Nassim Nicholas Taleb"Skin in the Game: Hidden Asymmetries in Daily Life"

 先日書店をぶらぶらしていると、洋書コーナーにタレブの新刊が出ているのを発見した。”Skin in the game”という、またなんともわかりにくいタイトルだ。副題には"Hidden Asymmetries in Daily Life"とあり、日本語で言うならば「日常に隠された非対称性」。

 ナシム・ニコラス・タレブは私がこれまで出会った著者の中でもベスト3に入る著者だ。前著”Antifragile”は最高の一冊で、出版から1年後くらいに原著を丸善かどこかで入手してパラパラめくっていたのだが、「そのうち翻訳が出たら読もう」と思っていたら全然翻訳が出ず、なんやかやで忙しくしているうちに結局5年ぐらい経ってようやく訳が出た。それを私は用事で大阪を訪れているときに書店で発見し、用事を済ませるや否やホテルに帰ってその日のうちに読了したのであった。

 Antifragileの方には"Things that Gain from Disorder"(混乱から利益を得るもの)と副題がつけられており、言わんとするところはなんとなくわかる。本文中でも数学における凸関数やチェビシェフの不等式を用いて、「関数の平均が平均の関数を上回っている状態」こそが"Things that gain from disorder"であることが説明されている。たとえばオプションのプレミアムがわかりやすいが、世の中のあらゆる現象をこのフレームワークで考えることが可能だ。このテーマだけについて延々とnoteを書いていくことさえ可能な深いものだ。いつか反脆さの数学的な考察も書いておきたい。

 さて、"Antifragile"は翻訳が出た後に原著のほうを読んだのだが、もっと早く内容に触れているべきだったという後悔があったので、今回は翻訳が出るのを待たずにちゃんと読んでしまおうと思ったのである。もちろん翻訳は素晴らしい訳で、持って回ったタレブの言い回しを的確な日本語にしている。


 さて、その本自体を紹介するのもいいのだが、”Skin in the game”の意味するところが気になってネットで色々と調べていると、タレブ本人が話している動画を発見した。Talks at Googleというチャンネルで、GoogleがやってるTEDみたいなものだろうか。タレブが話すのは45分程度で、その後質疑応答に入るのだが、とりあえず45分の内容をざっと書いておく。講義ノートのようなものだと思っていただければいいかと思う。()内は私のコメントを付しておく。


 タレブの”Incerto”シリーズは最初”Fooled by Randomness”(邦訳は「まぐれ」)に始まるが、当初だれも出版してくれなかったという。なぜならファイナンスの話も確率論の話も哲学の話も含まれているし、説明のための架空のキャラクター(ネロとか)も含まれていたからだ。最終的に同書はsurviveして(日本でも翻訳されたわけだが)”Fooled By Randomness”が出版された日に潰れたレストランがある。そのレストランの名はLindyというのだが、Lindy Effectにちなんで名付けられたらしい。そのLindy Effectというのが、そのレストランは雇用されてない俳優・女優たちに安い、飲めないコーヒーを提供していた。その雇用されてない俳優たちは劇について話をする。200日続いた劇はあと200日続く。1,000日続いた劇はあと1,000日続く。この話でタレブが何を言いたいかと言えば、新しい技術ほど駆逐されやすい、ということだ。そして、20年後も読まれるものを書きたいなら20年前も読まれたであろう内容を書け、ということを言う。そのためには過去のことを研究することで、それは未来予測よりもずっと簡単だといい、それがリンディ・エフェクトなのだ。

 さて、新著の”Skin in the game”だが、タレブ本人は”Skin in the game”がなんなのかよくわからず、説明するたびに別の説明を考えつくという。少なくとも「デブのトニー」は前著で殺したので登場しないが”Skin in the game”は「デブのトニー」がビューロクラットとはいかに異なる考え方をするかについての本だ、という。タレブはS**tのフォーレターワードの代わりにboloneyという言葉を使う。
 大工は家を建てるのにユークリッド幾何学に頼ったりしない。理論は実践から作られるが、理論を起点として実践するものはかならずトぶ。数学に依拠するトレーダーのようにトぶ。

