5月22日の記事と6月7日の記事で紹介した和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚の知人で、2009年にガンで亡くなった故・田中満さんについて、関心を持ってくれた人が思いのほか多かった。そこで、田中満さんが生前に残していた重要証言の一部について、肉声（音声データ）を紹介したい。

　その肉声とは、6月7日の記事で紹介した「ヒ素の発見経緯」に疑問を投げかける証言の一部だが、その証言がどういうものだったかを、改めて簡単に整理しておく。

　田中さんは和歌山カレー事件が起きた当時、現場の近くにある「東洋台」という住宅地の一軒家（＝冒頭の写真の家）で暮らしていたのだが、この家は、事件の3年前まで真須美死刑囚の一家が暮らしていた家を購入したものだった。そこで、和歌山県警は、眞須美死刑囚と保険金詐欺の共犯者である夫・健治さんを逮捕後、田中さん宅のガレージを捜索して「ヒ素の入った缶」を見つけた――という話になっている。

　そして眞須美死刑囚の裁判では、このヒ素が他のいくつかのヒ素と共に「犯行に使われたヒ素」である可能性を認定され、無罪を主張する眞須美死刑囚を有罪と認定する根拠の1つになっている。

　しかし、田中さんは和歌山カレー事件が起こるまで3年もその家に住んでいたにもかかわらず、裁判ではこのヒ素の缶について、「見覚えが無い」と言っていたのだ。

　ちなみに、以下の2枚の写真はそのガレージを2008年3月に撮影したものだが、「警察がヒ素の缶を見つけた場所」は、上の写真に出てくる眞須美死刑囚の夫・健治さんが指差している「棚の最上段の右端（白いビニール袋があるあたり）」だ。その下の写真を見ればわかる通り、この棚のすぐ右側にはガレージの出入り口があり、「警察がヒ素の缶を見つけた場所」は住人の田中さんがガレージを出入りする際に目につきやすい場所だった。

　以下に紹介する田中さんの肉声（音声データ）は、実は田中さんが警察の事情聴取に対しても、このヒ素の缶の存在を否定していたことを明かしてくれたものだ。上記の事実関係を踏まえながら、聞いてもらいたい。

　なお、田中さんへの取材は2008年3月、田中さんが当時入院していた和歌山市内の病院で行ったが、取材には健治さんにも立ち会ってもらったので、音声データには、私の声だけでなく、健治さんの声も出てくる。また、音声には、聞きづらい部分もあるので、書き起こしのテキストもつけた。

【田中満さんの肉声】

・・・・・以下、田中満さんの証言の書き起こし・・・・・

田中「こんなおっきな事件やのにやなあ。お、警察へも、俺言うたよ。こんなにおっきな事件やのにやなあ。地元でこんなヒ素ら置いてる、あってもやな、どっか放りに行く。放りに行くて」　※「放る」は、関西弁で「捨てる」という意味。

片岡「そりゃそうですよね」

田中「こんなもんね、あったら、それこそ何疑われるかわからんのにやな」

片岡「そうですね」

田中「そんなもんわかってたら、ヒ素も……放りに行くて、警察に事情聴取の時に言うたんよ」

片岡「そうですね」

田中「警察に言うたんよ」

片岡「それは、ガレージからヒ素が見つかったっていう話があった後の話ですか」

田中「そう、そう、そう、そう、そう」

健治「それで、警察、何て言うた？」

田中「いや、それは、何て言わへんけどもね。とにかく、うちにこんなもん、家の中にあるんやったらね」

片岡「はい」

田中「とにかく、そのお、誰にも言わんとね、放りに行くって」

片岡「そりゃ、そうですよね」

田中「どっか放りに行くって」

健治「そら、そうやわなあ。そらそうや」

片岡「健治さんも（ヒ素を）放ったんですもんね、実際」

健治「うん。放ったんや」

・・・・・以上、田中満さんの証言の書き起こし・・・・・

　最後に出てくる私（片岡）と健治さんの、

片岡「健治さんも（ヒ素を）放ったんですもんね、実際」

健治「うん。放ったんや」

　というやりとりについては、予備知識が無い人は意味がわからないと思うので、補足説明しておきたい。

　1998年7月に和歌山カレー事件が発生した一週間後、原因毒物がヒ素だと報道された際、実は健治さんは「疑われたら困る」と思い、白アリ駆除の仕事や保険金詐欺に使っていたヒ素を処分していた（=放っていた）。最後に出てくる私（片岡）と健治さんのやりとりは、そのことに関して言葉を交わしたものだ。

　ちなみに、健治さんが家にあったヒ素を処分したにもかかわらず、和歌山県警が眞須美死刑囚と健治さんを逮捕後に行った林家の家宅捜索では、台所の流し台下の棚から「ヒ素の付着したプラスチック容器」が見つかるという不可解なことが起きている。その話はまた別の機会にするかもしれない。