら当たり前のことではないかと思うし、大人はこどもに教えて行かなくてはいけないと思うのです。


夫が娘に、ケイトのことをどう思っているのかと尋ねたら、娘は「何も思っていないよ」と答えました。

後から夫は私に、娘の性格からすると反対のことを口にするんだから、何も思っていないなんてことはないよ。とフォローしました。

それがわかっているなら、なぜ私の前でわざわざその質問をしたのでしょうか。

言葉の持つ鋭さは何より人の心を傷つけるのに。


継子と継母がお互いの関係を決めるのは当人同士でしかないと思っています。
両思いなこともあれば片思いもあるし、母娘としてはご縁がなかったと言う場合もある。
長い年月の間に関係性が変わる場合だって往々にしてあります。

残念ながら夫にはまだ、そのことが理解できないようです。


もうすぐ半年。

ここは家族の最年長者として、ガラリと風向きを変えていこうかなぁ。

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