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コクワの実

ペンネーム Mr.K

 深夜に故郷の場末のスナックを覗くと、
カウンターのTさんが赤い顔をして振り返った。

 Tさんには私の一つ年下の息子と四つ年下の息子がいて
ふたりは空き地で毎日遊んだ近所友達だった。
 当時の近所づきあいはじつにオープンで、今では信じられないが、人の家でも勝手に上がり込んで部屋の漫画なんかを読んだり、
お菓子を無断で食べたりしていた。
これは近所づきあいというより、私が厚かましかっただけかもしれないが、ただその頃にはそういうのが許されるような風土があった。
 Tさんにもなにかにつけ遊んでもらった。
キャッチボールをしたり、ときには鬼ごっこなんかもしてもらった。
Tさんは若い頃ヤンチャだったと聞いたことがあるが、
いまや大工として活躍されていて、私の家の改修などもしてもらったこともある。

 Tさんは赤い顔のままカラオケを何曲か唄い、
店が閉まる時間になると、自分の家まで遊びに来いと言う。
スナックの閉まる時間である。いくら厚かましい私としても
とても伺える時間ではない。奥さんも休んでいることだろう。
いくら辞退しようと断っても腕をつかまれお宅に引っ張り込まれた。
この家に入るのは25年ぶりくらいになる。
タイムスリップしたような不思議な感覚であった。
 やはり奥さんは休まれていたのだが、私の顔を見るなり
嫌な顔をするどころか「久しぶりだねー」と笑顔で迎えてくれ、
恐縮するほどあれこれつまみを出してくれた。

 Tさんは赤ら顔をいっそう赤くしながら、
ふいに語気を強くして言った。
「なにをやってもいい。ただ、やくざだけはやるな。」

 Tさんの息子二人は、もちろん堅気の仕事をしている。
それだけでも親孝行なのであろう。

 帰り際、Tさんは奥の部屋から
10リットルほどだろうか、ペットボトルを持ってきて、
「これ持っていけ。コクワだ」と差し出した。
コクワは山のほうに自生しているが、そこからこれほどの数を集めるのは相当な苦労があっただろうに、惜しげもなくくれるという。
ここでも、いくら固辞しても聞き入れてはもらえない。
ありがたく頂戴してお宅を後にした。

 コクワの実については、
普段、物をねだることが無い私の弟が、珍しく強く所望した。
コクワ酒にして呑むという。
私は迷ったのだが譲ることにした。
活用してくれればTさんも喜ぶだろうと考えたからだ。
 ただ、ちょっとだけ強引な弟がちょっとだけやくざな気がした。

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