 Ludic Fallacyは「ゲームの誤り」とでもいうべきか。ludicはカジノやゲームの中で遭遇する状況だ。ludicはラテン語でgameを指す言葉から派生した(ludere : 遊ぶ。ホイジンガ「ホモ・ルーデンス」のludensはludereの三人称単数現在分詞。)。世の中は想像以上の不確実性に満ちているが、その不確実性に対処するやりかたは一意的だ。
 レストランは賞をもらう。だが賞はジャーナリストや他のレストランからもらうもので、そのように同業者から評価され、現実とのコンタクトがないようなビジネスはいつしか破綻する。一方で配管工はどうか。配管工は他の配管工によって評価されない。顧客によって評価されるだろう。そのようなビジネスは専門家の誤りに陥らない。現実と直面し、現実からのフィードバックを得ないようであればトぶ。「専門家」とはそのような現実とのコネクションを失った存在をいう。Skin in the gameの認識論はそれである。
 非対称性。アップサイドの利益は得るくせに、ダウンサイドの損失は他人に押しつける連中はハンムラビ法典のルールに悖る。ハンムラビ法典のルールとは対称性だ。自分が創出したリスクを他人に押しつけてはならない、というのがハンムラビ法典の原理なのだ。
 カント流の普遍主義は特異なものを殺してしまうため実用的ではない。黄金律「自分がしてほしいことを他人にしなさい(do unto others as you would have them do unto you.)」ではなく銀律?(silver rule)、「自分が他人にしてほしくないことは他人にもするな(do not do unto others as you would not have them do unto you.)」という。(2018年10月にはすでにこれに関するブログがでている:https://gonen.blog/the-golden-rule-vs-the-silver-rule/
)このシルバー・ルールはフラクタル性を持つ。
 集団の規模が大きくなりすぎると倫理が維持できなくなる(この点、Joseph Heathの"Enlightenment 2.0:Restoring Sanity to our politics, our economy , and our lives"も参考になる)。政治的なものを規模と関連付けずには語れない。共産主義はシンガポールでは可能かもしれない。
 カエサル皇帝は背教者として知られるが、常に自らが刺されるリスクを負担していた。昔は高い地位にある人間はそれに応じたリスクを負担していた。昔戦争を始める人間は自ら槍で貫かれるリスクがあったが、現代にあっては戦争を始める人間は安穏とオフィスに座り、死ぬリスクはない。
 真の美徳とはリスクテイキングである。ソクラテス。
 タレブが著書の中で人を名前を挙げて攻撃するのもリスクを取っているからで、タレブはむしろ訴えてほしいと思っている。聴衆にリスクをとれ、ビジネスをはじめろと呼びかける。Googleにとってさえ破滅(doom)は近い。

・・・

 "Skin in the Game"を読み進めていくと、だいたいTalk at Googleで話しているとおりの段取りで論を展開していることがわかる。原著を読む時間のない人は上の動画で45分にまとまったものを観るのがいいのかもしれない。

 ちなみにSkin in the Gameのドイツ語版は”Skin in the Game”と訳されているらしい。”Antifragile”は「反脆弱性」とナイスな訳語が当てられたが、同著は翻訳されても「スキン・イン・ザ・ゲーム」になるのかもしれない。

  Skin in the Gameという表現の意味自体は、「身銭を切ってゲームに参加すること」らしい。gameというのは元々狩りのことで、自らの肌をその狩りで傷つけられ得る環境でゲームを行うことを言い、転じて「身銭を切る」というニュアンスのイディオムに発展したようだ。タレブの文脈で言うならば「リターンに見合うリスクを負っているか?」ということだ。このような概念を日本語で見つけるとすればどうであろうか。「身銭を切れ」では言っていることはその通りなのだが、「まぐれ」「ブラックスワン」「反脆弱性」に続く書籍のタイトルとしてはなんか違う感じがする。

 副題にある「日常に隠された非対称性」も、以上のようなリスクテイキングに関するタレブの信念が反映されたものだ。世の中にはアップサイドの利益だけを掠め取り、ダウンサイドの損失を他人に押しつける、リスクとリターンの非対称性から甘い汁を吸う連中がごまんといる。そのような連中を倫理的に糾弾するとともに、連中の餌食にならずに生きていくための道具をタレブは提供してくれる。

 長々と書いてすでに3,900字を超えている。タレブの哲学に関しては色々と書きたいことがあるので、また稿を改めて書いていきたい。

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「人間とは乗り越えられるべきなにものかである」_フリードリヒ・ニーチェ
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ケン・コーチ (KEN COACH)

コーポレートガバナンス研究家。東京大学経済学部卒業。株式会社と資本主義について調査・研究、コンテンツ制作を行う。 GAFA、プログラミング、確率論、認知科学が関心領域。青山キャピタルリサーチ編集長、スポティファイでポッドキャスト、ユーチューブで動画を配信中。

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